イルラ、説得、するまでもないみたい
「こんな、こんなはずは……」
ドクターさんと思しきお爺さんは既に決着が付いた空の先を見ながら、膝から崩れ落ちていた。
声をかけてできるならこちらに引き込む、なんて出来ればいいんだけど、さすがにソレを行うのは相手がこちらに気付いてないと。
と、戸惑っている内に、空からピスカさんが壊れた人型機械の残骸を手にしてやってきた。
焼けただれた上半身を手掴みで持って来たピスカさんは、座り込んで彼女を見上げるドクターさんの元へやってくると、無造作に投げ捨てる。
「QSK181!?」
「記憶チップは無事であります。私の姉妹機だそうですし、直してあげてほしいでありますよ」
縋りつくお爺さんはクスカ? さんに夢中で話を聞いてない。いた、直ぐに視線を上げてピスカさんを睨む。
「勝てる筈はなかったはずだ」
よくわからないけど、クスカさんに絶対的自信があったってところかな?
ピスカさんはそれを黙って聞くようだ。
「QSK181はお前を元に作成した。全ての性能が一回り上の存在だったはずだ。貴様が勝てる科学的根拠など一つもないのだ。なかった、はずなのだ……」
けど、現実には勝利したのはピスカさん。
しかも圧勝である。
ピスカさんダメージ殆ど負ってないみたいだしね。
「ありえんのだ。QSK181のステータスは全てを上回っていた。武装も彼女の方が上だった。なのに、なぜ? 武装がそもそも想定していたものと違い過ぎる。あの武装の数々は、なんだ? 貴様の速度の秘密はなんだ? なぜQSK181のスキル全てが当らない!?」
「正直に言えば、既存のままであれば私は負けていたことを認めるであります。貴方の作り上げた姉妹機は強かった。それは確かであります」
「ならば、ならば、何故ッ! あの二人のドクターが揃ったからか!? ウサギがマスターになったからか!? QSK181を越える要素は、なんなのだ!?」
「異世界、です」
「いせ……なに?」
きょとんとした顔になるドクター。そりゃそうよね。私もいきなり異世界どうこう言われても理解は出来ないと思うし。
それでも、確かに異世界転移はしてるし、結構思考は柔軟なつもりなの。
ウチのわからずやな親とかよりは充分柔軟なのよ。
それでもいきなり異世界とか言われてもキョトン顔する自信がある。
「異世……界?」
「とある事情で異世界、日本という場所に行く機会があったであります。これを」
と、何かチップみたいなのをドクターに手渡すピスカさん。
敵に塩送っていいのかな?
「向こうの方より、私が渡すべきだと思った方に渡せと。向こうの、元インセクトワールド社の最新技術です」
「っ!?」
ドクターさんは、震える手でチップを受け取ると、信じられないといった顔でチップを見つめる。
「生きて、おったのか?」
「幾人かは」
「そうか……そうかっ」
涙を流し、チップを大切に握りしめるドクター。
何かを納得するように、何度も、何度も頷く。
「皆の転生嬉しく思う、どちらがよりよい技術を持つか、勝負だな、と言っていたであります」
「そう……か。では、チョコミントたちと争っている暇など、無いのだな」
ん?
なぜか立ちあがったドクターは、亡骸を持ち上げ、決意に満ちた顔をする。
「案内、してくれるかね?」
「ええ。喜んで、ドクターなたでここ、貴方を歓迎いたします」
んん?
「では、よろしく頼む」
がしっとドクターを背中から掴むピスカさん。
そしてそのまま飛行していく。
うん?
えーっと。
私、お爺さんを説得する必要なかった?
というか、説得する前にピスカさんが説得しちゃったから何もしてないのと同じだ。
さすがに任されたのに私が何もしなかったとなると何か消化不良みたいなのがあるなぁ。
どうしよう……
周囲を見回せば、丁度兎月さんがクラウドバニーに変身し、郁乃ちゃんと激突しようとしている所だった。
うーむ。
これは、私郁乃ちゃんを説得するのに回った方がいいのでは?
しかし、郁乃ちゃんの説得となると途中で刺殺されないようにしないとだし、そもそも彼女が求めているのは処女な私だったわけで。
だから殺して転生した私とまた友達になりたいという自己都合の押しつけをされてる訳である。
と、なると、私を殺す必要が無くなる理由がいるのか。
あと、清い? よくわからないけど、私は清かったそうだ。
瞑想してるのは今までと同じなのに、何処が違うのか全く分からない。
ふむ……ん? そう言えば、この周辺って確かジョゼさんによって転生不可能状態になってるのよね。つまり、ここで私が死んだら私の記憶が完全に消えてしまう訳だ。それって、もう別人だよね? 郁乃ちゃんが求めているのは転生した私であって記憶すら無くした私だった何かを求めてる訳じゃない……説得、いけるかも?




