天音、病原体と凍れる大地
「クソガキがァ!!」
ヒョロ長の男が咆え猛りながら迫り来る。
手にした槍を構え、迎撃態勢。
とはいえ、私の運動能力では槍を扱うのは無理だから。
だから、投げる。
とにかく、投げるだけなら私だって出来る。相手に向けて真っ直ぐに、槍の穂先を向けて放すだけ。簡単なお仕事だ。
そして私の固有スキルはこうやって武器を投げつける片手間に出来る。
周囲を凍て付かせるスキルは私のスタイルによく合っている。
放置してても凍って行くし、その御蔭でマージェスの使う細菌兵器はほぼ死滅。低温下でも動ける病原体も居るけれど、それはアムリタを飲むことでなんとか無効化する。
飲んで30分くらいなら防菌効果もあるので今の私なら病気には掛からない。
ゆえに、相手の攻撃にそこまで警戒せずに闘える。
細菌使いだから遠距離攻撃である細菌を封じられると、肉弾戦しかないのが楽だ。
近づいてくる前に迎撃すればいいのだから。
とはいえ、さすがに動いて来る相手に槍を当てられる技量は私には無い。
それでも、距離が縮まれば、当てやすくなる。
「があぁッ!? ちくしょうっ、ちくしょうぉっ!!」
無数の槍をその身に受けながら、マージェスは必死に近づいてくる。
まるで近寄ればなんとでもなるというような様子だが、残念、結果は変わらない。
何しろ、こちらは自由に動けるのだ。
相手が近づいて来るなら後ろに下がって距離を一定に保ちながら攻撃すればいい。
それに、近づけば近づくほど私の固有スキルによって周囲が冷凍化されているので、動きが鈍って行く。
必死に私に向うマージェスだが、徐々にその体には無数の傷が増えていった。
よし、このままなら充分勝機が……っ!?
バックステップをした瞬間だった。
背後に堅い何かがぶつかった。
はっと気付いて後ろを見れば、そこにあったのは突き出た岩。
周囲からこの場所が見つかりにくくなるためにある岩の群れ。
その一つにぶつかったらしい。
「ようやく、ようやく追い詰めたッ」
「追い詰めたんじゃ無く私が下がった結果、後方不注意だっただけ」
「ぬかせクソ女ァッ!!」
踏み込んだマージェス。さすがにこのままだとマズイ、と必死に岩の横へと逃げるが、ぎりぎりで頬に拳が掠る。
当たり方が悪かったのか、頬がぱくりと裂けた。地味に痛い。
代わりに、マージェスのお腹には虹色の槍が深々と突き刺さっていた。
どう見てもこちらの方が大ダメージ与えた気がするけど、向こうはアドレナリンが出過ぎてるんだろう、腹に穴が相手も気にせず私を殴り飛ばす。
地面を転がりながら痛みに呻く。
正直言えば、闘いによるダメージを負ったのは殆ど無かった。
だから、殴られたってだけで全身が悲鳴をあげて怯えだす。
「クソ、なんだこの長いのは、邪魔……あ? 槍?」
今気付いたの?
「おい……おいぃっ!! 何してくれてんだテメェはよォッ!!」
反撃を喰らっていたという事実に逆上した彼は、悪鬼の形相で私を睨む。
なんとか体に力を入れて起き上がろうとするが、今の一撃だけでもう、私の身体は立ちたくないと言い始めている。
こんなの、計算外過ぎる。
なんとか、なんとかあいつが近づく前に……
「何を、しているの?」
マージェスが動き出そうとした時だった。
私の周囲の気温よりなお低く重い声。
振り向けば、そこには美与が立っていた。
「美与!?」
「私の天音に……何をしているの?」
「はっ! 雑魚がまた増えたのかよ。おい、クソガキ、あいつは、防ぐ手立てなんざ持ってねぇよなぁ?」
「っ!! 駄目、美与! 逃げてっ」
マージェスの言葉にはっとした。
桜坂美与に病原菌を殺す術はない。
彼女の固有スキルは癒し空間とかいうよくわからないものだったし、私のように周囲を凍て付かせることで病原体が体内に入る前に凍らせ殺す術はない。
「私の天音に……何をしたァッ!!」
なのに、美与は悪鬼の如く形相で駆けだした。
マージェスが鼻を鳴らすように吐き捨て笑う。
馬鹿がむやみに突っ込んできた、と嗤いながら試験官を取り出す。
「テメェの目の前で殺してやる。お前のせいで、あの女が死んじまうんだぜぇ!」
「だ、駄目ッ、やめ……」
私は思わず懇願する。
マージェスが弱点見付けた、と醜悪な笑みを見せ、そして……突っ込んできた美与の拳がその顔をゆがませる。
「おおおお、ラァァッ!!」
渾身の拳が打ちつけられ、こちらに視線を向けていたマージェスの頬が不自然な程へこまされ、打ち付けるような一撃が彼の身体をへの字に曲げる。
垂直に横から真下への拳の打ちつけに、マージェスの首が地面に向けて打ち降ろされ、かわりに彼の体自身が宙へと浮いた。
地面を盛大にへこませて、マージェスの意識が狩り取られた。
って、美与、待って、アイアンクローで持ち上げるのはやり過ぎっ。
体は!? 何ともないの!? 病原体も癒されて感染力無くなってるから大丈夫? それより怪我は無いって? 何そのチート……




