マージェス、病原菌の宿敵
ふぅ、なかなか凄い闘いだ。さすが、世界中の戦力が集まって来てるだけある。
と言っても向こうは既に全力で、こっちはまだまだ余裕がある。
何しろ未だに参加しているのは人族の冒険者といくつかの有力者だけなのだ。
そろそろ均衡を崩す頃合いだろう。誰が行くのか知らないが、その前に決定的打撃を与えて向こうを壊滅させておこうか。
なぁに、尊い犠牲は出るだろうが我が毒物の力を使えば向こうは気付かぬうちに一網打尽だ。
今回は吸ったが最後、全身から血を噴き出し死ぬまで痙攣し続ける病原体を流そうと思う。
どうにか使いたかったのだが、人的被害が酷いので使うに使えなかった代物だ。
こんな機会滅多にないし、ここで使うしかあるまい。
味方にも被害甚大? 僕には関係ないね。
主要なS級冒険者たちには既に抗体薬を配っておいたし、問題は無いだろ。
「さぁ、広がれ広がれ、僕の子供た……え?」
毒薬を風に流すために瓶を開いた瞬間だった。
風に乗って気化する筈の液体が急激に凍りつく。
否、液体だけじゃない。
周囲全てが凍りだし、空気も凍て付き呼吸が白くなっていく。
あまりの異常事態に慌てて周囲を見回す。
おかしい、ここは人目に付かない場所の筈だ。
喧騒にまみれて隠蔽を使ってやって来たのだぞ?
なんで、そんな僕を捕捉している!?
「隠蔽は……使う前から見られている相手には意味を成さない。貴方が何かやらかすだろうことは、予想済みだった。リクゥさんたちがあいつなら必ずやる。って断言してたから。だから、私だけは貴方を見続けていた」
声のした方向を慌てて見る。
そこには、一人の勇者が立っていた。
一見すれば華奢な少女。
儚げで触れれば壊れてしまいそうな、幼い女性だ。
だが、その女は勇者。スキルの取得率が余りに速く、最速でS級冒険者に届きかねない脅威の存在。
そんな女の周囲が、凍り付いている。いや、彼女を中心にして、周囲が凍結し始めている。
「君は……」
「夜霧、天音。貴方の野望は私が止めるっ」
何処からともなく虹色に輝く槍を取り出した少女はゆっくりと近づいてくる。
彼女が一歩踏み出せば、ぱきりぴしりと地面が凍る。
これは、確かに面倒だ。
僕の得意とする毒関連は空気と共に凍って死んでしまう。
生物以外の毒は凍ることで無力化されているし、凍結が溶けるより前に相手が僕へと到達してしまう。
チッ、仕方ない。
僕自身で闘うしかないか。
あまり暴力沙汰は好きじゃないんだが、一応の体術は会得済みである。
「覚悟ッ」
「行くぞッ」
周囲を凍て付かせながら駆けだした天音、無手ながらも全身に毒薬付きの瓶を装備した僕は、下手に触れれば毒を付与される凶悪なカウンタータイプ。さぁ、どっからでもかかって……は?
僕に触れる、なんてことはなく、直線距離数メートルの場所で足を踏み込み、僕に向かって槍を投げつける。
てっきり突き攻撃が来ると思っていた僕は、そんな一撃よりも遠くから放たれた一撃に、一瞬呆けてしまった。
慌てて避けるも頬に掠る。
クソ、まさか唯一の武器を投げて……おい、嘘だろ?
流れる視界の中で見えたのは、既に二つ目の七色之槍を装備した天音の姿。
再び投擲スタイルでこちらを見つめていた。
「クッソォっ!!」
ぱきぱきんっと毒入りの瓶が割れるのに構わず転がりながら逃げる。
ぐぅ、抗体を飲んでるからってこうも連続で致死毒を受けるのは……
「自業自得ね」
「クソッ。お前も味わえ!」
瓶の一つをひきはがし、投げつける。
しかし、何処からだしたのか、虹色の盾により防がれた。
地に落ちた毒入り瓶は見事に凍り付いて氷の中へと消えていった。
天敵じゃないか!?
僕の攻撃をことごとく無力化して行く、だと!?
「残念だったね」
「ふ、ふふ、そうだな。残念だったな」
「ん?」
「いや、本当に残念だよ。君は、毒薬の中に、低温化でも存在できる毒がないと、何時からそう思っていた?」
「っ!? ぐっ」
喰らった!
よし、やった。喰らったらもう、終わりだ。お前の負けだ。
ククク、さぁ、奴らを纏めて一網打尽だ。猛毒の地獄を見せて……
おい? 何飲んでる?
「ん? これ? アムリタ。ドルアグスさんが持って来てくれたのを啓太君が無限増殖させたんだけど?」
あむ、りた?
アムリターッ!? 神々が作りし万能薬、あらゆる万病をたちまちに直すと言われる、あの、国宝級の!?
そ、それが、無限増殖?
「つまり、初めから貴方の能力は無効化されてる。冒険者さん達に被害拡大させないように倒しに来ただけ」
「な、な……ふざけやがってぇ!!」
そこまで言うなら徹底的にやってやる! アムリタで回復する時間すら与えず毒殺してやるッ!! 僕の、僕の毒は最強なんだ、誰にだって、誰にだって負けるわけがないッ!!
「いいよ、おいで? あなたのプライドごと全ての毒を割り砕いてあげる」
「僕はS級冒険者だぞ! 下に見るんじゃねえぇぇぇぇッ!!」
 




