べルクレア、ウサギを襲った爪痕
「こんなモノを着るのか?」
ストナが思わず愚痴る。
鍛え上げられた腹筋が、ヘソ出しルックのせいで丸見えだ。
新装開店するパン屋の制服がなぜかヘソが出るタイプの制服だったのだ。
可愛らしくはあるモノの、ストナは筋肉質な身体なのでぱっつんぱっつんになっている。
「私のだけなんで服違うカ!?」
パオの服は山吹色と薄い黄色を基調としたパン屋の制服と同じだが、なぜかチャイナ服だった。
店主がこれの方が似合うから、と特注したらしい。
なぜパオのスリーサイズがきっちりぴったり合っているのかは謎である。
そしてべルクレア。半袖の服であるため魔物との闘いでできた生傷が見えてしまってなんだか恥ずかしい。と顔を赤らめていた。
ふりふりのスカートなども始めて着るものだ。冒険者を志した時にはこんなものを着ることになるとは一欠片も思っていなかった。
しかも、見知らぬパン屋のために新装開店のお手伝いをするのだ。
S級冒険者が接客を行うと知って冒険者達が既に列を成しているらしい。
まだ開店までは少し時間があるが、既存の店員とこの三人だけでは絶対に回らないのは分かり切ったことだった。
ゆえに、アトエルトが群れを成して店内に散らばっている。
他の従業員たちは大丈夫だろうか? アトエルトのせいで辞めることにならないことを祈りたい。
更衣室から出ると、アトエルトがそこかしこで掃除をしたりカウンターで接客訓練をしたりしていた。
他の従業員がソレを見てちょっと引いている。
「やっぱりアトエルトが大量に居るのはダメなんじゃないか?」
「パン屋だけど店内飲食可能だからネ。それで、店長さんはどこかなー」
「俺だ」
掛けられた声に振り向くと、そこには見知った顔が居た。
なぜかべルクレアたちと同じ女性用の制服を着た鉄壁のマックスが、はち切れそうな服を着て立っていた。
「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!?」」」
バケモノを見たように絶叫するストナ、パオ、べルクレア。
どうやら店員たちが引いた顔をしていたのはアトエルトの群れだけのせいじゃなかったようだ。
まさかのタンク役、マックスの女装姿お目見えに、吐きそうな気分になっているらしい。
「な、何をしてるんだマックスゥッ!?」
「ガドウィンに頼んでな。冒険者業を引退してパン屋をすることにしたんだ」
「いや、だからって、え? なんで女装? 制服男性のあるよね? ってか店長?」
「ストナ、口調がクロウみたいにおかしくなってるぞ?」
「あ、あの、マックスさん、なんでそんな姿に……?」
「それは、その。な。女になってみるのも、ありかな、と」
そっぽ向いて顔を赤らめるマックス。
べルクレアたちはそれで思いだした。
マックスは、男として唯一、うさしゃんのゴールドフィンガーの餌食となっていたのだ。
そう、彼は目覚めてしまったのだ。
男色家にまでは至らなかったものの、乙女な部分を開花させてしまい、将来の夢はパン屋さん、と冒険者を引退してまでつい先日出来た夢を追い求め始めてしまったのである。
「あ、あなた、妻子いたんじゃなかったカ?」
「ああ、定職に付くといったら喜んでくれたよ」
「それはいい、それはいいから男の服に着替えて来い、頼むからっ!!」
「そ、そうか? 妻子も来るし生まれ変わった俺を見せようと思ったのだが……」
「見せるなッ! 絶対に見せるなッ!! 見せたら終わるぞ、絶対終わるからなッ!!」
「そうです、止めましょう。それだけは絶対にやめましょう!!」
「し、しかし、俺は……」
「「頼むからっ!!」」
襟首に縋り付き叫ぶストナとべルクレアに気押され、マックスは仕方無く男性用の制服に着替えることにした。
「マックスさんの店だったんですね……」
「というか、どうするんだアレ。人生観変わってるじゃないか!?」
「もう手遅れネ。アトエルト、マックスのこと任せるネ」
「ええ、仕方ありませんのでなんとかがんばりますよ、ただ、妻子にどれだけ隠し通せるかは不明ですがね」
近いうち、マックスは一人身になるかもしれない。
そんな漠然とした不安が皆の裡に沸き起こった。
ドランクのタラコクチビルも戻らないようだし、リクゥーとコルトエアは行方不明。ウサギに敵対した爪痕は思いの外深かったようだ。
「さて、そろそろ開店です。従業員のみなさん、思う所はございましょうが、今日だけは、なにとぞ今日だけは乗り切ってください」
アトエルトの言葉に、引いていた店員たちが頷きそれぞれの仕事を始める。
開店時間となり閉店のプレートが裏返され開店を周囲に伝えると、冒険者達がわらわらと店内に入ってきた。
ギルドで盛大に伝えたせいで宣伝力抜群で、ストナ達もまた途切れることのない行列との闘いに向かうのだった。
翌日、大半の店員が辞めてしまったが、アトエルトがその全てをカバーすることでなんとかパン屋は軌道に乗るまで繁盛するのであった。マックスと妻子がどうなったか、それはまた別の話である……




