孝作、ヤッちゃう
天高くそびえる岩の山。
ただ突き立った細い山頂の一つに、ソイツはいた。
飛ぼうかどうしようかとかれこれ数時間は戸惑っている。
「ええい、このまま飛び降りれば死ねる筈だ」
しかし、身体は前に行かない。
視線が真下を捉える。あまりの高さに立ちくらみが起こった。
無理だ、こんな所から落下なんて無理。
諦めよう、そう思った瞬間だった。
つるっと足が滑って落下する。
散々迷って諦めた自殺という道を、まさかの事故で自殺確定である。
超高所からの自由落下。
ぎゃあああああああああああああああああ!? と悲鳴を上げても後の祭りだ。
妙に男っぽい悲鳴だが、出されている声は少女のソレだった。
重力に引かれて地面向かってまっさかさま。
近づいてくる地面が恐怖を誘う。
ソレは思った。
「やっぱ無理ッ!」
ばさり、両手、いや。翼を開いて滑空、空の上昇気流に乗って空高く舞い上がる。
完全に飛び降り自殺を回避したのは、上半身が少女、下半身が鳥の生物、ハーピーであった。
死にかけていたので心臓はバクバクと脈打ち、頭は妙に覚醒している。
「やっぱダメだ。自分で自分を殺すのは無理だ。雌とか絶対に嫌だけどこのまま死ぬのはもっと嫌だ。早く男、いや、オスならばどんな種族だって構わない。俺のハーレムを作るためにもこのハーピーの身体をなんとかしないと」
彼、鏡音孝作は、一度死んだ。
これは何度目の生だろうか? 気付いたら男性体ではなく女性体であるハーピーとしての生をうけてしまっていた。
生後から何度死のうと思っただろう。
死ねば次の生はきっと雄個体だと。雄に戻れるまで何度だって転生してやる腹積もりだった。
けど、死ねない。
生きたまま喰われたり、踏み潰されたり、何度も転生したせいもあり、死ぬことを魂が恐がっているのだ。
ゆえに自分を殺せない。
だけども他者に殺されたくもない。
下手にゆだねると喰われたり、踏みつぶされたり、犯されるなんて可能性だって捨て切れない。
男なのだ。無様に死にたくなければ他のオスに犯されるなどもってのほかである。
ならば自身の生に終わりを齎したいのであれば事故死くらいしかない。
しかし、病気にしても突発事故にしても、即死になる確率は結構低い。
苦しみながら死ぬかと思うと、やっぱり二の足を踏んでしまう。
けれど、やっぱりハーピーとして生活するのは嫌なのだ。
男でありたいのだ。女性は自分に傅く存在であってほしいのだ。
「はぁ、なんとかいい方法でもありゃいいんだが」
そんな事を溜息とともに吐き出した瞬間だった。
くぅぅとお腹が鳴った。
そう言えば今日は数時間ずっとあそこで身悶えていたせいで食事を取っていない。
そろそろ得物を狩って喰わないと。
残念ながらハーピーである以上人間食が食べれる訳じゃない。
周囲のハーピーたちは近場の爬虫類を狩ったりして食べていたし、小型の鳥類も捕食対象の肉食女子たちだ。
骨ごとバリバリ貪る様はさすがの孝作でも吐き気を覚えたものだが、食べないと生きていけないし、餓死はあまりにもキツいので今はもう慣れてしまった。
「さて、今日は腹減ったし、なんかデカいの狙ってみるか。えーっと……」
いつの間にか雨が降り始めた空を飛びながら眼下を探して行く。
濡れる翼が重くなっていくがこればっかりは仕方無い。どこかで羽休めするにも食事が先だ。
不意に、森の中をふらついている生物を見付けた。
初めは人間かゴブリンかと思ったが、良く見れば違う。
「うおぉ、河童だ河童。しかも生まれたばっかり、柔らかそう。よし、今日の飯はアレにしよう。人型なのはちょっと躊躇物だけど、河童の味とか気になるし? 魚肉だろうか、動物肉だろうか? 蛇とか爬虫類系の肉だったりするかも。意外と淡白とか?」
わからないなら実食だ。
死角側から一気に急降下。
ふらついている河童がこちらに気付くより早く、両肩掴んで空へとご招待。
無防備過ぎる身体を持ち上げ、適当な上空で離す。
あとは落下した獲物が地面に激突して死ぬのを待つだけだ。
そして飛び散った死肉を喰らう。
いつもであれば、それで終わりだった。
ただの食事になる筈だった。
でも、その獲物は違った。
「この、クソハァピィがぁぁぁぁぁっ!!」
なんと離した瞬間、喋ったのだ。
殆ど生まれたての魔物でしかないはずで、知能など殆ど無かった筈の河童が、こちらに恨みの視線と共に叫んだ。
「うわ、喋った!?」
咄嗟に鑑定を掛けていた。
なぜ鑑定したかは自分でも分からなかった。それでも、鑑定していたのだ。
そして出て来た相手のステータス。
名前の欄を見て、絶句する。
「って、え? 相田……?」
名前はユウサクアイダ。相田勇作だ。
それは、元クラスメイト。自分が死ぬ前に死んだクラスメイトの一人だった。
はっと我に返る。でも、遅かった。
気付いた時にはもう、相田は地面にぶつかる直前で、慌てて追い掛けたけど地面に降りる頃には既に息絶えていた。
「やっべ、元クラスメイト殺っちまった……ま、まぁ、死ねばただの肉塊だし、アイテム入手する前に喰わないと」
既に野性に還り始めていた孝作は直ぐに考えないようにして獲物は獲物として認識することにしたのであった。




