天音、裏切りの愛情
坂上博樹が死んだ。
トドメを刺したのはエフィカとリルハだった。
致命用をエフィカが与え、リルハが完全に息の根を止めた。
だけど天音たちのクラスメイトメンバーの空気は重い。
直ぐに解放されたとはいえ、兎月が奴隷の首輪を填められ、意のままに操られたのだ。
御蔭で仲間であるヘンドリックやジョージに攻撃してしまっている。
そればかりか、二人が来なければそのまま博樹の奴隷にされていたのだ。
さすがに正義の味方としては致命的な失態で、俺に任せろと言っていたヘンドリックを押しのけて我を通した結果が屈服だったのだ。
ヘンドリック達にも怒られ、そのせいでチーム内の空気が最悪だ。
さすがに天音たちもフォローできない。
何しろ自分から勝手に追い掛けての失態なのだ。
まさに自分が正義の味方だからと増長した結果の大敗、言い訳無用である。
とはいえ、一番悔しいのは兎月だろう。
正義の味方としての矜持は散々で、しかも味方の助けが無ければ女性としての尊厳すら奪われていたのである。
あまりにも無力な自分を見せつけられて辛いのだろう。
今日は女子部屋で寝る気は無いそうで、風に当って来ると部屋を出て行ってから帰って来ない。
だから今は美与、天音、咲耶の三人だけである。
そろそろ眠る時間だ。
だから三人共、今日はもうさっさと寝て明日、気分新たに会議に参加しよう。兎月を元気づけるのも明日ならきっと大丈夫。などと思いながら今日は休むことにしたのだ。
そして、異変は起こる。
揺すられる感覚に天音はゆっくりと目覚めた。
なんだろう? 回らない頭で考えながら目を開く。
ぼーっとしたまま周囲を探る。
上半身を起こすと、アーボが必死に揺すって起こそうとしているのが見えた。
どうやら彼が起こしてくれたらしい。
「どうしたのアーボ?」
アーボは何かを必死に訴える。
首? 自身の首に手をやって、違和感。
なんだ、これ?
触って確かめることしばし。それは首に嵌ったわっかであった。
首輪? こんなの付けた覚えは無いんだけど?
そんなことを思っていた次の瞬間だった。
「天音、命令よ。私について来て」
声が聞こえた。
聞き覚えのある声だ。
身体が反応し、自分の意思を無視して動き出す。
「え? えっ?」
何が起こったか理解できず、眠気は一気に冷めた。
でも、身体は既に言うことを聞かず、相手の思うまま、後ろを付いて歩きだす。
「ああ、そうだった。命令、冒険用の服に着替えて。さすがにパジャマだとアレだし」
アイテムボックスから取り出して装備するだけの簡単な作業だ。
直ぐに済んだ。
ただ、彼女の目の前で生着替えになったせいか、鼻息が荒い。
嘘だって、夢だって思いたかった。
でも、これは現実だ。
アーボが攻撃しようとするが、命令によりアーボ、手を出さないで、と天音自身が命令してしまった。ゆえに使役中の魔物であるアーボは相手を攻撃できない。
必死に付いて来てくれるが、それだけだ。
宿屋を抜けだし、街を抜けだし、フィールド内を二人と一体が歩く。
どこまで行く気か、なぜこんなことをするのか? 見知った存在だけに恐怖が募って来る。
遠くなって行く皆のいる場所を振り返り、不安げに前を歩く人物を見る。
「ね、ねぇ、美与ちゃん、なんで……なんでこんなこと、するの?」
勇気を出して聞いてみる。
桜坂美与はなぜ天音に奴隷の首輪を付け。外へ連れ出したのか?
教えてほしいと願ってみる。
でも、美与は答えない。
ただ天音を連れてコロアから離れて行く。
歩いて歩いて歩いて歩いて、ようやく夜が明けた頃、ついに国境に差しかかる。
冒険者カードを見せることで素通りしてしまう。
助けてと叫ぶかもしれないからと、この時だけ口を塞ぐように命令された。
だから天音は助けすら呼べなかった。
コロアの西側、ミリキア国へとやってきた。
朝はそのまま歩き続ける。
昼前に村に辿りつき、二人きりで酒場で食事。
世話焼きなところは相変わらずで、戸惑う天音を甲斐甲斐しく世話して来る。
本当に彼女が奴隷の首輪を付けたのかと疑いたくなるが、命令をちょくちょくして来るのもまた美与である。
食事を終えると宿を取る。
誰の邪魔も来ない場所で、美与はついに本性を露わした。
「天音、私は好きよ、好きなの、貴女が! だから、私だけの天音になって! ゴブリンなんかに犯されたことなんて私が忘れさせてあげる。だから、だからっ!」
何か、ヤバい。
血走った眼をした美与に何か危険な物を感じてしまう。
しかし、奴隷にされた自分では逃げることなど不可能だ。
助けて、誰か。
ああ、そうだ。助けて! 助けて磁石寺君っ。
言いなりにはされたくない。そんな思いから天音は願った。
自分を堕とした転生者。ウサギになったクラスメイトに助けを求めた。
あのウサギは、きっと彼だから、彼なら、もしかしたら……
本来ならば、それはただの願いだっただろう。
本来ならば、それは叶わぬ嘆願だっただろう。
でも、聞いていた。
ディアリオ君が、聞いていた――――




