天音、暗殺の一撃
坂上博樹とクラウドバニーを追って、ヘンドリックとジョージが曲がり角の元まで向かった。まではよかったのだが、なぜか慌てたように逃げて来る。
アーボを抱えて走っていた天音は逃げる二人がクラウドバニーに追われて逃げて行くのを思わず見送ってしまった。
「あの首輪……」
クラウドバニーが先程まで付けていなかった首輪。
きっと奴隷の首輪だ。ギルドの講習で習ったモノにそっくりだった。
つまり、クラウドバニーは返り打ちにあったのだ。
即座に路地裏に向かう。
クラウドバニーが居なくなったので残るのは一人だけだ。
丁度逃げようと身を翻した博樹を見付ける。
「……ま、待って!」
「ちっ、あの女マジ役立たずだな。どうしたァ夜霧ぃ」
足を止めた博樹に気押される天音。
もともと引っ込み思案で闘いなどには向いていない性格だ。
犯罪を犯し過ぎた博樹が顔だけ後ろに向けてニタリと笑みを浮かべる姿を見せられれば、流石に怯えてしまう。
「な、なんで、こんなことするの? わ、私達、同じクラスメイト、でしょ?」
「はぁ? 馬鹿かよ。こんな世界に来てまぁだ戯言抜かしてんのか? ここには法も警察もねぇんだぜ? ならよぉ、奪うだろ。殺すだろ。テメェが生きるために楽しむために、知り合いだろうがなんだろうが、襲って遊んで犯すだろぉがよォっ!!」
「アーボッ!」
一瞬だった。
一瞬で距離を詰める博樹。
だが、それに対応するアーボ。
剣撃が鳴り響き、舌打ちしながら博樹が飛び退く。
「クソっ。何なんだよそのまるっこいのは!」
ソイツはあまりにも似つかわしくない装備を持っていた。
アイギスの盾を防壁に、ロンギヌスの槍を構え、己の姫を守り抜く騎士のように、博樹を絶対に天音に触れさせないと、野菜の騎士は全力を持って警護する。
一蹴り。博樹が地を蹴り突撃。
コミカルな動きを行いながらも隙なく隙見せ隙を突く。
ワザと見せられた隙を狙えば出来てしまった自身の隙を突きに来るのだ。
「クソッ、無駄に強過ぎだろ装備がッ!」
動き自体はそれなりに読める。
しかし装備の違いが明暗を分ける。
あの盾を穿つ武器が無い。
あの槍を受ける武器が無い。
ゆえに勝てない。
攻撃すれば武器が欠け、受け止めれば武器が壊れる。
あまりにも雑魚モンスターには不釣り合いな武装。
大切な物を守るために与えられ、進化した武装なのだ。
並大抵の武器では傷すら付けられない。
「仕方ねェ、一度引……ぁ?」
バックステップして一度態勢を立て直そう。
先程まで考えていた、一旦退却して手に入れたクラウドバニーを有効活用して一人づつ攻略する方法を行おう。
だから逃走するつもりだった。
本来なら逃走できた。
バックステップした瞬間、心臓を貫かれなければ。
唐突に身体を突き破った感覚に、彼は意味が分からず呆然とする。
剣が引き抜かれ、身体がずるりと地面に落ちた。
「あ? ……え?」
「勇者の一人というから交渉すべきかと思ってましたが、無理そうなので」
「エフィカさん、もともと奴隷だったんですよ。その目の前で首輪を嵌めるのはさすがに許せないですよね?」
クラウドバニーとは別に、別方向から回り込んでいた二人の女。
エフィカとリルハ。この世界の冒険者の姿がそこにはあった。
「エフィカさん、リルハさん!」
「貴女の知り合いだったかもしれませんが、すいません」
「い、いえ、むしろお手を煩わせてしまいすいません」
互いの無事を確認して頭を下げ合う二人。
ソレを見ながら、博樹は思わず砂を握る。
「ふざ、けんな。俺はっ、俺はまだっ」
「残念ながら、ここで終わりです」
リルハはアイテム袋に突っ込んであった巨大ハンマーを取り出す。
「ウサギさんにあった時に戦力になるように、私でも攻撃力のある武器を買って置いたのです」
「ま、待て、止めろっ」
「せぇー、のっ!!」
振りあげるリルハに思わず叫ぶ、もう死にかけてるなんてことすら一瞬忘れ、必死に叫んだ。
そんな男の命乞いを無視し、リルハは全体重を掛けてハンマーを振り下ろすのだった。
「ぎゃんっ」
ヘンドリックとジョージを追いかけ回していたクラウドバニーは、唐突に効力を無くした奴隷の首輪のせいで、止まり切れずに頭からつんのめっていた。
なんだ? と思わず立ち止まるヘンドリックとジョージ。
その目の前で、奴隷の首輪が独りでに外れてカランと落ちる。
「って、解放された!?」
「なんでだよ? でも、解放されてる……」
「Oh、ファンタスティック! これぞLoveの力デースネー」
「どこにあったのよ愛が?」
三人はよかったよかったと喜び合い、ハッと我に返って博樹がどうなったのか確認に向かう。
そして、地面に残された奴隷の首輪が一つ。
桜坂美与は思い詰めた顔で、ソレを拾う。
周囲に誰もいないことを確認し、アイテムボックスにしまうのだった。




