400話突破記念、リアちゃん、アリさんを知る
その日、リアはお庭の掃除を任されていた。
無造作に生えた雑草を両手で掴んでうんしょっと引き抜く。
両足踏ん張って力一杯引っこ抜くと、勢い余って尻持ちを付く。
「ふはぁー。抜けたぁ」
引き抜いた雑草を山にした場所にえいやっと投げて次の雑草へと向かう。
ん? と気付いたのは偶然だった。
黒い生物が群れを成して歩いている。
なんだろう? しゃがみ込んで見てみれば、それはアリの群れだった。
「アリさんだー。えーっと、確か水だっけ、水、水、おねーちゃーんっ」
とたたたっと走りだすリア、マールに伝えて、彼女から貰った水の入った木製バケツをうんしょうんしょと持って来る。
柄杓の入った水入りバケツをさっきまで草取りをしていた場所に置き、ふぅーっと額を腕で拭う。
アリの群れを逆行して、巣穴へと辿りつく。
結構宿屋に近い場所に巣穴が出来ていた。
巣穴を確認すると、再びうんしょうんしょと両手でバケツを持ち運び、巣穴の傍へと持って行く。
そのまま柄杓で水を掬って巣穴向かって流し込む。
アリは放っておくと家の中に侵入し、食料品を食い荒らす害虫なのだ。
だから巣穴を見付けたら水を流し込んで女王アリを殺しておくのだ。そうすれば増えなくなるのでその内巣は全滅する。
姉から受け継いだ仕事をこなしていると、背後からそいつはやってきた。
「リアちゃーん、何してんの?」
「あ、黒髪のもーけんしゃさんっ」
黒髪の冒険者は笑顔でリアに近づくと、リアがやってる作業を覗き見る。
「んー? 打ち水? でもあれは道路にやるもので夏の暑い時期だし……」
「あのね、アリさんがいたから殺すんだよ」
「っ!?」
リアの口から殺すなんて言葉が出て来て思わず絶句する黒髪冒険者。
「な、なんで、そんなことするのかな?」
「えっとね、あのね、アリさんはね、そのままにしてると家の中に入って来てリアの大切なお菓子を食べちゃうの。だからね、こうやって水でおぼれさせて殺すんだって、お姉ちゃんが教えてくれたんだよ」
嬉しそうに笑うリア。
黒髪冒険者はその無邪気な笑みに恐怖を覚えた。
このままではいけない。
命の大切さを教えてあげないと。
「リアちゃん。アリさんってどういう生態か、知ってる?」
「アリさんの生態?」
「アリさんはね、一生に一度大好きな人と交尾してね、女王様になるの。一度の交尾で貰った子作りの元を使ってね、巣穴を作った後は一生外に出ることなく子供を産み続けるのよ」
「ほえー」
掴みはオッケー。リアは水を撒くのを止めて話に聞き入っている。
「生まれた子はね、女の子は新しく生まれた子のお守をするの」
「じゃー男の子は?」
「なーんにもしないの。あまりにも何にもしないから邪魔だーって巣から追い出されるのよ」
「あはは。カールソンおじさんところのおにーさんみたい」
この村にもニートいたんだ。黒髪冒険者はどうでもいい事実を知った。
「それでね、次の女王様になる女の子と、次の王子様になる男の子には羽が生えるのよ」
「知ってうー。月夜に向かって一杯ぶわーって飛ぶんだよ。そうなる前に殺さなきゃ」
「じゃあ働きアリは知ってるかな?」
「働きアリ?」
こてん、と小首を傾げるリア。無邪気なハテナ顔が可愛い。
「働きアリはね、子育てが出来なくなったお婆ちゃんアリなのだよ」
「おばあちゃん!?」
「そう、腰の曲がったおばあちゃんたちが必死に外に出て食事を探すの。時には外敵に出会って食べられちゃうこともあるけどね、老い先短いから死んでも大丈夫だって必死に危険な外に出るのよ。子供たちの未来を願って」
リアはそれを聞いて群れを成すアリたちを見る。
もう、リアにはそれをアリと見ることなど出来なかった。
ライゼンと一緒に、自分は殆ど見ることは出来なかったお婆ちゃん。その姿がアリたちに被る。
あの優しいお婆ちゃんが一杯、リア達のために命を掛けて食事を運び、凶悪な魔物に襲われながらも必死に持ちかえり、時にはアリ地獄に嵌って流されて行く。
他のお婆ちゃんたちに後は頼みます。孫たちをお願い。そういいながら砂の中に消えて行くお婆ちゃん。
「お婆ちゃん……」
はっと気付いた。
今、自分は何をしていたか。
そんなお婆ちゃんたちが命がけで守ろうとしたマールやリア達のいる家に水を流し込んでいたのだ。
「り、リア、なんてことを……」
「リアちゃん? あの……」
そして、リアは泣きだした。
大声で泣いてお婆ちゃんごめんなさいを連呼する。
クスリが効き過ぎたことに気付いた黒髪冒険者だが、どうすればいいか分からずおろおろしているうちに騒ぎを聞き付けたマールが慌てて駆け付ける。
「リアッ!!? 大丈夫!? 何があったの!?」
「おね゛え゛ぢゃん、ごべんざさい、リア、リアぁお婆ちゃんたち殺しちゃったぁ」
「へ?」
「あー、そのー、ね」
黒髪冒険者は困ったように即頭部を指で掻きながら何があったかを告げる。
「よくわかりました。千尋さん、ちょっと、ツラ貸しなさい」
「ひぃっ」
笑顔で告げたマールに言い知れない恐怖を覚えた黒髪冒険者、思わず逃げようとしたものの、踵を返した瞬間首元を掴まれ引きずられるようにして連れ去られてしまった。
数時間後。もうアリが可哀想過ぎて駆除出来なくなってしまったリアの代わりに、仁王立ちで激おこぷんぷん丸なマール監修の元、お湯攻めでアリの巣を潰す泣きそうな顔になった黒髪冒険者の姿があったのは言うまでもない。




