ウサギさん、赤ちゃんと過ごす日々
―― 行くぞウサギよー! ――
本日も、背中に魔神ベイビーを乗せて廊下をひた走る。
もはや日常風景と化したせいか、出会うメイドたちが優しげな眼をして来る。
あんまりやんちゃしちゃダメですよディアリオ様。と声掛けすらしてくるのだ。
それでいいのかお前ら。
ディアリオさんウサギ遣い荒過ぎっすよ。
まぁ赤ん坊として楽しんでいるならそれはそれでいいけども。
とりあえず今日はちょっと足を伸ばして庭まで行きたいと言われたので、館内駆け廻ってエントランスホールに降り、執事さんが出た瞬間を見計らい電光石火で外へ。
驚く執事さんを放置してすぐ横に折れ曲がり庭へ。
初めて外に出たせいだろうか?
ディアリオは眼を輝かせて空を見上げる。
あぅーお。と感動した声をだしていた。
―― 空が青い。大地が緑に彩られている。良い、実に良い ――
そりゃよかったっすね。
庭は庭師のおっちゃんが手入れしているのでなかなか綺麗に整っている。
背の高い木も枝葉を切り揃えられているし、まさに見物客に見せつける為の庭といったところだ。
「ディアリオ様っ!!」
ウサギがディアリオと外に出た。そんな事を聞いたのだろう。
メイド長と執事長。それから手が空いてた人たちが一斉に庭に駆け込んでくる。
そして、ウサギに乗ったまま空に両手を伸ばしているディアリオを見付けたのだった。
「これは……?」
「もしかしてディアリオ様、外に出たかったのかしら?」
「ウサギに乗ってるディアリオ様お可愛いらしい……尊、うっ」
「このこと、旦那様に伝えておきます」
「ええ。では私は……ウサギを叱っておきます」
なんでさっ!?
待って、俺のせいじゃないよね? っていうかメイド長さん、俺ウサギだから、叱っても動物だから意味無いからね?
そしてその場で雷落として怒り狂うメイド長。
しゅんと縮こまるウサギさんを見てきゃっきゃと笑うメイドの一人に抱きあげられたディアリオ君。
あんた悪魔だよ。俺に全ての罪をなすりつけるとか、悪魔だよっ。
―― 青い空、白い雲、ああ、我は再び世界に誕生出来たのだな ――
ああ、ようやく実感出来たってことか。
よかったっすね。
御蔭で俺は怒られたけどね。
結局ディアリオはメイド達に連れて行かれてしまった。
皆が引き上げてしまい、俺だけが残される。
折角久々に外でたし、ディアリオには悪いがもう少しだけゆったりするか。
がさり、誰も居なくなった筈の庭の茂みで音がした。
なんだ? 危険察知とかが働かないから自身の耳と目で確認しなければ。
警戒しながら待っていると、茂みをがさりと揺らしてやって来たのは、猫だった。
ただの猫ではなく尻尾がハンマー状の猫だ。
ステータス確認して見ると、ハンマーキャットの雌らしい。
重要なのでもう一度。雌、らしい。
ディアリオさんや。この猫知り合いかなんかッすか?
―― いや、知らんな? ――
おし、おしっ、ならばよし、これで俺の性欲も発散じゃーっ。
「にゃ? ニャーッ!?」
逃しはせん、逃しはせんぞーっ。
ウサギは電光石火で突撃した。是非も無かった。
ただいま帰りやした。
―― なんというか、ウサギ生活堪能しているな ――
ウサギになったからって遠慮して捕食されてやるもんか。
ウサギさんはむしろ捕食者なのですよ。
―― しかし、外は良かった。早く自分の足で歩きまわりたいものだ ――
ちょ、話が別の話になってない?
―― どうでもよかろ? それより暇だ ――
あんたさっき怒られたばっかしだろ!? 自重してくださいっ。
―― はっはっは。怒られたのは君だろううさしゃん。我は怒られていないぞ ――
あんたの代わりに怒られたんでしょうがっ!?
あんた実は結構あくどいだろ、このひとでなし!
―― ああ、魔神だから人ではないな。今は人だが ――
素で返されちゃったよ!?
はぁ、まぁいいや、俺疲れたから寝るわ。
―― む、そうなのか? 仕方ないな。我も寝るか ――
赤ちゃんだから寝るのが仕事。
俺とディアリオ君は同じベッドで仲良く御就寝するのだった。
そして、俺は予想すらしていなかった。
俺が起こしたあの行動が、まさか俺自身のピンチを招くことになるだなんてことを。
そう、それは数十日後、唐突に起こる時限爆弾。
俺自身が招いてしまった自滅の証拠だってことを、俺は気付いてすらいなかったのだから。
安全地帯ヘクセントール家、その安全地帯をウサギさんが捨てることになる衝撃的事実。それは、まさに身から出た錆なのであった。
そう、この数十日後、破滅は静かにやってきた。二人の、老人と女性が来訪することを、俺はまだ知る由も無かった。




