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康弘、王国へ帰還

「到着ーっ」


 見張りに自分ともう一人の身分を明かして待つことしばし、王女様の知り合いが駆け付け本人確認を終えたので、ようやくロスタリス王国へと返ってくることが出来た。

 彼の名は田代康弘。勇者の一人として召喚された、太った身体とお世辞にもカッコイイとはいえない失敗面の男である。


「ふふ、でも酷いですよね。康弘さんを見た瞬間人攫いーっ。とか」


 見張りの二人はやってきた康弘とシエナを見た瞬間、クソ野郎に掴まって奴隷化されたお嬢様という図式に見えたらしい。

 当然仲間を呼んで康弘を取り囲み槍を突き付けて来たのだ。

 慌ててシエナが誤解を解いたものの、街に入るごとにこれでは康弘としても困ったものである。


 道中立ち寄った村ではオークに間違われたりもしたので、容姿がこの世界でも最悪なのは本人も自覚していたのだが、まさか人攫いに間違われるとは思わなかった。

 そんなにあくどい顔をしているのだろうか? と久しぶりに自分の容姿に傷付く康弘だった。


「康弘さんと一緒に歩くと凄く楽しいですね」


「そ、そう?」


 なぜか上機嫌の王女様。これで自分の容姿がイケメン系だったなら恋の予感を期待しても良かったが、豚と呼ばれる体躯にオークじみた顔ではもはや期待するだけ無駄である。


「はぁ、これで楽しい旅も終わりだと思うとちょっと切ないですね」


「そうだね」


「折角ですし下町で何か食べて行きませんか?」


「ここ普通の人達用の街でしょ。貴族街とかじゃなくていいの?」


「そういう気分なのです。絡まれたら、助けてくださいね」


「当然、命を掛けて守るよ」


 そりゃ当然だ。相手は王女様、自分が守るには本当に命を掛けないと無理だろう。

 何しろ属性を纏う以外自分には闘う術がないのだから。

 肉弾特攻、相手は武器を持ってる。そりゃもう命がけでしかないだろう。

 とはいえ、王女と確認しに来た人たちが護衛として取り囲んでる今の状態で絡んでくるような馬鹿がいるとも思えないけど。


 適当な食事処を見繕って二人で入る。一般人を装った警護の人が数人後から入ってくる。

 元気な声で相対して来る店員に二人で来た事を告げ、テーブル席に座る。

 警護の人たちが適当に散らばってこちらを護衛し始めた。

 店員たちが何故か遠くに集まってこちらを見て噂をし始める。


 大体内容はわかる。自分の顔や身体を見て何アレ。アレと一緒に食事とか正気? とか実はお兄さんと妹さんとかなんじゃない? だから平気なのよ。とかおおむね康弘を蔑む目線である。

 できるだけ気にしない風を装い、シエナを見る。初めて頼むのだろう。メニュー表を見てこれはなにかしら? あれはなにかしら? といろいろなメニューを眺めている。


「ご、ご注文は?」


「定食ランチで」


「えっと、ウサギの丸焼きと、豆のスープと、ああ、食べたこと無いモノで一杯だわ。迷ってしまいます」


「あんまりお金無いから二品までね」


「そんな!? えっと、じゃ、じゃあウサギの丸焼きとバイパーのかば焼きで」


 一番高いのと二番目に高いのを選びやがった。

 お金大丈夫かな、と財布を確認し、康弘は息を吐く。これならぎりぎり支払える。

 一応、王国に請求すればいいのだが、警護の人たちに金貸して? と言える訳もないので今は自腹、請求は後からだ。

 しかし、肉と肉を頼んでしまっているのだが、食べきれるのだろうか?


「あ、あら?」


 運ばれて来た肉々しい料理を見て焦るシエナ。やはり肉と肉の料理になるとは思っていなかったようだ。

 どうしましょう、と焦る彼女の視線に、野菜やら何やらバランスよく盛られた定食が目に入る。


「どうし……ええと、交換、する?」


 さぁ食べよう、と思った康弘だったが、魅惑的なキラキラ眼で見つめられるとさすがに放置する訳にはいかない。周囲の目もあるのでさすがに王女様を放置して自分だけ食べる訳にもいかないのだ。ここは彼女の失敗をフォローしておく方が良い。

 しかし、さすがに他人の選んだものを取るのは気が引けるのか、自分で選んでおいて食べないのは矜持に反するのか、慌てて否定するシエナ。

 仕方ないので欲しいのと交換しよう。と告げることでなんとか交渉を終える。


 シエナは嬉々としてバイパーのかば焼きを優先的に野菜と交換していく。

 スープとウサギ肉の一部を交換し、幸せそうに食べるのだ。

 かなり持って行かれたが、シエナの喜ぶ姿が見られるなら康弘としては全く問題の無い事だった。


 しばし二人きりの食事を終える。

 なんだかデートをしているみたいだ。

 今まで女っ気のない生活をしていたのに、シエナと二人ならなぜかゆったりとした気分で過ごせてしまう。


 恋心が芽生えない訳がなかった。

 でも直ぐに捨て去る。

 なぜなら自分の容姿はよく理解しているから。

 王女で美少女な彼女と自分は絶対に釣り合う訳がないと理解しているから。


 だから、これは人生の中で唯一光り輝く思い出だ。

 きっと一人寂しく死んでいく、その時、ふっと浮かぶだけの最後の幸福になるのだろう。

 彼女の心からの笑顔をしっかりと焼き付けておく。


「シエナさん、口元油付いちゃってるよ」


「まぁ、どうしましょう、あの、いつもはメイドに拭いて貰っているのですが、どうしたら……」


「じゃ、じゃあ、その、ちょっと失礼、迷惑かもだけど、ごめんね」


 触らないでっと叫ばれないかひやひやしながら食器と共に出されていた口拭き用と思しき布を使って口元を拭ってあげる。

 店員たちがソレを見てひぃっとか顔を青くしていたが、なんとか気力を込めて拭き終える。

 康弘だって馬鹿じゃない。周囲からの悪意は敏感に受け取るのだ。


 それでも、今だけは、純粋なシエナの笑顔を見させてほしい。

 きっと、これ以降こんな幸運なんてないのだから、僕にすらも優しくしてくれる王女様の微笑みを、最後の希望を僕に焼きつけさせてくれ……

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