博樹、拾われる
坂上博樹はふらつきながら街道を歩いていた。
正直何処へ向っているかなど既に分からなくなっている。
ただ、前へ。ひたすら前へ。
腹が減った。
思考を埋め尽すのはその感情だけ。
雲浦に出会って逃げだしてから、ロビオン帝国まで逃げて来た。
しかし、ここから先彼が何処で何をするという予定もなく、ひたすら逃げて飢えを満たす、ただそれだけの生活になっている。
死にたくない。
今はもう、その思いだけが彼を突き動かす原動力だ。
なぜこんなことになってしまったのだろう?
そんな疑問も既に尽きた。
ふらふらと、目の前に現れた何かを狩ろうとし、倒れる。
目の前に映る何かが何かを言っている。
既に朦朧とした意識はその言葉すら理解しようとしてくれない。
意識が拡散していく。
何か身体を揺すられた気がするが、それもまどろみの中へと消え去っていった。
……
…………
……………………
ふいに、香ばしい匂いがした。
はっと目を見開き飛び起きる。
何があった? どうなった? 自分は死んだのか?
起き上がった彼は全裸だった。
目の前には石作りの冷たい部屋。
入り口と思しき場所は格子が填められ、その形状、まるで牢屋である。
「な、なんだよこれ?」
格子の隣に、少しだけ石で出来た壁があり、そこに小さな開き戸。そこに食事と思しき物が置かれていた。
スープとパンだけの粗末な食事だ。
ぐきゅるるるる。と粗末な食事を見た瞬間腹が鳴る。
腹は減ったままらしく、認識と共に飢餓状態であることを自身に訴えて来た。
毒が入っているか?
そんなことを確認する余裕すらなく食事に近づくと思い切りパンに齧りつく。
口内に水分が無いのでスープで流し込む。
畜生、美味い。
美味過ぎる。
硬いパンの筈なのに、薄いスープのはずなのにっ。
涙が出た。
たったこれだけの食事なのに感動に打ち震える。
直ぐに食べ終わってしまい、鳴り響く腹の音に後悔を覚える。
もう少し、ゆっくり食べて味わいたかった。
食事にありつけたことで現状を認識する余裕がようやく生まれる。
自分はどうなったのか、何が起こったのか、どうして牢屋のような場所にいるのか?
格子に両手を押しつけ外を見る。
長い通路と両側に格子付きの部屋が並んでいる。
どう見ても牢屋の類だ。
「ほぅ。生きとったか」
「っ!?」
通路の一方から、黒服を来たふとっちょちょび髭の男がお連れと思しき屈強な男達を連れてやってくる。
「なんだテメェはっ」
「おやおや、随分と威勢がいいじゃないか。これは調教のし甲斐がある」
くっくと笑い、格子の前に立つちょび髭男。
背丈はかなり低く、150あるかどうか。しかもでっぷりと太った腹のせいでさらに小さく見える。
そんな彼を囲むのは上半身裸の男達。
皆首に首輪のようなモノを取りつけられている。
「お前さんは儂らの馬車の前に現れて気絶したんだよ」
「あんたらの、馬車の前で? 助けてくれたってことか? でもこの仕打ちはどういうこった!」
「いやー、儂としてもな、タダで戦闘奴隷が手に入って万々歳よ。ほっほー。せいぜい高値で売れてくれたまえ」
戦闘……奴隷?
「くく、ロビオン帝国へようこそ流浪の奴隷君。せいぜい兵士の露払いを頑張って死んでくれたまえ」
「っ!? ふざけんなっ、テメェ、ぶっ殺……ぎあぁぁぁぁっ!?」
突然首が締まる激痛が走ってのたうちまわる。
涎が飛び散り、エビ反で悶絶し、意識が飛びかけた。
「ほっほ、元気がいいなぁ。首に奴隷の首輪ついとるのすら気付かんかったのか」
痙攣する博樹を楽しげに笑いながら見下し、ちょび髭男は踵を返す。
「これからしっかりと矯正してやるから楽しみにしとくがいい」
男達が去っていく。
痙攣が止まり、徐々に意識を回復させた博樹は身体を横にして、震える腕を支えになんとか身体を起こす。
「クソ、畜生。何だよコレ? ふざけんなっ、ふざけんなっ!! 必ず脱出してやる。テメェらただで済むと思うなよッ」
通路に向けて叫ぶ。
反響する彼の叫びは、しかし誰にも届くことは無かった。
「首輪? クソ、奴隷だと?」
首に手を当てると、確かに首輪がされていた。
なんとか引き千切ろうとするが、びくともしない。
犬の首輪とかであれば連結部分をほどけば何とかなるのだが、この首輪は連結部分が見当たらない。
まるで初めから首に嵌っていたかのようにぴっちりとくっついているのだ。
「可能性は固有スキルだけか。ふざけてやがる」
だが、ようやく人心地付けたのは確かだ。
これからどうするか、時間が許す限り考えなければ。
こんなところで奴隷身分に収まる気などさらさらない。あいつらを後悔と共に血の海に沈め、理想の生活を送るんだ。
「見てろよクソ共……地獄に引きずり落としてやるっ」
暗き決意と共に、博樹はぎゅっと、拳を握り込んだ。




