ライゼン、天の彼方へ
結果を言えば、シウバは疲れが出過ぎて倒れただけだった。
流石にこれ以上走れないとか死んだとかではなかったが、これ以上の無理はさせられないと、ライゼンは馬舎にシウバを戻した。余生はここで過ごしなさいと、優しい微笑みを湛えて戦友と別れる決意をしたのだった。
すまなそうに嘶くシウバと別れ、久方ぶりの実家へと帰還する。
宿屋兼酒場の賑やかな家だ。
家に帰るとすぐ目の前の受付カウンターにおっさんが座っていた。
「今日はお前が店番か」
「え? あ、と、父さんっ!?」
えらく驚くおっさん。実はライゼンの息子である。
この宿屋の店主であり、普段は奥に引っ込んで書類とにらめっこしていた筈だ。
今は彼の妻が休憩中か何かだったのだろう。
「嫁はどうした?」
「ああ、今はその、レイナの部屋にいるよ。ちょっと、あってね」
「……まさか!?」
挨拶もそこそこに、ライゼンは階段を登り宿側へと向かう。
後ろを付いて来ていた麗佳は戸惑い浮かべつつも彼の後を追うことにした。
「え? ちょ、お嬢さん、貴女は一体……」
自分の父親であるライゼンと行動を共にするマールと同世代か少し年上と思しき女性。
余程気になったので聞いてみたのだが、自己紹介は後で、急いでますの。と言われてしまってはどうしようもない。
ライゼン自体が連れて来たのでそこまで危険人物ではないだろう。と納得して見逃すことにした。
ライゼンと麗佳はレイナの部屋に向かうと、ドアを乱暴に開いて一歩踏み込む。
「レイナッ!」と叫んで押し入ったライゼンが立ち止まってしまったので、勢いよく付いて来ていた麗佳がライゼンの背中にぶつかった。
あいたっと鼻を押さえつつ少し下がって横から覗くと、ベッドに眠ったあどけない少女と、その傍に椅子を持って来て座り、彼女を見守っているおばさんがいた。
ライゼンの大声におばさんが驚き彼を見てさらに目を見開く。
「お、おとうさん!?」とまさか来るとは思っていなかった人物の登場に驚いている様子だった。
ライゼンはそんなおばさんに反応することなく、力無くベッドに歩み寄ると、膝から崩れるようにしてベッド脇でレイナの顔を覗き込む。
穏やかな寝顔に、少し安堵した。
「何が、あった?」
「え? その、昨日から熱が……ただの風邪だそうです」
「ああ、そうだったか。儂はまたウサギに襲われたのかと……」
「襲われましたお父さん。レイナも、襲われたんです。そのまま裸で寝ていたから風邪をひいて……」
「リアだけでなく、レイナまでもか! あのウサギめがぁぁぁぁぁぁっ!!」
血涙流しそうな勢いで叫ぶライゼン。
話に付いて行けていない麗佳だが、追っていた何かがレイナに何かを行った事はなんとなく理解した。
「お父さん……その、落ち着いて、聞いて」
「……落ち着いておる。落ち着いておるよ。なん、だ?」
「リアが、出産したわ」
「……なん、だと?」
ありえん。そんなことがあり得るわけがない。
震えるライゼンは、ゆっくりと立ち上がると、おぼつかない足でリアの部屋へと向う。
心配しながらも麗佳がその後ろを付いて行く。
そして、悪夢の部屋への扉が開かれた……
「あ、おじいちゃん!? おかえりなさーいっ」
元気一杯に告げるリア、それはいい。できるならば笑顔で彼女を抱き上げ、帰ってきた報告をして、土産話の一つでもしてやりたかった。
部屋を無数に這いまわるウサギがいなければ……
なん、だ? これは?
ウサギ? シロウサギにミニウサギ?
なぜそんな生物の群れがここに居る?
リア、何故こんな生物を部屋に上げている?
「えへへ。見てお爺ちゃん、ここに居るのリアとうさしゃんの子供なんだよ」
無邪気に微笑むリア。
いや、そんな馬鹿な。とありえない現実に心の中でツッコミ入れる麗佳。
そして……無言のままぐるんと白目を向いて気絶するライゼン。
立ちつくしたまま、ライゼンの意識は遠い彼方へと旅立って行ったのであった。
「あれ? どうしたの? おじいちゃん? おじいちゃんっ!?」
「え? あ、ライゼンさんっ!? ちょ、ちょっとライゼンさんっ!? だ、誰か、おばさーん、ライゼンさんがぁ――――ッ!!」
慌てておばさんを呼びに行く麗佳。
一瞬にして宿屋は大パニックへと発展した。
もはや麗佳がどういった経緯でライゼンと知り合ったか、ソレを聞こうとする者は無く、ただただ一緒になってライゼンを自室へと運び入れ、大きく息を吐きあってお疲れ、と労い合うのだった。
そして、しばしの後、ライゼンはゆっくりと眼を開く。
使命感にも似たうさしゃん討伐は、彼の中で神からの勅命に等しい程の責務へと発展していたことを、この時、彼以外誰も知る由も無かったのであった。




