麗佳、出会ってはいけなかった二人
木下麗佳という女の話をしよう。
もともとはただの少女でしかなかった彼女は、人一倍目立ちちやほやされるのが好きだった。
幼い頃は蝶よ花よと愛でられていたこともあり、彼女も自分が優遇される存在だと自覚してしまったのが彼女の性格を確定的に歪ませた理由だろう。
そんな彼女だからこそ、学校に入ってからもちやほやとされることを望んだ。
幼いころは良かったのだ。多少気に入らないことがあってもヒステリックに叫んでも、周りが子供だったからそういうものだと気にしなかった。
でも、周囲だって学習する。
ヒステリックに私を優遇しろと叫ぶ少女は別に特権階級じゃないことに気付く。
次第、彼女の傍から人は離れて行った。
居なくなれば居なくなるほど、必死に自己主張して周囲に自分を見るように叫ぶ。
それがウザがられる要因となってさらに人が離れて行く。
決定的になったのは、ジョセフィーヌが現れてからだ。
自分とは違う、本当の意味で選ばれた人間にしか思えない存在。
なんでもかんでもそつなくこなし、放っておいても周囲に人だかりができる。
当然、麗佳が嫉妬しない筈が無かった。
金髪だから目立つのだ。
そう勘違いして髪を金色に染めた。
流れる綺麗な髪より目立つ髪型に。
ドリルヘアで上流階級をアピール。失敗していることに彼女は気付かない。
ジョセフィーヌを目の敵にして事あるごとに突っかかる。
嫌味を告げる。同じことをして優劣を求める。
ことごとくが失敗するため憎悪が募る。
ジョセフィーヌが周囲に認められるほどに自分が惨めになっていく。
その度に塞ぎ込み、ここは自分を認められない愚か者ばかりだと逃げだして……
結局……
「結局……死ぬのかしらね」
自虐的に笑う。
そこはピーザラ国。王国ではなく民衆全員の合議制により国政が行われている変わった国である。
その国に向かう道の道中で、彼女は無様な姿を晒していた。
乗っていた馬車は横転し、その衝撃で外に投げ出されて転がりながら吹き飛ばされ、何が起こったのか分からないまま上半身を起こした。
商会の荷馬車は無残に破壊され、御者の商人は今、巨大な毛むくじゃらのバケモノに上半身を咥えられている所だ。周囲には彼の家族と思しき母親と娘が無残な爪痕を残して倒れている。
プランと揺れる陽気なおじさんだったモノを見て、悲鳴を上げそうになる。
でも、全身がソレを拒否していた。
今叫んだら、本当に終わる。
それを無意識に理解しているのだ。
私は選ばれた存在じゃないの?
ヒロインにはなれないの?
誰か私を助けなさいよ、こういう時こそ白馬の王子様が颯爽と助けてくれるはずでしょ?
なんで? どうして……私は……
「ぐぁ?」
どさり、おじさんだった下半身が落下し、血塗れの口元を見せ付けながらバケモノが麗佳に気付く。
終わった。
見付かってしまった獲物には、もはや逃げる術すらないのだ。
ゆっくりと近づいてくるバケモノ。
クマ? そんな生易しい物じゃない。
全身が毛で覆われた、いうなれば大きな毛の生えた蛇のような生物。
クマよりも巨大で、クマよりも凶悪で、クマよりも、獲物を逃さない。
怯えながらも後ずさる。
しかし、それだけだ。
目の前が暗くなり、巨大なあぎとが真上で開かれる。
ぼたり、ぼたり、涎と思しき液体が垂れ落ちる。
こんなのに喰われたくない。
そう思いながらも麗佳の身体は動くことは無かった。
動かなくなった獲物を前に、バケモノはゆっくりと開かれた口を覆いかぶせて行く。
「たす……け……」
「バーストランスッ」
バケモノの口の中へと頭が消える、その刹那。バケモノの身体が唐突に爆散した。
バケモノが頭を持ち上げ絶叫する。
周囲を探し、敵と思しき存在に顔を向けた。
「ふむ。シウバを休ませるためゆったりと移動していたが、むしろ幸いだったのぅ」
その光景を、麗佳はきっと忘れない。
絶望の中、確かに差したたった一つの光。
くたびれた銀の鎧、古めかしいプレートメイルに身を包み、神々しい槍を手にした一人の老人。
バケモノを蹴りつけ吹き飛ばすと、麗佳を守るように背を向ける。
老人の背中、けれど、物語の勇者のように雄々しく頼りがいのある背中だった。
麗佳はただただ呆然とその後ろ姿を見続ける。
「さて、あれは毛玉蛇の進化体じゃの。確か毛玉大蛇じゃったか。ピーザラに出るのは初めて見るの」
シウバ、下がっておれ。と乗って来ていたらしいやせ細った馬を麗佳の隣に移動させた老人は、槍を腰だめに構える。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
「瞬雷疾走!」
老人が走る。その速度はまさに雷。バケモノは威嚇するように咆え猛るが、次の瞬間には槍を突き刺され雄叫びすら上げることなくどぅと倒れた。
アイテム入手確認ダイアログが出たのを確認し、老人は麗佳のもとへと近づいてくる。
「無事かの?」
「は、ひゃい……」
その日、出会ってはいけない二人が出会った。うさしゃんにとっての地獄の猛追が、これより始まる……




