帝王、思案する
「緊急報告です」
玉座に座り、謁見を行っていたその王は、突然張り上げられた声に反応し、ふむと思案する。
椅子のある場所より段三つ下に傅くのはこの国の国防大臣。
先程からなんとかロスタリス遠征を止め軍を帰還させるようにと叫び続ける親ロスタリス派の男である。
そんな男の話を面倒そうな顔で聞き流していた帝王は、慌ててやってきた兵士にギロリと視線を向ける。
「報告を聞こう、通せ」
玉座に肩肘を付いた王は厳かに告げる。
ボザーク帝国帝王ローガン・M・ボザークである。
厳つい顔に筋肉質の体。
服がはちきれんばかりに膨らんでいるのは駄肉ではなく全て筋肉によるものだ。
厳つい顔には眉根を寄せた皺と細く鋭い眼、そして口周りに生えた髯。その全てが威厳と恐怖を撒き散らし、なんとかロスタリスから手を引くように告げる国防大臣にまで畏怖を振りまいていた。
もしも無意味に立ち上がったりしてしまえば、腹の膨れた国防大臣など恐れ戦きひっくり返って転がって逃げてしまうだろう。
「ほ、報告します。ロスタリス遠征軍より緊急の早馬が届きました。えー、その、敵軍にS級冒険者ストナ=エルレインを確認、また神槍ロンギヌスと神盾アイギスを装備したアボガランサーEXという名のネームドモンスターを使役するテイマーを確認。現存戦力での戦争は大敗と判断し撤退したとのことです」
「なんだとォッ!!」
「ひぃぃっ!?」
突然ローガンが立ち上がったせいで驚きおののいた国防大臣が仰け反って尻持ちを付き、そのまま後ろに転がって倒れた。そのまま必死に逃げようとしてその場でばたばた暴れ出す。
「我が許可も無く軍を引いたか!」
「報告書にはそう書かれてございます! 至急アテネポリスに問い合わせを行うべきであると!」
読み上げる兵士も真っ青な顔で自分のせいではありません。と必死に告げる。
顔を茹でダコのように真っ赤にする帝王。だが、ふと怒りを沈めて思案する。
「アテネポリスに問い合わせ?」
「は、はっ! モンスターテイマーが操る魔物に装備された盾は、アテネポリスに安置されている筈のアイギスの盾であるかもしれないそうです。鑑定を掛けた結果、本物であることは確定しているようです!!」
「ふむ……確かにロスタリスにアテネポリスが付いていたとなると厄介か。問い合わせはしておこう。S級冒険者もいたようだし、これはロスタリスを甘く見過ぎたか。好機かと思ったがむしろ我が国の兵を減らすための策略だったやもしれんな。そうであれば撤退は妥当な判断か。今回の遠征軍の総大将はそれなりに使えるらしい。ただ、我が命に背くは流石に看過できんが……」
再び玉座に座り直すローガン。
真上に視線を向け、ふーむと唸る。
「国防大臣」
「は! な、何か?」
「至急防備を整えろ。ロスタリス兵が調子づいて我が国に侵略して来んように国境付近を強化しろ。それとそこの兵。遠征軍が戻ったら代表と鑑定を行った者をここに連れて来い」
「はっ!! 失礼いたします」
兵士がこれ以上命令を受けないようそそくさと立ち去る。
「良かったではないか国防大臣。ロスタリスとの戦争は立ち消えだ」
「は、はいぃ……」
「しかし、魔物に神槍ロンギヌスと神盾アイギスか。勇者召喚にS級冒険者。どうにもキナ臭いなロスタリスめ……一体何を考えている?」
手に入れた情報を元に考える。
勇者召喚を行ったは魔王討伐のため。だそうなのだが、魔王が復活したと言う話は聞いたことは無い。
そもそも魔王クラスの敵などそこいら中に生まれている。
魔王種は確かに強力だがS級冒険者がいればそこまで苦労は無いのだ。
だから勇者を呼ぶほどの魔王となれば魔族の王という意味だろう。
だが魔族から王が生まれたと言う噂は今だどこからも聞こえて来ない。
ならば、ロスタリスが行った勇者召喚、その行われた理由はなんだ?
そして集められたS級冒険者。ストナは冒険者ギルドによるとコーライというロスタリスの村で魔族領に出来ていたオーク、ゴブリン軍団討伐に呼ばれたと聞いている。
現地にはさらに前からもう一人S級冒険者がいると聞く。
確かそのS級冒険者は神槍ロンギヌスを入手したと言う噂のある人物の筈だ。
そしてそのロンギヌスを装備した魔物、ソレをテイムしている謎のモンスターテイマー。
ロスタリスに人材が揃い過ぎている気がする。
また、まだ確認が取り切れていないのだが、ロスタリス上空を何度か飛行する女性のような生物が見られているそうだ。
それに、瞬雷と言われる二つ名を持つ元冒険者が秘密裏にピーザラ国に入ったという噂も入っている。
ロスタリスに召喚された勇者たちは勇者の一人が国王を隷属化したとのことで各国に亡命を始め、そのすぐ後に問題無くなったと隷属が解除されたことを各国に知らせる。
まるで各国に勇者を向かわせることこそが目的だったかのような気配すらする。
「国を奪取する。それを我が国は武力で行っている。だが、ロスタリスはもっと別の方法で行おうとしておるのではあるまいか? いや、まさかな」
考えても答えが出ない。だが、ありえんと切り捨てる訳にはいかない状況。心の片隅に情報を押しやり、ローガンは次の謁見相手を迎え入れるのだった。




