ライゼン、ロスタリス到着
ふぅ、と門を越えたライゼンは息を吐いた。
久々に冒険者カードを身分証として提示して街に入ったのである。
コーライ村であればライゼンの顔など直ぐ分かるのでまさに顔パスだった訳だがロスタリス王国となるとそうはいかない。
例え相手が誰かが分かっていても身分証の提示を要求されるのである。
思わぬ団体になってしまったこともあり、一度国内に入ってから皆が確認を終えて入ってくるまでしばし人通りを眺めて過ごす。
どうやらストナも他のメンバーが終わるまで彼らの近くで待っているようで、ライゼンの傍には今、誰も居なかった。
「すいません、お待たせしました」
代表するように雲浦兎月が告げる。
気にしとらん。と告げて、再び人波を見つめる。
「どうかしたんですか?」
「うむ。昔と比べると活気が無いと思ってな」
「鏡音とかいう男のせいだろう。コーライ村に来る前はいつも通りだったぞ」
呟くライゼンにストナが割り入る。
「ああ、成る程。ある程度の人々がすでに国外逃亡を行っていたのだったな」
納得行ったようで、ライゼンが歩きだす。
その手には手綱が引かれ、老馬がライゼンに寄り添うように付いて来ていた。
「あの、ここからどうするんです?」
「儂は今まで通り奴を追う」
「でしたら……」
「いや、流石に殺しに向うのに嬢ちゃんたちを一緒にはできん。邪魔もされたくないしのぅ」
くっくっと悪戯っぽく笑い、足を止める。
ライゼンの身体が右へと向き直った。
その前にあったのはぼろぼろの宿屋。
まだやっているのかと不安になる程にくたびれて見える。
「こちらは?」
「昔馴染みの宿屋じゃな。さすがに嬢ちゃんたちにはキツいと思うぞ。雑魚寝じゃし」
ここは昔からある宿屋の一つ。
昔にあった共同宿屋の一つで、今もその形態を変えていない。
その為、寝所はヤローばかりの無法地帯。
手慣れた奴ならその場で自家発電も辞さない猛者だらけだ。
「ほら、あんたらはこっちの宿屋に泊まるよ。ライゼンさん、ここでお別れってことでいいのかい」
「そうしてくれるとありがたいの」
「一応だが、ウサギの現在地は?」
「距離的にカラザンかのぅ。昔は荒れ地だった筈の場所に出来た国じゃ。結構歴史は浅いぞ」
「ああ、あそこか。って、遠いな!?」
まさかピスカがそこまで遠くにこの短時間で移動していることに驚きを覚えるストナ。
しかし同時に関心を覚える。
「いいねぇ、あの娘は強いよ、ぜひとも闘ってみたいものだ」
「随分と滾っておるの。お前さんが本気出すのはいつ以来か、相手が血塗れになるかもしれん、お気の毒様じゃな」
「ふふ、分かってる癖に。私ではあの娘さんに勝てないだろう?」
「ありゃ別格じゃな。よくもあのような娘を仲間に加えられたものじゃ。アレとはまともに打ち合えば敗北は必至じゃ。どうにかうさしゃん一人きりの時を狙わねば、な」
ストナに連れられていく勇者たちと別れる。
ここから先は彼一人。
うさしゃんを殺すための冒険である、他の足手まといは必要ない。
受付カウンター後ろで座っているなじみの爺さんに軽く挨拶を行い宿を取る。
宿、といっても部屋は一つ。十二畳程の部屋に本日は六人の厳つい男達が居た。
やってきた老人を睨みつけることしばし、自分とは関係ない存在だと視線を逸らして行く。
が、一人の男はじぃっとライゼンを見たまま彼が近づいてくるのを待っていた。
禿げあがった頭に厳つい顔。左眼には斬り傷痕が額から頬に掛けて存在しており、引きしまった筋肉と無骨で大柄な体を持っていた。
彼の背後には巨大なグレートアックスが立てかけられている。
「なんじゃい。もう死んだと思っとったのにしぶとく生きとるのか」
男の前に辿りつくと、ライゼンはどかっと座り込む。
「おいおい爺さん。死んだと思ってたのはこっちだぜ? 引退したんじゃなかったのか?」
「ギルドからは引退しとるよ。冒険者はもうやっとらん」
「はっ。ってぇことは義理で戦争参加か? 律儀だねぇ」
両手を上げてお手上げポーズで軽く首を振る男。
それにライゼンは呆れた顔をする。
「すまんが儂は戦争に参加せんぞ」
「あん? じゃあなんでまたここに?」
「通り道じゃ、これからカラザンに行かねばならんでな」
「ほぉぅ。面白そうな話か?」
「いや、孫を襲った男を消しに行くんじゃ」
笑顔で告げたライゼンにぞっしたものを感じたらしい男は思わず仰け反る。
「お、おいおい、マジかよそれ。瞬雷の孫をか。命知らずだな」
「地の果てまでも追うつもりじゃ」
そりゃ気の毒な。と相手の男に黙祷を捧げる男。
そこでふとライゼンが思いつく。
「ああ、そうじゃお主、ストナと一緒に知り合いのお守やっといてくれんか」
「あぁ? 俺にお守をやれと?」
「うむ、おそらく戦争に参加するはずじゃから死なんようにお主が手伝ってやってくれれば安心じゃわい。どうせ一人で参加するつもりじゃろ」
「チッ。まぁいい。爺さんの頼みだし聞いてやるよ」
にかっと笑みを浮かべた男に、ライゼンは手を差し出す。
無骨な男とがっしと握り合い握手が行われるのだった。




