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ライゼン、動き出す

 その日、ライゼンは孫が泣きわめくので仕方なく実家で普通に暮らしていた日々、に終止符を打つ決意をした。

 ついに反応が復活したのだ。

 追跡スキルに唯一マーキングしていた存在が、フィールド上に姿を露わした。


 洞窟などに籠られると少々分かりづらく、現在地を知ることは出来なかったのだが、どうやら洞窟内から脱出したらしい。

 夕方近かった為に流石に今から出掛ける訳にはいかない。

 しかし、馬小屋に既に用意は整えいつでも出られるようにはしていた。


 ついに、旅立ちの日がやって来たのだ。

 妻を娶った時に、もう二度と冒険に出ることはあるまいと思っていた。しかし、まさか孫を傷付けたウサギを追うために第二の故郷となったここを出立することになろうとは。

 感慨深げに部屋を見回す。


 まるでそれは、二度と戻らぬ風景を必死に脳裏に焼き付けるようだった。

 しばし、部屋を見つめた後で、マールが食事の用意が出来たと告げに来る。

 食堂の方へと降りて家族水入らずで食事を取る。


 息子夫婦も四人の孫もとても笑顔だ。

 そんな風景を懐かしいと記憶に留め、朗らかに笑う。

 すると、リアが不安げに小首を傾げた。


「おじいちゃん?」


「……ん? どうしたリア?」


「ううん、なんでもない」


 まるで次の日には自然に天に召されることを悟ったようなライゼンの顔に一抹の不安を覚える。

 そんな食事は、和やかに終わりを告げた。

 部屋に戻ったライゼンは風呂が沸くまで散歩に出掛ける。

 それは散歩とは名ばかりで、コーライ村を記憶に留めるような行為だった。


 散歩から帰ると一番風呂を貰い、温かい状態でベッドに入ってゆっくりと眼を閉じる。

 平穏な日々よ、さらば……

 温もりと決別するように、最後の安息を堪能する。




 深夜。

 ホゥホゥとどこからか鳥の声が聞こえる以外無音の中で、老人は静かに目を開いた。

 音を立てることなく起き上がり、身体を伸ばす。

 最小限の音でドアを開き、抜き足差し足階段を下りていく。


 できるならば誰にも知られず行きたいが、人が出られるような窓はなく、階下では酒盛りの冒険者たちが楽しそうな声を上げている。

 そして、息子夫婦の姿も……


「あら、お義父さん?」


「ああ、見付かってしまったか」


「行かれるのですか?」


 宿屋のカウンターに立っていた息子の妻が全てを悟ったように尋ねる。


「ああ、行って来る」


「帰って来てください。必ず、娘たちにもう一度笑顔を見せてあげて」


 止めることなど不可能だった。

 だから彼女はせめて必ず帰って来てくれと願いを述べる。


「男には不可能と分かっていても行かねばならん時がある。だから、確約はせん。孫を、よろしく頼む」


 優しい笑みを残し、自らの家を発つ。

 馬小屋に向い、藁の中に隠してあった装備を取り出す。

 まずは具足、鎧、手甲、兜。

 そして、槍。

 悔しいが、この槍はあのウサギがライゼンにくれたものだ。ブラックコボルトと打ち合うために貰ったものではない、その後にアボガランサーEXから回収した槍が余りまくっているからという理由で貰ったロンギヌスである。


「皮肉だのぅうさしゃんや。だが、儂は誓うよ。この槍をお前のトドメとして使おう。お前の命は必ず、儂がしとめる」


 槍を一度振るって虚空を睨む。

 目指すはたった一匹のウサギのみ。

 しかし、例え一匹だとしても己の命を賭して殺すに相応しき存在だ。

 何しろそのウサギは、愛しき孫を凌辱した極悪ウサギなのだから。


「いくぞシウバ」


 もう老後の余生を送る筈だった愛馬を引っ張りだし、その背に跨る。

 馬小屋から出たその瞬間、目の前に数人の男女が立っていた。


「行くのね、お爺さん」


 代表するように、アボガランサーEXを抱き締める少女が告げる。

 手綱を引いてその場に留まり、ライゼンは馬上から彼らを見る。

 異世界から来た勇者たちだ。

 少し前に一人増え、今はストナとクロウにより保護されていた筈の……


「私達も向います」


「悪いが速駆けを行うつもりだ」


「いえ、何処に居るかを教えてください。分かるのですよね?」


「知ったところでどうなる?」


「必ず追い付き私達が保護します」


「そうか……ロスタリス王国に向かっているようだ。その後は知らん。儂はロスタリスに向う」


 それだけ告げて、ライゼンは手綱を打つ。


「ハイヨー、シウバーッ」


 愛馬が駆けだす。老いたといえども共に戦場を駆け抜けた愛馬。二代目となる彼もまた近辺の魔物退治などで活躍した馬である。駆ける速度はかなり早い。

 勇者たちに見送られ、ライゼンが動き出す。

 待っていろうさしゃん。その命、儂が刈り取る。


 走り去るライゼンの後ろ姿が遠くなっていく。

 その全てを捨てて打ち滅ぼすという決意に満ちた背中を見つめ続け、夜霧天音はきゅっと、両手に力を込めるのだった。

 アボガランサーEXが痛い痛いと暴れていたが、誰も気にすることは無かった。

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