ヘンドリック、戦争の火ぶたが切られるのを見届ける
ヘンドリックは戦慄していた。オーク、ゴブリン大軍団の戦争を見てしばし呆然としていたのだ。
遅い美与を待ちながら冒険者達が待機している場に向かうと、クロウがそこで待っていた。
薄く広く配置され始める冒険者たち。
ストナが忙しなく動いて各冒険者を適切な場所に配置して役割を教えている。
クロウは全体指揮を取るようで、リーダー数人と固まって会話していた。
少し前に進めば茂みが途切れ、ドルアグスの森を出ることが出来る。
ただし、出たが最後、オークとゴブリンの軍団が睨み合っている場所に躍り出てしまう訳だが、そんな馬鹿な真似をする奴はここには一人も居ない。
皆、流石にこの大集団は始めて見るのだろう。息を飲んで平原を見つめていた。
当然、ヘンドリックたちもオークたちの姿を見て恐怖すらも覚えた。
オーク軍とゴブリン軍は争っていた。
今までも同じように闘っていたのだろう。
互いに殺伐と喰い合い殺し合い殴り合っている。
オークの斧がゴブリンの頭を潰し、無数のゴブリンがオークジェネラルに噛みつき肉を引き千切る。
デカいゴブリンが丸太を振り回してオークを薙ぎ散らし、甲冑を身に纏った隻眼オークがゴブリンに突撃して数十の首を一気に落とす。
歴戦のゴブリンやオークも居るらしい。
そいつらがいる場所は敵対するオークやゴブリンの死亡率が半端ない。
でも、それを加味しても彼らの数は多過ぎた。
既に互いに1万はいるのではなかろうか?
もしかしたらもっといるかもしれない。
わらわらと集まるオークとゴブリンは互いを攻め合い、拮抗状態が生まれていた。
今から自分たちは、この殺伐とした生存戦争に横から殴り込むのだ。
激戦必至。
何年も決着が付いていないこの戦争に、人間達が突撃して即座にカタが付くのか。不安もあるし、失敗したらという心配もある。
知らず、固唾を飲み込むヘンドリック。
隣では流石にジョージもアメリカンジョークを行うことなく真剣に見つめていた。
美与も、兎月もレギンですらも、その衝撃的な戦争をただただ見続ける。
だから、美与ですらも天音がその場に居ないことに気付いてすらいなかった。
いつまでも続くかのように思われた戦場。
しかしそこに、森から飛び出すイレギュラー。
驚き目を見張る冒険者達に見つめられながら、人族魔物連合一番槍が動き出したのだ。
アーマードスカンクの群れと、それに遅れて走るコミカルな生物。
必死に走るアボガードの群れになぜあいつらが先陣切ってんだ!? と驚きの声がヘンドリックの近くから聞こえた。
さらに後方。白い馬の頭に四足で座るウサギが現れる。
どうやら指揮官らしい。
ウサギが前足を持ち上げ、かかれ! とジェスチャーした瞬間だった。
なんだ? と気配に気づいて近づいて来た者たちを見るオーク軍とゴブリン軍。
その二つの軍団に平行して並んだアーマードスカンクの群れが一斉に反転。お尻を向けた。
『放て!』
ウサギの言葉を代弁するようにアウレリスが叫ぶ。
刹那、アーマードスカンク必殺の臭液が一斉に放たれた。
物凄い勢いで放物線を描いて噴き出す悪臭の液体がオーク、ゴブリンに等しくまんべんなく降り注ぐ。
当然、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
特にオークは大変だ。物凄く優秀な嗅覚が完全に潰されたのだ。
中には臭液が直接目に掛かり悶え苦しむゴブリンもおり、戦線は一瞬で崩れ去った。
『第二陣、突撃!』
ウサギが前足を前に出した瞬間、アウレリスが叫ぶ。
槍を構えたアボガードの群れが一斉に突撃を始めた。
ただの人であればスカンクの臭液が蔓延るこの戦場に踏み込む気にはなれないだろう。だが、嗅覚を持たず、眼すらも存在しないアボガードであるならば?
神槍ロンギヌスを携えた防御特化の魔物達。その攻撃力はロンギヌスのせいで物凄い膨れ上がり、オークをゴブリンを一突きで屠っていく。
中には槍を前に構えてただただひたすら突撃していく猛者もおり、アボガード達のレベルが一斉に上がっていく。
―― 集団戦が始まりました。戦争に参加しますか? はい/いいえ ――
気が付けば、ヘンドリックの視界にそんな白文字が出現していた。
当然、彼は戦争に参加する。
ふと見れば、周囲の冒険者達も「はい」と呟いているのが見える。
「っし、戦闘開始だ野郎ども。準備は良いな。突撃部隊。ゴブリン向けて突撃ッ!!」
クロウの言葉を受け、冒険者の一部が森から一斉に飛び出す。
アウレリスが風を操り臭素を吹き飛ばす。
風上からの攻撃となった人間達には、戦場に入り切れば臭いにやられることは既に周知済みだ。
なので、まずは弓部隊が、ついで槍部隊が離れた場所から攻撃を開始する。
突然横合いから攻撃されたゴブリン達は、成す術なく討たれ始めるのであった。
 




