咲耶、悟りを開く
6班は待機組だ。
ロスタリス王国客室の一つに、彼女達は集まっていた。
この班は余り組とも呼ばれており、仲のいい天竺郁乃とイルラが中心のメンバー構成になっている。といってもメンバー人数は一番少なく4人だけだ。
しかも一人が先生という状態である。
意気消沈気味の東雲咲耶、中浦沙希両名は、話し合いとして集まった部屋で、ただただ項垂れていた。
話し相手の居ない郁乃はどうしたものかとイルラを見るが、イルラは既に我関せずと座禅を組んで目を閉じている。
瞑想中らしいので話しかけるのも憚られる。
「むむむむむ……」
困った末に、結局行うのはイルラと同じく座禅しかないと結論に達する郁乃。
「仕方ないなぁ。さくちゃんせんせー、さっちゃんここは座禅で瞑想して消沈した気力を昇華させようではないか!」
「え? め、瞑想?」
「そう、瞑想。イルちゃんを見るよろし、このサトリ開いた神々しいまでのイルちゃんを!!」
座禅を組んだお釈迦様のように左腕を縦にして親指と中指で円を作っているイルラ。気のせいかちょっとだけ宙に浮いているような気がしなくもない。
「はい、では胡坐掻いて、そう、手は、こう!」
郁乃の言葉にしぶしぶ体勢を整える咲耶と沙希。
三人ともが座禅を組んで目を瞑る。
しばしの静寂。
イルラが光り輝きゆっくりと浮かび上がる。
髪がたなびき不思議な力が渦巻き始めた。
その力の帯が他の三名に伸ばされゆっくりと巻きついて行く。
むずがゆさを覚えた沙希が薄眼を開けば、イルラが光り輝くのが見えた。
はは。イルラさんが光ってる。光って……光ってる!?
慌てて眼を見開く。
しかしその時には既に光は失われており、イルラが浮き上がっている等ということは無かった。
「あ、あれ?」
「どったのさっちゃん?」
「い、いえその、今イルラさん浮いてなかった?」
「はっはっは。幾らイルちゃんでも本当に浮いたりはできないよー」
何言ってんのさー。と全く信じてない様子の郁乃。
正直自分でも何言ってんのかと思わなくもないが、今のは見間違いというには余りに印象的過ぎた。
だってイルラが光っていたのだ。髪が重力に逆らうように波打ち、宙に浮いたイルラから伸びる無数の透明な帯。
幻覚だったと言われても流石に納得できる訳がない。
ただ、それに気付いたことで郁乃も気付いた。
「あは、さっちゃん我に返った?」
「え? あ、はい……」
そう言えば。と今更ながら気付く。
思考する力が戻ってきた気がする。
沙希はつい先ほどまで人を殺したこと、裏切られたこと、恨みつらみの精神的ショックで精神に異常をきたしていた。
それが気力を取り戻し、普通に思考出来る状態に戻ったのだ。
「ふふ、これが瞑想の力なのです!」
「え? それは違うような?」
しいていうならイルラの謎過ぎる状態に驚いて我に返っただけだと思われる。
ただ、今まで自身や他人を恨んでいた思考はきれいさっぱり消えており、自分が今どこに居て何をしているのかをしっかりと認識出来る。
確かに瞑想か何かの効果は出たらしい。
全く納得できないが、現実に効果が出たのなら何かしらリラックスは出来たのだろう。
一先ず背伸びして、自分が思い悩んでいたことを吹き飛ばす。
今は何も考えない方が良さそうだ。
「はぁ。意識するのを止めたらお腹減ったわ」
「あは、それじゃー皆で食事しちゃいますかー。って、あれ? さくちゃん先生?」
「先生がどうし……!?」
先生は浮いていた。
今回は見間違いなどない。
座禅を組んだまま先生は浮かびあがっていた。
「私、開いたようです……」
ゆっくりと、先生が目を開く。
まるで開眼するお釈迦様のようになぜか凄く輝いて見えた。
「せ、先生?」
「これが、サトリを開くということなのですねイルラさん!」
「……よくぞ、その高みに至りました東雲先生。ようこそ明鏡止水の世界へ」
同じく目を開いたイルラがにこやかにほほ笑む。
地面に着地した先生は座禅を止めて立ち上がり、イルラの前へと歩み寄る。
イルラも座禅を止め、立ち上がる。
背丈的にはイルラの方が高いため、見上げる形になる先生は、にこやかな笑みを浮かべてイルラに手を出した。
その手を取って、握手するイルラ。
「私も、余裕を見て座禅を組むようにします」
「ええ。座禅は空き時間にいつでもできます、ぜひとも更なる高みへ至ってください」
通じ合ってしまった二人に沙希は思わず身体ごと引いた。
遠くに向かってしまった先生に、一先ず遺憾の意だけを送っておく。
「先生も仲間になっちったねー。イルちゃん教誕生かな」
「それ、冗談に聞こえないんだけど。なんか普通に新興宗教になりそうで怖いわ」
「よっし、そんじゃ布教活動はじめよー」
「え? 冗談じゃなくて本気なの!?」
部屋から駆け去っていく郁乃に焦る沙希。そのお腹がぐーっとなったことで自分がやりたい事を思い出す沙希だった。




