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第6話 もののけが増えた

 二段ベッドの上に逃げちゃった葉子ちゃんに優しく言ったのに、激しい拒絶が返ってきちゃった。


 ……。ちょっと傷つくよね。


「大丈夫だって。ほら、阿闍梨餅(あじゃりもち)はまだまだあるよ。そして! 緑寿庵清水(りょくじゅあんしみず)の金平糖も選ばれると、なんと! リンゴ、レモン、巨峰、桃味を選ぶ権利が――いや、全てを味わえるのです! いかがですか、お客さん!」


「な、なんじゃと! う、うむ。そこまで言うなら許してやらん事もない」 


 私の素敵な提案に「がるるるる!」との擬音が聞こえてくる感じで拒絶していた葉子ちゃんの態度がちょっと和らいだ。


 ちょろい。


 ピコピコと耳を動かしながら、こちらを見ている葉子ちゃんにほんわかしていると、そわそわしながら両手を差し出してきた。


「早く見せるのじゃ! 金平糖を早く味わいたいのじゃ!」


「旅行カバンに入ってるから見てみる? いや、一緒に見て欲しいなー」


「そ、そこまで美裕が言うなら、一緒に見てやらんこともないぞ。はよ、案内いたせ」


「はいはい」


 ベッドの上で仁王立ちになってふんぞり返っている葉子ちゃん。もう、本当に可愛いよね。どうしたら、ここまで私の好みをピンポイントで突けるのだろう? もう、お持ち帰りしても良いよね?


 はっ! だめだ。あまり変な事を考えたら、葉子ちゃんが2段ベッドの上から降りてこなくなっちゃう。


「じゃあ金平糖を見に行こうよ。おいで」


 冗談半分で両手を差し出したら、なんと洋子ちゃんが「ぽすん」との感じですっぽりと私の腕の中に納まってきた。


 ……。


 まじで?


 なに、この軽さ。いや、妖狐なのに重さがあるのを驚いたらいいの? それとも気楽に私の腕の中に来てくれた事を喜んだらいいの? それともルンルンと擬音が聞こえてくる感じで満面の笑みを浮かべている葉子ちゃんに(もだ)えたら良いの?


「なにをしておる。早うせんか」


「はいはい。個人的には桃味が好きかなー」


 腕の中でバタバタとしながら嬉しそうにしている葉子ちゃんを見てデレデレとしていると、荷物を置いている部屋からなにか気配がしてきた。あれ? 昨日から私しかいないよね? いや、葉子ちゃんはいるんだけどさ。


「なんじゃ? どうか――何者じゃ!」


 それまでご機嫌だった葉子ちゃんが鋭い目線で隣の部屋へ声を飛ばす。そして私の腕の中から飛び降りると懐から5円玉を取り出した。


 なぜ5円?


「葉子ちゃん? 5円でなにするの? 投げるの?」


「馬鹿者! これはお賽銭じゃ! 人間の祈りがこもったお賽銭を使って術を行使するのじゃ!」


「え? そうなの? じゃあ私のお賽銭も、誰かに使われているのかな?」


 場違いだと判断されたのか、私の問い掛けに答えず、葉子ちゃんが鋭い視線で睨んでいると、誰も居ないはずの部屋から一人の着物姿の女性がやってきた。


「こんにちはー。うちの葉子ちゃんがお世話になっとります。話しは全て聞かせてもらいましたー」


 誰!? 着物姿の出来る系のお姉さんだね。普通の人には見えないけど?


(かえで)姉様!? どうしてここに? あれ? でも、さっきの気配は姉様とは違った気が――」


「『どうしてここに?』じゃありませんよ? こんなところでなにをしてはるん? ここはお外やで?」


 えっと……。楓姉様と呼ばれた女性はニコニコとしているけど、あれって100%怒っているよね? だって、目が笑ってないもの。あれは逆らったらダメ系の人種だ。いや、ケモミミと尻尾があるから人種じゃないんだろうけど。


「ひっ! 楓姉様。ち、違うのです! これには深いわけがあって――」


「へー。長老がお決めになった禁を破って、伏見稲荷大社の外に飛び出して、人間に姿を見せて、術まで使って、阿闍梨餅を食べて、緑寿庵清水(りょくじゅあんしみず)の金平糖も味わって、ましてや使役の契約まで結んで。これほどの事をしてはるんやから、よっぽどの理由があるんやろうねー。私に理由を聞かせて欲しいなー」


 じりじりと近付いてくる楓さん。そして青い顔をしてじりじりと後ずさる葉子ちゃん。それを傍観している私。


 なんだこの空間。


「美裕! はよ助けんか! 妾のピンチじゃ!」


「『妾』? また、そんな無理した言葉を使って。似合わないから止めときと言ってるでしょ」


 ん? 葉子ちゃんの焦った言葉に楓さんが答えているけど、ちょっと待って。葉子ちゃんは普段は『妾』と言わないの?


「あ、あの。楓さん」


「なんです、美裕さん? 今は取り込み中なんやけど?」


「葉子ちゃんは普段は『妾』と言わないの?」


 私からすれば大事な質問なのに、呆気にとられた顔をしていた楓さんがクスクスと笑い始める。なにか変な事を言ったかな? 大事な質問だよ? 大事だから何度も言うけど、葉子ちゃんが『妾』と言うのは大事だよ?


「おもろいねー。美裕さんは実におもろい。普通は妖狐を見たら自分の常識を疑うもんやけどなー」


「そうですか? 今のご時世で物の怪に会う事はあるかもしれないじゃん? それほど不思議だとは……いや、不思議だね。私の知ってる妖狐って怖い感じなのに、葉子ちゃんは可愛いし、楓さんは綺麗だし。それに楓さんの京都弁? 関西弁も変な感じだし。色々と気になる事はあるよ」


 私の言葉に楓さんはさらに面白そうな顔になると、葉子ちゃんに向けてた視線を私に変えたようだ。


「うん。そやね。私も気になるところがあるわ。ちょっとゆっくり話そうか。『葉子、その場で反省しとき』」


「にゃっ! 楓姉様!? 拘束を解いて下さい。反省してますから!」


 なんか普通の喋り方になっている葉子ちゃん。目を凝らすと縄でグルグル巻きにされてる。普通の拘束と呼んでた縄だから問題ないね。私も色々と聞きたいからね。さっき楓さんが『使役の契約』とか言ってたし。


「私も聞きたい事があるんですよ」


「うん。なんやろ? こっちの質問に答えたら、禁に触れない程度で答えてあげれるで」


「じゃあ阿闍梨餅と金平糖を食べながら話そう。実は葉子ちゃんには言ってないけど、まるもち家の水まる餅もあるんだよ」


「あら。それはええねー。あのプルプル感は一度食べてみたいと思ってたんよ」


「ちょっ! 美裕! そのような物を隠しておったのか! 許さんぞ! 妾の分も――な、なんでもないです。楓姉様」


 私と楓さんの会話に葉子ちゃんが入ってこようとしたんだけど、楓さんの視線に気付くとプルプルと震えながら耳もペタンと頭に張り付いていた。


 ……。どれだけ怖いんだろう、楓さんって。

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