それには答えられない
「いい加減にしろよ、海斗」
トイレに強引に連れ込み、俺は怒りを精一杯抑えた声で言った。
すべてはこいつが悪い。せっかく公彦が準備してくれた合コンで、こいつは空気を悪くしている。
「いい加減にしてほしいのはこっちの方なんだけど、純?」
そう言って、俺の瞳を覗き込むように近寄ってくる海斗。
「いつになったら答えてくれるのかな?」
俺は海斗から注がれる視線を避けられるはずもないのに顔をそらす。
「ねぇ、聞いてる?」
海斗は俺の顔に優しく右手を添えたかと思うと、強引に自分の顔に向き合わせてくる。
「ねぇ、なんで?なんで答えてくれないの、純?」
どんどんと消えゆくような声色に変わりながら問いかける海斗の瞳もどんどんと暗い色に変わり、俺の顔に添えられていた手は震えていた。その震えに気付いたのか海斗は手を下ろす。
そんな声を出さないでくれよ。海斗がこんな調子だとどうも調子が狂う。
「すまない。でも、やっぱり間違っていると思うんだ。だって—————」
俺はどうしても口にするのをためらってしまう。
「だって、男同士で付き合うのはおかしい?」
俺が口にするのをためらっていたことを海斗は口にする。
「告白してから初めて純に誘ってもらえたから、すごく嬉しかったんだよ?嫌われてないかなとか、振られるのかなとかいろいろ悪い想像ばっかりしちゃったけど、純に会えることが、純から会いたいって言われたことがほんとに嬉しかったんだよ?それをいきなり、合コンに参加しろとか言うし、本当にさ、いい加減にしてほしいのはこっちの方なんだよ!」
海斗は両手で、俺の胸をノックするように、必死にノックするように何度も叩く。海斗のうちにあるどろどろとしたものを押し付けられて、俺は胸が熱くなるような気がしたが、それを抑え込んで言う。
「いいか、海斗?きっと俺のことを好きというのは気の迷いだ。きっと女性と触れ合う機会が少なかったからお前は勘違いしているだけなんだ。だから、この機会にきっちり女性と恋愛してみるべきだ、な?」
やや早口になりながら俺の真意を海斗に告げる。
「だから、俺は純のことが好きなんだ!そんなお節介焼く前にはっきりと答えを聞かせてよ、純!」
俺はどうしても答えることができなかった。そのせいでこの一瞬の間がかなりの時間に感じてしまう。
「お願いだから—————」
ついに懇願するように絞り出されたその声を俺はとっさにさえぎってしまう。
「お願いだから、俺を困らせないでくれ」
その一言は俺にとっても意外なものだったが、海斗にとってはもっと意外なものだったらしく、目を見開いている。そして、目をゆっくりと閉じると、もしかしてとつぶやく。
「直接断れないから、こんな手のこんだことをしてる・・・?」
「ちがっ、俺は、お前が傷つかないように、その思って。それがお互いのためになると思ったから—————」
なんで、俺はこんなにも慌てているのだろうか。
「だったら、はっきりと断ってよ!」
俺は困ってしまう。困ってしまう自分が分からない。海斗とどうしてこんなことになってしまったのかわからない。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで—————。
「断ってくれないってことはまだ可能性があると考えていいんだよね?」
「いや、それは—————」
瞬間、俺の口は何も言葉にすることができなくなった。
「抵抗しないんだね」
いたずらっぽい笑顔と、
「もしもさ、純が今日の合コンで誰ともうまくいかなかったら、俺が純を持ち帰っちゃうから」
甘い言葉だけを残して、海斗はトイレを出て行ってしまった。
「もう飲むしかないな」
そう呟いて俺は海斗を追いかけた。