ふしぎなおはなし
「はい、どちら様でしょうか?おや、あなたでしたか。ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ。ええ、この椅子にでもおかけください。え?なぜあなたを招待したか?それは決まっています、あなたがいらっしゃったからですよ。落ち着かれましたか?それでは、これからある面白いお話をして差し上げます。そうだ、紅茶でも?はい。こちらにございますので。では冷めないうちにお飲みくださいね。では始めましょう、一人の若者のお話です・・・
『昔々、その昔。あるところに一人の若者がおりました。その若者はとても臆病で、何をするにしても怯えてばかりでした。そんなある日、若者が街をぶらぶら歩いていると、不思議なお店を見つけました。その店はとても小綺麗で、とてもかわいらしいさまざまな小物がショーウィンドウに飾られていました。その綺麗さにつれられて若者はつい、その店に入ってみることにしました。恐る恐る扉を開きます。すると、ちりんと鈴が鳴り、ガラスで隠れていた店内がよく見えるようになりました。
そこはまるでおとぎの国でした。大小の硝子瓶や様々な形の蝋燭は華やかに見たことのない不思議な形の商品などをも纏めて特異なイデオロギーを醸し出すようでした。そんな空間の奥には小さなカウンターと椅子に座る少女がいました。若者はこの店が気に入りました。自分になかった何かがある気がして。
少女は寝ているようでしたが、むくりと立ち上がって若者に話しかけました。
「いらっしゃいませ!何かお探しでしょうか?」
そのオルゴールのように透き通った綺麗な声は店内の商品と共鳴して、店内がさながら音楽ホールのように思える程でした。しかし若者は返答に困りました。〈探し物〉など判る訳がないのですから。それでも若者は使い慣れない言葉を紡いでおずおずと言いました。
「私の、私の知らないもの。それを探しています。ここで見つかる気がしたものでして。」
「そう、ですか。でしたら、こちらの天球儀などいかがでしょう?この商品、少し曰くがあるものなのですが・・・あなたにならば売れるでしょう。」
「手に取ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうぞゆっくりご覧になってください。」
若者は少女が示した天球儀を手に取って見てみました。それは一見普通の天球儀でしたが、真ん中に紫と黒が混ざったような、まるで光を吸い込むような石が嵌っていました。若者はこの色はあまり好きにはなれませんでした。
「すみません、この石はどういったものなのでしょうか。」
「これは、この商品を曰く付きにしているもので、残念ながらよく解っていません。その代わり、これにはある話が伝わっています。それによると、この石はどうやらある場所を指すパワーストーンのようなのです。しかしその場所を見つけた方はいないようです。もしかしたら、あなたの探し物はそこにあるかもしれませんね。」
ありふれた展開を感じ、若者は少し幻滅しましたが、そこに僅かな希望があることもまた感じました。
まだ天球儀は持ったままでしたので、若者はその石がそこに嵌っている意味を考えてみました。が、流石に何人も悩ませてきたと思われるだけあり、思考すらもその石に吸い込まれるようにその石の謎は増えていきました。仕方なく若者は考えることをやめ、疲れた頭を冷ますために店内を見回しました。
そこには変わらない少女とカウンター、ガラス細工や蝋細工、ケースが透明な時計や伝統工芸品などが所狭しと並べられていました。さきほどと何も変化のない風景に、若者は購入を決意するきっかけを見つけました。そう、風景は最初と決して変わっていないはずなのです。
そこで若者は少女に天球儀を購入したいという旨を話しました。すると少女は慣れた手つきで算盤を打つと、少しお高くなりますが、と言いながら値札を書きました。見ると、確かに少し高かったのですが、若者はそれ以上の魅力を天球儀に感じ始めていました。
若者は手早く会計をすませると、すでに暗くなり始めた街をあてもなく彷徨いました。天球儀はそれを理解したかのようにカラカラと空転します。風のせいでしょうか、それはまるで一定の方向を指し示すような、そしてそれは確実に町の反対側を指しているのです。臆病な若者は恐れながらも、何かが呼ぶ気がしたのでしょうか、まっすぐに進んでいくのです。
ついに若者は天球儀に連れられて町のはずれまで来ていました。
今までこの町に住んでいた若者は、今の景色に見覚えがないことに気がつきました。生まれ育った町、もう何年住んでいるのでしょう。なぜかこの場所には見覚えがないのです。そして、そこにはそれなりに最近人が通った形跡のある道が一本、森の方に向かって伸びていました。
もう今の若者には臆病など微塵も残っていませんでした。この先に進む、ただそれのみしか選択肢はなかったのです。
森はとても深く、木々は若者を見下ろすようで、町の市場では見たこともないきのこなどがそこかしこに生えていました。
道は進むにつれてやがて広くなり、ついには広場に出ました。
そこにはぽつんと洋館が一つ、建っていました。
ふと、天球儀を見ると、真ん中には先ほどの黒ずんだ色の石ではなく、無色透明でヒビが入った石が嵌っていました。
ここに至って若者は少し恐怖を感じましたが、もう戻ろうにも、後ろの道は暗くてよく判別がつきませんでした。
洋館は二階建てで綺麗に整備され、窓からは煌々と明かりが輝いていました。
若者は一夜の宿を求めるため、洋館のドアノッカーを叩きました。
一回、二回。返事はありません。もう二回。やはり返事はありませんでした。仕方なくドアを開けます。そこに見えたのは正面にレッドカーペットが敷かれた巨大な階段と、その周りにある贅を尽くした内装の数々。若者はそのあまりの美しさに一瞬それに見とれました、が我を取り戻し、
「誰かいらっしゃいませんかー?」
と訊いてみます。今度も返事はありません。
若者は、屋敷が広いため館の主に聞こえないのか、と考え、屋敷の中に入りました。
外から見た限りでは、誰かは絶対にいるはずです。そう思った若者は、まず左側の廊下をまっすぐ進みました。しかし、どの部屋も明かりは点いているのですが、誰もいませんでした。右もやはり、誰もいないのです。すると残るは二階です。若者は中央の階段を昇りました。
二階には、さっきと同じような左右の廊下と、階段の目の前に少し装飾が他と違う扉がついた部屋がありました。若者はそこに主人がいると考え、開けてみようとしました。しかし、そこには鍵がかかっており、開けることはできませんでした。そこで仕方なく、今度は右側から廊下を歩いてみました。やはり、どの部屋も同じ。あるのは明かりと内装だけ。
若者は最後の希望とばかり、左側の廊下を歩き出しました、と、刹那。開けたまま出来たはずの玄関が強風に煽られたのか、轟音を立てて閉まる音がしたのです。いかに臆病を忘れていたとはいえ、若者はまた少し恐ろしくなりました。しかし、強風が吹く音は窓からもしていたので、若者はそれで納得して、左廊下を進みました。
廊下の中程まで来たところでしょうか、部屋の中にテーブルがあり、その上にぽつんとバラの花がありました。
それはとても美しいバラでした。花弁に散る赤い絵の具は、細い茎に刺さる棘に映え、バラはそれ自身で自分の世界を作っているようでした。 しかし、若者は何か、そのバラに物足りなさを感じました。それは舞台セットが整っているのに主人公がいないような、空虚。しかしどこかで覚えがあるような・・・
若者は頭を振り、その考えを飛ばしました。今はバラなんてどうでもいいのですから。自分のやるべきことは主を探すこと。その点においてこの部屋もやはり他と変わらない。人は誰もいないのですから。
最後に、廊下の端まで来て、誰もいないことを確認すると、若者は後ろを振り返りました。すると、さっきは確実にしまっていた階段の目の前の部屋のドアが開いていて、光が溢れているのです。誰かいるに違いない、そして若者はそこに向かいました。
しかし、そこには誰もいませんでした。
その部屋は一風変わった部屋でした。他の部屋がどこか殺風景なのに対し、この部屋にはかわいらしい調度品が揃っていました。まるでさっきまで少女がいたような雰囲気を出している部屋につい一歩入った、そのときです。
「どうしたの?」
後ろから可愛らしい声が聞こえてきました。はっと後ろを振り返ると、赤いドレスに身を包んだ少女が立っていました。
「どうしたの?わたしになにかあるの?」
若者は一夜の宿を恵んでほしいと言いました。すると少女は、
「あそんでいくの?わーい!」
と叫びました。しかし、若者はとても疲れていたので、もう今日は遊べない、明日にしてくれ、と伝えました。すると少女は意外そうに、
「え?あそべないの?・・・もうあそんでるのに?まあいいや、したのかいのあいてるへやつかっていいよ!ごはんはじゅんびしてあるからたべてね!じゃあおやすみ!」
と言うと、部屋の中に入って、ドアを閉めてしまいました。
若者はドア越しに感謝の言葉を言うと、下の階に降りました。下の階では先ほどベッドがある部屋を見つけたので、そこに行ってみることにしたのです。そこには、少女の言った通り、さっき見た時はなかった食事が用意されていました。
不思議に思いながらも、若者はそれを食べてみることにしました。それは素朴な味付けで、しかし今まで味わったことのない味でした。
添えられていた紅茶を飲みおわると、若者は日中の疲れがどっと吹き出したのか、急に睡魔に襲われました。そうして、食器をまとめ、寝る支度をすると、若者はすぐに眠ってしまったのです。
そして、
・・・ああ、朝、だろうか、今はいったい何時なのだろう。そして私は何故こんなところにいるのだろう。どこか見覚えがある・・このテーブルは・・どこで見たのだったか。また眠くなってきた。もういちど、ねむることにするか・・・。
朝。少女は目をさまし、身支度をすませると、日課である二階の左廊下の真ん中の部屋に行きました。そこには綺麗で完璧なバラの花が、テーブルの上の花瓶の中に一輪挿さっていました。
少女はそれを見つめ、薄く笑い。
いまが満開のそのバラは、ことりと回転しました。』
はい、これでおしまいです。いかがだったでしょうか。不思議な話でしょう?ええ。わたしもこれを初めて知った時は驚きました。おや、眠い?少し話しすぎましたか。はい、寝室ならそこにございますのでご自由にお休みください。洗面台はあちらです。
・・・どうしてあなたがこんな所にいるのかですって?・・・
・・・(この先は読むことができない)
・・・ふむ。今までこれを読んできたのだが、これを書いたのはいったい誰なのだろう。このノート自体も擦り切れてぼろぼろにはなっているが・・・見た感じかなり急いで書いたようだ、まるでその場で聞きながら書いたみたいに・・・ん?なんだこれは、招・・・?
END.
初めてまとも?に小説書きました、仮定です。少し重めにしたつもりですが、うまくできてるのかな・・・まあ、そう、ありふれた展開を使うのは便利ですね!あとガラスの小瓶とか綺麗で好きです。だからこの話に出てくる店にも行ってみたいです。では、また書くことがあれば(あるのか?)その時お会いしましょう。お読みくださりありがとうございました。
臆病はどこに消えたかって?じゃあ君、天球儀がどこに消えたのか知っているのかい?