6.才能という絶対不変の器
「どこに連れて行かれるのかと思えば、ここか! 人も屋台も見当たらないと分からんな」
「裏路地ですからね。開催日でなければこんなもんです」
殿下がほえっとしたとぼけ顔で見上げている先にあるのは、大規模な屋内決闘場。街の名物の一つに数えられるこの半球型の建物からは、一目見ただけで歴史が感じられる。
――己の命を懸けた真の意味での決闘が行われていた時代。それから今に至るまで積み重なってきた、強者どもの血と熱狂の歴史が。
「では、なにゆえわらわをここに連れてきたのじゃ。 拳を交えられる日ではないのよな?」
「ええ。ですが、開催日でないときには一部が一般開放されていましてね。修練や模擬戦が可能なんですよ」
「なるほど、そういう。わらわの乙女力を存分に見せつけてやるぞよ!」
「それならこちらは受けて立ちます。受付へ向かいましょうか」
ふむー! とやたら暑苦しく鼻息を吹かす殿下を横目で見ながら歩を進める。恐縮だが、その実力を見定めさせていただこう。
※
人当たりのよさそうな受付のおばさんに申し出て、競技室の一つを借りた。
割と値が張るのが痛いが、そこは割り切るほかないだろう。周りを気にせずこういった訓練が可能な場所は少ない。
別料金で練習用の木製武器や鎧なども借りられるが、殿下が「わらわには必要ない」とおっしゃるので従うことにした。『鏡の才』のおかげで、それでも何とかなる。
「わらわには関係ない事じゃが、貸し出しの模造品の種類、少し少なくはないか……?」
「変わった武器を使おうとする人はそうはいませんから。基本的なものだけで充分なんでしょう」
「ほう、わらわの愛用品を『変わった』と申すか」
「失礼を承知で一つ。殿下がどのような得物を扱われるのか、まだ存じておりませんが」
憮然とした表情を浮かべ、殿下がにじり寄って来る。だが怒りをぶつけられたところで、俺に非がないのは明らかだろう。
「……そ、そうじゃったか。すまない」
途端、両手をわたわたと振りながら頭を下げてきた。いやいや、そこまでする必要はどこにも。
「追放に近い扱いとはいえ、貴女はこの国の王女殿下であらせられます。これしきのことで平民に頭を下げるものではありませんよ」
「……それは確かに」
すっと目線を上げて、安心の色が強そうなゆるい顔つきを見せる殿下。自信家で押せ押せの面が強いように思っていたのだが、そうでもないのかもしれない。いずれ生活の中で分かってくる部分ではあろうが。――とにかく、
「殿下にはきっと、今のように笑顔でいるほうがお似合いです」
お世辞ではない。
初めて言葉を交わしてから何時間かしか経っていないが、この見立ては確実に合っている。そんな直感が働いた。
「ほ、褒めたところで……手しか出ぬぞ!」
そんなことを言われるとは思ってもいなかったのか、殿下は目を見開いて小刻みに震えている。矢継ぎ早に表情の変わるお方だ。
「すぐに手が出るのはあまり感心できません。まあ今から出していただくことになるわけですが」
「このわらわだというのに、忘れておった。手合わせ願いたい」
「もちろんでございます。それではあの軽薄斧野郎を取りに洞窟へ向かいたいので、しばしお待ちいただけますか」
「急ぎで頼むぞ!」
わくわくという言葉を全身で体現するかのように跳ねる殿下を背にして、異界への鏡門を行使する。場所を問わず発動できることが大変ありがたい。
※
着替える機会がなく、軽鎧をつけたままここまで来たのが結果的に功を奏した。着脱が面倒で仕方ないんだ。
「カワイイお嬢さんを斬るなんて気が進みませんけど、アントンさんがやりたいなら従うしかないっすね。粗暴なんですから、まったくぅ」
「黙っとけ。それに実体を傷つけたりしねえに決まってんだろう」
乱雑にバルティジャンをひっつかんで、鏡の中へ身を躍らせる。
「ただいま戻りまし――ん!?」
殿下の体が烈火のごとき朱の光に包まれ、その前には構築中とおぼしき魔法陣が視認できる。
それだけなら驚くようなことではないんだが、問題はその規模。同時並行で形成されつつある二つの魔法陣は、どちらともが殿下の背丈に迫る直径である。文様も複雑極まりない……よく見るといびつだったり途切れていたりする箇所が目立つが。
丁寧に畳もうとした痕跡は見受けられる服が床に置いてあることと話の流れからして、この魔術はおそらく錬装だろう。魔素を媒介に、剣や鎧などの武装を創り出す魔術だ。
ここまでの規模を持った魔法陣を構築できる者は、刃狼騎士団にも両手で数えられるほどしか存在しない。
「うにゃにゃにゃむぐぐ……!」
まばゆき光の奔流に呑み込まれ、妙ちきりんな唸り声を上げながら魔法陣を組み上げていく殿下の姿は滑稽に映る。だが、どれだけの血中魔素量があればこんな芸当ができるというのか。まだまだ精度には欠けるように見えるが、王家の血を引くその素質は痛いほどに感じられた。
良き師に恵まれ、真面目に研鑽を続ければ、まず間違いなく王国の歴史に名を刻めるだろう。
この先いくらでも才能を伸ばせる可能性に満ちているということが、泣きたくなるほど羨ましい。ある程度の実力で頭打ちな俺とは、生まれも価値も何もかもが違うんだ。目の前にいるこの小さき王女殿下こそが、俺たち樹聖者がいくら手を伸ばしても届かない『真の英雄』になるべきお方。こんな名ばかりの英雄が導いていい存在ではない。
だが、幸運にも行動を共にする機会に恵まれたのだから、伝えられる限りの技と社会常識を伝えよう。殿下一人で歩めるようになるまで。
――違う。これは言い訳だ。俺は、俺たちが成し遂げられない頂きを、その小さな双肩に背負わせようと企んでいる。
もしもこの場における最善の選択を示せる存在がいるのなら、徹底的に咎めてほしい。その行いは人として間違っている、と。
もう一、二年もすれば、この国は何百年かぶりの大戦火に包まれるはずだ。それに備えて戦力を確保するために、今の俺はこんな邪道を選ぼうとしている。紛れもなく外道だ。
「アントンさん、ほんっとしんみりした顔似合わないっすね」
「ああ、どうせ俺は厳つい老け面だよ。悪かったな」
人が物思いにふけっているというのに、お前ときたら……と普段なら言ってやるところなんだが、今回ばかりは救われた気がする。底に落ちた思考から、少しの間だけでも逃げられそうだったから。
「ほら、もう錬装が発動しますよ! そんな腑抜けた表情、見せられないっしょ」
「そうだな。……ありがとよ」
「珍しく素直っすね。いや、いくらでもこのオレに感謝してくれていいんですけど」
「俺だってそんな気分になる事もあるんだ」
主人をなめ腐ってやがる奴のことは流して前を向く。ちょうど殿下の前に浮かんでいた二つの魔法陣が構築し終わったところのようだ。
それぞれから魔素の塊のようなものが飛び出し、殿下の胸と手に吸い込まれていく。あれだけ激しくほとばしっていた光の奔流も、みるみるうちに収まりつつある。
あの巨大で複雑な魔法陣から生み出されるんだ、さぞ強力無比な代物だろう。構成の雑さを補って余りあるはず。
そういや殿下の使う得物を聞いていないな。俺がほぼ前線にしか立てないんで、願わくば後方にいられるような武器であってほしい。抜きんでた血中魔素量をお持ちのようだから、ぜひとも魔術を主に使っていただきたい。
……だが、おそらく違うんだろうな。殿下は否定していたが、武器と聞いてすぐに思い浮かぶような類のものではないと直感が告げている。
「うおりゃー!!」
ぼやっと考え事をしている間に、風を切るような鋭い音を立てて光が消えうせる。そうして姿を現した殿下は――
「わらわの鉄拳、存分に受けてみい……それと不格好なのは気にするな」
乳白色を基調とした袴と短めの帷子の上に、鮮紅色の胸当てとひじ・ひざ当てを着けている。胸当てには胡蝶の形に打たれた鋲。そして両手には、鋭利なとげが五、六本ほど生えた純黒の拳鍔。ところどころが欠けており、その部分に安っぽい革が接がれていることから、錬装の技量が甘いことが改めて見て取れる。
――簡潔にまとめるならば、己の肉体で戦う者の出で立ちをしていた。




