5.敵は朧気、それでも我らは行く
研究所を出て、玄関のそばで二人立ち止まる。今後の行き先を決めてからでなければ、どこにも行けやしないから。
「これからどうします、殿下」
「うむ……」
唸りながらしきりに首をひねる殿下を見れば、後先考えず飛び出してきたのが丸わかりだ。
「先に言っておきますが、騎士団での殿下のお言葉通り『ちょっと』危険な場所までにしてくださいね」
「わかっとる」
釘を刺しておく。
この国にも、治安や情勢に大きな不安を抱える街が複数存在する。仮にそんな地域を指定された場合、殿下を守り切れる自信はそれほどない。恥ずかしい限りだが。
どういう選択をするのか気になってその横顔を見つめていると、しばらくして殿下がパッと顔を上げ、
「東部のゴーシュマンはどうじゃろか!」
「却下です問答無用で却下」
現状、この国でもっとも情勢が不安な街の名を告げた。
「なんでじゃ。確かに怪しげな組織の拠点になっているらしいとか聞いた覚えがあるが、あくまで噂じゃろ?」
「まあそうですが、もし真実だったらどうします? それに『輝ける息吹』についてはわずかですが情報も入ってきていますし」
うちの騎士団は王都周辺を管轄としているため、事実上王国に存在するすべての騎士団を統括する立場にある。ゆえに地方からいろいろと話が入ってくるんだ。
「そうじゃったか。貴殿が何か知っておるようなので聞くが、その組織はどれほどに危険なのか?」
「ここ数年で十五人ほどの樹聖者が、戦闘中などではないにもかかわらず忽然と姿を消しています。そして、そのほぼすべてがあいつらの犯行とみられています」
「樹聖者を狙っているのか?」
「樹聖者だけではありません。高名な魔導士も数名、同様に行方が知れなくなっています」
姿をくらましたいずれの者に関しても、直前に不審な行動があったなどという情報は一切ないそうだ。現場の目撃情報もほぼ見当たらず、謎に包まれている。
下っ端を捕らえて情報を聞き出そうにも忠誠心が高いようで、即座に自死を選び、口を閉ざしてしまうらしく。
「何のためにそのようなことを……」
「普通に考えて樹聖者などの研究ということでしょうが……その点に関してはいかんせん尻尾を見せないので何とも。ただ、連中の最終目的だけはかろうじて判明しています。――殿下、貴女に聞かせるのは大いにはばかられる事なのですが、それでも聞きますか?」
真正面から殿下の目を見つめる。先ほどから真剣な表情をしておられたが、それがさらに厳しい顔つきに変わる。
「続けてくれぬか」
ごくりと唾を呑む音がした。
「――国家への反逆です」
「……なんと」
殿下のまだ幼い顔が一瞬で青ざめ、明白に引きつった。無理もない。
「『我らはこの腐った国を再構築せし者! 総帥様万歳!』と叫びながら、毒を含んで自死した構成員がいたそうです」
そっと言葉を落とすと、青白くなっていた殿下の顔が今度は怒りの赤に染まる。小さな手はキュッと握られ、小刻みに震えているのが見て取れる。
一瞬息を吸い込んでから、彼女は毅然とした声で言い放った。
「父上も母上も、おじさまもおばさまも、王家の者は誰一人腐ってなどおらん! ……アントン殿、ゴーシュマンへ行くぞ」
「奴らがゴーシュマンに潜伏しているという根拠も、このところ不審な人物や品物の出入りが増えているから、程度でしかありません。そして、奴らはどうもいくつかの拠点を転々としているようです。それでもよろしいですね」
「無論だ」
あえて疑問形にはしない。これは義務的な意思確認だ。こんな煮えたぎった目で凄まれて、拒める者が果たしているだろうか。
殿下はどこまでも本気で『輝ける息吹』を叩き潰しに行こうとしている。ならば粛々とついていくのみ。……だがその前に、一つ確認したくなったことがある。
「では参りましょう……と言いたいのはやまやまなのですが。その前に殿下、あなたの腕前を拝見したいと思います。どうもある程度の心得がおありのようですが、それでも」
叩きのめしてやるという意気と、実際に人を殺めるということは全くの別物だ。今まで外出する機会すらほぼなかったと思われるこの殿下が、どこまで修羅になれるのか。それと、単純にどれほどの技量を持っているのか。
これから共に闘う者として、それを知りたいと思った。




