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4.旅の餞別が妙に凄い

「ふぅ、アントン殿よ……その、荷物が軽くなったからと言って、てくてく先へ行ってしまうのはやめんか?」

「そのつもりはなかったのですが、置いていってしまったのなら申し訳ありません。ただ、前に立って殿下をお守りすることが私の使命ですので、お目こぼしいただければ助かります」

「わらわは守られたくはないのじゃ! どちらかと言えば一緒になって特攻してほしい」

「特攻したら帰ってこれないじゃないですか……」

 

 あと、対面した際にわらわの盾になってくれと言ったのは誰だと思っているのか。

 

 相変わらず調子のいい殿下とともに向かうのは、王立先端魔導研究所。その名の通り魔術やそれを扱うための媒介である魔素の研究を行う一方で、魔術を組み込んだ武器や道具の開発も担っている。

 

「父上らが治める都だというのに、ちっともこの街のことを知らなんだ。なんというか、華がないしごちゃっとしとるのう」

「華がないかどうかは発言を差し控えますが、無駄に道が入り組んでいるのは確かですね」

 

 おまけに風景が変わり映えしないので、外の世界に出て五年は経つ俺でもたまに迷うことがある。

 

「じゃからアントン殿、さっきのようにわらわを置いていくでないぞ」

「今しがた納得しておられませんでしたか」

「それとこれとは話が違うにきまっておろう!」

「……了解いたしました。では殿下に合わせます」

 

 逆らわず殿下の横に立って歩くことにした。

 それで分かったのは、彼女自身の歩く速さは取り立てて遅くないということ。ただ、いかんせん身長のせいで歩幅が小さいようだ。少しゆっくりめに歩くか。

 

「……何か失礼なことを考えておらぬか?」

「いえ、何も。少し歩く速度を落とそうとしか」

「ありゃ、珍しくわらわの勘が外れたか」

 

 ふっと肩をすくめる殿下。殿下の言う『失礼なこと』が身長について考えたのを指しているとすれば、確かに彼女の勘は鋭い。下手なことを思うとどやされそうだ。

 

「それにしてもちと遠いな」

「あの宿屋は街はずれと呼んでもいいような場所にありますからね。それに対して研究所は王城のほど近く」

「まあ歩けない距離ではないようだからいいんじゃが、飛鷹舟(ひようぶね)でも使えばよかったか」

 

 濃紺の巨鳥型の凶暴な魔物、キャピタグイラ。飛鷹舟とは、そいつら数頭に引っ張らせて飛ぶ、小さなゴンドラのことだ。

 

「あれは割と高くつきます。それに、いくらあいつらが獣肉で簡単に手なづけられるとはいえ、動力源が魔物というのは万一の時が心配で」

「鳥さんの力で飛ぶ舟とはなんと幻想的なのかと、わらわの乙女心に火がつくのじゃが、確かにやや危なくはあるな。急ぐわけでもなし、まったり行くぞよ」

「お言葉ですが殿下、もう間もなく研究所に着きます」

「おぉ、そうなのか……っとと、もっと町並みや民の姿を見ていたかったぞ」

 

 がっくりするあまり軽くつまずきかける殿下を横目で見ながら、久しぶりに入るあの建物のことを思いつつ歩を進める。

 

「そういえば殿下、モスカレツさんとは面識はおありですか?」

「うむ。彼らが開発した最新の魔道具を献上しにやってくることがたびたびあったんでな。わらわが小さいころは、よく遊んでもらったものじゃ」

「ということは、俺よりだいぶ付き合い長いわけですね」

 

 俺とはせいぜい五、六年といったところだ。

 

「そういうアントン殿は、モスカレツ殿とどういう知り合いなのじゃ? わざわざ餞別(せんべつ)を贈ろうとするとは、結構な仲のように見えるが」

「あの方が俺と同じく樹聖者(サンカルボア)なのと、以前魔導じかけの仕込み刀を作ろうとした際に協力してくださって、それからです」

 

 あの時は、モスカレツさんのおかげで結構な業物に仕上げることができた。今も折に触れて使っている。

 

「……彼が樹聖者だというのは初耳なのじゃが」

「もうずいぶんと前から、戦いを捨てて研究に没頭しておられるらしいですからね。俺もそれ以上のことは詳しく知りませんが」

「……ふむ」

 

 と言いつつも、殿下はもうこの話題から興味をなくしたご様子。気のない顔でとことこ歩いている。

 このままではほわーっと先へ行ってしまいそうに見えたので、意識を引き戻してやらなければ。

 

「殿下、着きましたよ」

「……おっ、そうか」

 

 すっかり草むした三階建ての建物が、目の前に現れた。

 

 ※

 

 

「こちらがチムール・モスカレツ先生のお部屋です。あとはごゆっくり」

「案内ありがとうございました。――モスカレツさん、いらっしゃいますか。あなたに呼ばれていたフォーゲンです」

 

 いかにも研究員といったたたずまいの、生真面目そうな初老の女性に案内されて、目的の研究室までやってきた。

 そろそろガタが来ていそうな古ぼけた扉を、とんとんと数度ノックする。

 

「どうぞ入りたまえ」

「失礼します」

 

 こじんまりとしているがきちんと整頓された、落ち着いた風情のある研究室。その中には、黒革張りの椅子に座っている小柄な男性の姿が。

 しばらくぶりに会ったモスカレツさんは、変わらず品のいい笑みを浮かべて俺たちを出迎えてくれた。

 丁寧に整えられた白灰色の長髪は、知的な紳士の雰囲気を(かも)し出している。

 

「お久しぶりです」

「久しぶりじゃの、チムール殿」

「そうだ、殿下もいらっしゃるんでしたね。お変わりないですか」

「わらわ自身は変わっとらんが、環境はガラッと変わったの」

 

 一国の王女殿下が冒険に出るんだ。むしろ変わりすぎだろう。

 

「殿下自身が変えたんでしょう。家を出るというお噂は聞いていましたよ」

「そういえばなぜ、俺よりもモスカレツさんのほうが先に殿下の冒険の話を聞いていたのか、もし知っていたらお話しいただけますか」

 

 一番に知らされるべきだったのは、殿下の護衛に任命されたこの俺だと思うのだが。常識的に考えて。

 

「ぼくも気になって団長に聞いたんだけど、『あいつが驚く顔を見たかったから、ギリギリまで教えないことにした』ということらしいよ。君がいっつも仏頂面なのが悪いんだ」

 

 モスカレツさんが、組んでいた腕を広げておどけながら言う。端的に言って理不尽だ。

 

「いっつも仏頂面かはともかく、目つきが悪い自覚は少しありますが」

「あっ、自覚してたんだ。……まあそれは置いといて。今日君をここに呼んだのは、餞別を渡すためだ。団長さんが事前に言ってくれたから準備できたよ、彼に感謝するんだね」

「……すみませんがそれは遠慮しておきます。これでもまだ心の準備が追い付いていないので」

 

 何しろこっちは数刻前に言い渡されたばかりなんだ。

 

「ねぇモスカレツ殿、魔道具などの研究をしておられるそなたなら、さぞかしすごい餞別を用意しとるんじゃろうな!」

「もらうのは俺ですよ、殿下」

「すまないが殿下の分は用意できないんだ、許してくれ」

「むぅ……」

 

 殿下は頬を膨らませてお怒りのようだ。ひとまずなだめに入る。

 

「まあまあ、殿下にも使わせてあげられるものかもしれませんから」

「……この状況で言いたくはないんだが、今から渡すものはアントン君専用でね」

「むむぅ……!」

 

 殿下の頬がはちきれそうになっている。構っているとらちが明かない気がするので、怖いがこの場は無視しよう。

 

「……わざわざ俺のためにありがとうございます」

「むしろ君に使ってもらいたいものだから構わんよ。すまないがちょっとだけ待ちたまえ。取ってくる」

 

 そう言いながら立ち上がり、部屋の隅にある戸棚を漁り始めるモスカレツさん。

 

「どこにしまったっけな。君たちが来る前に取り出しておくんだった。――あっ、これだ」

 

 彼は急ぎ足で、何やら小さな札のようなものを持ってきた。そっと受け取る。

 

「遠距離にも対応できる、二つ一組で使う連絡用の魔道具……の試作品だ。手をかざすだけで使えるよ」

「ほわぁ……」

 

 文様や魔法陣がびっしりと刻まれた石板の真ん中に、純白の水晶玉がはめ込まれている。殿下がため息をつくのも無理はない、神秘的な品だ。

 

「これはまた便利そうな……」

「便利なんてものじゃない。実用化できた暁には、戦闘のあり方が大きく変わるだろうね」

「こんなものをいただいて、本当によろしいのですか?」

「もちろん。前々から開発してたものなんだけど、試用にもなるしちょうどいいと思って。何かあったら、いつでもこれで連絡してくれ」

 

 にこやかに(うなず)かれる。

 

「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」

「そうしてくれると僕も嬉しいよ。……あ、そうそう。これを使うには、事前に相手の魔素か聖粒を、自分の石板へ取り込まなければならないんだ」


 

 モスカレツさんはそう口にしつつ、黒衣のポケットから彼自身の石板を取り出した。俺がもらったものとは少し違い、水晶玉がすべてを見通せそうなほど透明だった。その上、魔法陣の形状もそちらのほうが複雑になっているように見える。

 

「じゃあ、いいかな」

「いつでもどうぞ」

 

 お互いに何も持っていないほうの手を差し出して、体内の聖粒を操作し、相手の石板へと飛ばす。

 

 まばゆく照り輝く粒同士が交差して、研究室を美しい光の流れが埋め尽くした。

 そのまま互いの粒は相手の魔道具に入り込み、輝きが静かに消えていく。

 

「これでよし、と。一つの石板で一人としか話せない上にあくまで試作品だが、君の力になると思う。それと、ちょっとした運命操作の護符にもなってるから、布袋にでも入れて腰から提げておくといい」

「重ねて感謝します」

「気にしなくていいよ、僕が個人的に贈りたかっただけだから。では冒険頑張りたまえ、英雄さん。殿下もお達者で」

「……行ってまいります」

「また会おうぞ!」

 

 腰から曲げてしっかりと礼をする。……と同時に、自分の髪から汗が垂れるのが見えた。うすうす感じていたが、この部屋は少しばかり暑い。

 

「おや、少し風量を多くしちゃったかな。いやね、僕は寒いのが苦手で、熱風を起こす魔道具で暖を取ってるんだけど。暑かったならごめんよ」

「いえ、これくらいなら軽く耐えられますので。では、今日は心からありがとうございました」

「あのようなきれいな光景を見れたことに感謝する!」

 

 さっきまでのふくれっ面が嘘のように上機嫌な殿下とともに、研究室を出る。

 準備は整った。冒険の始まりだ。

 困難も山のようにあるだろうが、こうなったからには何とかするしかない。

 

 ……まずは当座の目的地を決めるところからか。

 

 

 

 

 

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