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2.末っ子王女は自由奔放だと相場が決まっている

「当分の間、本国のクラリサ・エメ・ケダフ第三王女殿下のご冒険に付き従ってもらう。それも……お前一人でな」

「……は?」

 

 思わず間抜けな声が出るくらいには理解が追いつかない。

 それに問いただしたい点が多すぎる。少なくとも三か所。

 

「そんな反応になるのもやむを得まい。……とにもかくにも、詳しい事は応接室でだ。行くぞ」

 

 薄く苦笑いを浮かべてきびきび歩き出す団長の後を、仕方なくついていく。背景はまだ分からんが、どう考えてもろくな話じゃなさそうだ。何しろ相手があの『駄犬姫』とまであだ名される、ドジと奔放ぶりで有名な末っ子王女殿下なのだから。俺の日常はどこへ。

 

 

 ※

 

 

「失礼いたします」

 

 自然な光沢を放つ革張りの扉を開け、団長を先に通してから自分も入る。

 相手が相手なので、俺は眼前におわすはずの殿下を見ることなく、膝をついて頭を下げる態勢に入ろうとして――

 

「よいよい。膝をつく必要などないぞよ」

 

 俺より頭一つ分以上は低い背丈に、まだまだあどけないが好奇心の強さと人懐っこさが伺える整った顔立ち。ぱっちりと存在感のある空色の双眸。身にまとうは、町娘が着るようなだぼっとした茶色と深緑のガウン。

 失礼だが王族とは思えないほどに無邪気で威厳の感じられない笑みを浮かべるクラリサ殿下は、彼女が座っている反対側の長椅子を指し示した。

 ご厚意に甘えて二人腰掛け、団長が先に口を開く。

 

「ではクラリサ殿下、ご紹介いたします。私の直属の部下のアントン・フォーゲンでございます」

「御紹介に預かりました、刃狼騎士団・マイヤー小隊副隊長補佐、アントン・フォーゲンと申します。お目にかかることができ光栄です」

 

 はきはきと名乗ってから、両手を膝に乗せ丁寧に最敬礼。騎士団生活の中でこれくらいの挨拶と礼儀は身についている、と信じたい。

 

「アントン殿、か。知っておるとは思うが、わらわはこの国の第三王女、クラリサ・エメ・ケダフじゃ。突然の話で驚いておろうが、まあよろしく頼まれてくれぬか」

「お、おう……いえ、失敬。私としてはぜひともお引き受けしたいのですが、失礼ながらその前に一つ。どのような事情で、侍従の一人も付けず殿下自らご来訪あそばされたのか、よければお聞かせ願えますか?」

 

 団長によると『ご冒険』らしいが、それだけでは何も状況がわかりゃしないので問うておく。

 

「そうじゃそうじゃ! ひどい話でな! 外の世界とか冒険にとても興味があって、英雄に憧れているからこの家を出たい、と父上や母上などに何度も申し上げてきたにも関わらずなっかなか折れてくれんでの。冒険者になるからには自分で自分の身を護る覚悟くらいとうにできておるというのに」

 

 駄々っ子のようにぶんぶんと両手を振り回しながらこちらに不満をぶちまけてくる王女殿下。覚悟うんぬんの話ではないだろうと口を挟みたくなったが、ぐっとこらえて続きを促すことにする。

 

「殿下は強い意志をお持ちのようで、外の脅威と戦うものの端くれとして感服いたします。そして、殿下が今ここにおわすのは、その意志をひたむきに示し続けたからということでよろしいのでしょうか」

「然り。……まあ追い出されたというのが近いがな。しかも廃嫡というありがたくないおまけ付き。父上と母上の、ば……ばかー! 頑固者ー!」

「それはそれは結構な処分でございますね……」

「アントン殿もそう思ってくれるか! ただ、こうなったからにはある意味踏ん切りもついたしやるしかないのだ。わらわ、がんばる」

「共に励みましょう」

 

 上手く微笑が作れているだろうか。感情をころころと変えながらその全てを顔に表す様子からは、まだまだ子供だという印象が拭えず不安になる。この間十五歳で成人を迎えられたばかりとのことなので仕方ないのだろうが。

 

「改めて、よろしく頼む。得物の使い方や身のこなしなどはある程度教わっていたりするので、そこまで貴殿の足を引っ張ることはせんよ。謎の自信もあるし」

「根拠を持ってくれ!」

「わらわが一国の王女であること?」

「……もうそれでよろしいのではないでしょうか」

 

 手綱を握る必要性しか感じなくなってきた。そもそも握れるのか。

 隣で俺たちの会話を見守るように聞いている団長も、左手を額に当てて苦笑いを浮かべている。

 それでも頭を切り替えねば。さっきはよろしく頼まれているのに非礼なツッコミで返してしまったので、正しく応え直そう。

 

「クラリサ殿下、こちらこそよろしくお願いいたします。旅路を共に歩みましょうぞ」

「ああ。わらわの盾となり、そして先導者ともなってくれ、英雄殿」

「……その呼び方だけはおやめくださいませんか」

「貴殿の噂はよく聞いておるぞ? 単身で強大な的にも立ち向かっていき、そして傷一つ負わずに打ち勝ってくる『若き英雄』じゃと。そんな者と二人で冒険の道へ踏み出せることに感謝して…ほれ」

 

 殿下はなぜか上ずったような棒読み気味の声で俺を褒めたたえたかと思うと、次いで色素の薄いちんまりとした手を差し出してきた。そっと、静かに置くように。

 環境のせいで異性の手を握るなどという経験はほぼしてこなかった上に、相手は半ば追放されたようなものとはいえ立派な王族だ。過剰なほどの期待をされてしまっていることも|

あわせて、抑えようもなく指先が震える。

 

「ん? もしかして緊張しておるのか? 顔の割に初心(うぶ)じゃの」

「……そうおっしゃる殿下もご尊顔がほんのりと紅に染まっているように見受けられますが」

「お、王家の娘がそう気軽に外界へ出られると思うか!?」

 

 箱入りという点に関しては俺も殿下も似たようなものだと思いながら、意を決してこちらも手を伸ばす。

 

「失礼いたします」

 

 指同士が触れ合った瞬間、殿下のそれが軽く跳ねるように動いたが、こちらの手で覆うように包み込んでいく。

 肉付きはさほどではないが、不思議と柔っこく体温の高めな王女殿下の手。しっかりと握りこんで、煌々と優しげな光を湛えた目を見つめる。手で繋がりながらそうしていると、妙に落ち着いた心地がした。

 そして、殿下も同じように感じていたようで。

 

「握手するというのも、悪くないものじゃな。ちょっぴり心が安らぐ」

 

 そう言いながらはにかんでみせた。繋ぎ合わせた手からその笑顔と純な感情が流れ込んでくるようで、気分がほわっと宙に浮く。

 

「うおっほん!」

「……あっ」

 

 突然の咳払いに驚いてとっさに手を振りほどく。そう言えばこの場にはもう一人おられるんだった。

 

「ほほえましい光景は他人のいないところでやるんだな」

「恥ずかしい真似をしました、申し訳ありません」

「怒ってはいない。ただこっちまで面映(おもはゆ)くなって耐えられないというだけだ」

 

 団長は相変わらず冷たげな無表情を貫いているが、その口調はやや気おされているようにも思えた。一気に気まずい空間が出来上がっていくのを肌で感じる。自分たちのせいとはいえ逃げたい。

 

「ひ……ひとまず部屋を出ましょうか、殿下」

「ちょっと待て。連絡事項がある」

 

 逃げられなかった。

 

「アントン、旅の荷物については宿屋の娘さんに頼んでだいたいの荷造りをしてもらっているから寄れ。それと、魔導研究所にも行っておくように。主幹研究員のモスカレツさんがお前に餞別を直接渡したいとの事だ」

「かしこまりました。ではしばらくの間行ってまいります。いつかまた、息災でお会いしましょう」

「手配等世話になった。達者でな、シュライヒ団長」

「ああ、行ってこい」

 

 どこかほっとしたような表情の団長に見送られ、応接室を出る。

 そのまま本部の入り口まで向かうが、見送る者は誰もいない。皆自分の業務で忙しいのだ。

 自分がいなくなっても普段通りに仕事が回るのは、当然のことだがやや寂しくもある。

 

「どうかしたのか、アントン殿?」

「いえ、特に何も。それより一つよろしいでしょうか」

「なんじゃ?」

 

 ごまかしついでに、どうしても聞いておかねばならないだろう質問を投げかけておく。

 

「この冒険のご目的と、向かいたい場所がおありなのかどうか。お聞かせ願えますか?」

「外の世界に触れて、憧れの刺激的な冒険者生活をすること!そして、貴殿のように立派な英雄になる事! そんで、そのほうがいろいろと楽しそうじゃから、あえてちょっと危険な感じのところに行きたいと思っておる!」

「さようでございますか……」

 

 あまりにざっくりかつ己を省みない答えを聞いたせいで、よろよろしていた殿下の代わりに背負った大荷物が、さらに重みを増したような気さえした。

 

 

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