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1.英雄なんぞ名ばかりだ

  高原地帯に位置する国、ケダフ王国の王都ニュバゴ。一国の中心の割にはどことなく雑多な雰囲気が漂うこの街で、俺は今日も見回りをしている。

 暴動や住民同士のいさかいを収めたり盗人どもを追いかけ回したりと、体力も精神力もすこぶる消費する仕事だが、これも騎士団員としての仕事だ。たとえ気が向かなかろうがやるしかない。

 今日の晩飯をどこで食べるかなどと考えながら、それでも何か街の様子に不自然な点はないか目を光らせて、できる限りきびきびと歩を進める。


 積雪や強風に見舞われがちなこの国では、建築物の大半は武骨で質実剛健な石造り。ゆえに町並みも言ってしまえば地味そのものだ。一国の中心だというのに華やかさの欠片もありゃしない。


「もっと小綺麗でもよかったろうに」

「綺麗な顔じゃなくて悪かったね!」

「ぐおっ!?」


 思わず漏れた独り言に大声で返事が来たので、変なうめき声が口から飛び出た上にたたらを踏んでしまった。このしわがれているのにやたら通る声は、行きつけの軽食屋台のお婆さんか。


「はっはっはっ、こりゃまた顔のわりにうぶな反応だねぇ!」

「ほんの少しで構わないんでツッコミを入れさせちゃあくれませんかね」


 とはいえ反論の余地がみじんもないのは事実なんだが。主に顔とかな。

 俺だってこんな老け顔と悪人面の二重奏みてぇな顔つきに生まれたくなんてなかったよ。

 そんな風にしてあまり考えたくはない事項を脳内でこねくり回しかけていた俺を、面白がっているような満面の笑みで追撃しにかかる屋台のお婆さん。どっからどう見ても獲物を狩る眼をしている。


「まあそんな顔せずに。アントン君や、今日もご苦労さん……てなわけで仕事のおともにギャラストンの串焼き持っていかんか! そういえばこないだ、ずいぶんと手ごわい怪物をあんた一人で倒したって聞いたし、ご褒美で一割引きにしといたげるよ!」

「あれはたまたま俺と相性よかっただけですし……」


 それに一割引きといったってそもそもの単価が知れている。――加えて、見回り中にこうして店に立ち寄ったり住民と雑談したりしていては、いつどこで怠慢とのそしりが飛んでくるかわかったもんじゃない。この街の人々の目は案外と厳しいんだ。

 ひどく歪曲した二本角が特徴的な巨躯の魔獣、ギャラストン。その肉は旨味が強い上にこういった獣肉にありがちな癖が一切なく、さらに火を通しても肉汁が逃げにくいという代物なんだが、残念なことに今は見回りを優先せねばなるまい。


「とにかく、今は先を急がにゃならない身ですんで。見回りが終われば買いに伺いますから」

「あいよ! 待っとるからな、()()さん!」

「んぐ……! え、英雄でもなんでもないって前から言ってますよねぇ……。では、また後で」


 ――英雄。それは、耳にしたくない言葉の上位に入る。もう慣れたと思っていたのだが、その言葉を聞いた途端、背筋と胸を刺すような寒気が襲う。

 ……これではダメだ。護るべきこの街の人々の前では、いかなる時でも平静な頼れる存在でいなけりゃならない。我らが騎士団長の教えだ。

 からかうような、だが不思議と憎めない笑みを浮かべるお婆さんに背を向けて、逃げるように任務へ戻る。が、十歩ほど行ったところで、背後からつい今しがた聞いたばかりの声が。


「まあ今日も頑張りなー、選ばれし者さん!  でも何かあったときは頼ってくれてもええんよ!」


 騒がしくも暖かみのこもった声に返事の一つもできず、ただ苦笑いするしかない。

 選ばれし者。それは聞けば体のどこかしらがむず痒くなるような浮世離れした響きでありながら、()()の立場にこれ以上ないほど当てはまる言葉だから。


 ――その上、選ばれし者であるにもかかわらず、能力の限界という根本的部分において英雄と呼ぶにはあまりにも足りないのだから。


 俺を含む 樹聖者(サンカルボア)――本国北端にそびえる巨大樹『産声の樹』に実る果実から誕生し、それぞれが『才』と呼ばれる固有の能力を持つ者――は、その能力の性質は一人ひとり違えど、個人間には目に見えるほどの性能差はない。まるで、成長しきった一本の樹木に実る果実が、異常気象に見舞われでもしない限り、どの年のものであってもさほど品質が変わらないという事実にならったかのように。

 そして、もし本当に樹聖者が実際の樹木と果実の在りように倣ったのだと仮定すれば、然りとうなずけることがもう一つある。それすなわち、樹聖者一人ひとりの潜在能力が思いのほか高くないのは、樹になる果実の一つ一つは小さいゆえなのだと。


 ああ。俺たち樹聖者は意外なほどにちっぽけな存在でしかねぇ。戦闘じゃなく後方支援に長けた能力の者もいるんで単純にはいかんが、総じて一個小隊に準ずるくらいの力を持つらしいって話だ。

 五十人力と言えば聞こえはいいが、しょせん五十人だ。戦局を単身で変えるには到底及びもしない。

 一人でダメなら集まればいいという発想に当然なるわけだが、今この国に実戦へ繰り出せる樹聖者は六十人ほど。主戦力にはなるだろうがそれまでだ。どちらかと言えば小国の部類に入るこの国が大国と渡り合うためには、明らかに力不足としか言いようがない。


 ――俺たちは、そういう大乱が勃発した際の決戦兵器的存在として育て上げられてきた側面が強いというのに。そして、その大乱が勃発するのも近いと言われている情勢なのに。


 一騎当千など夢のまた夢。それでも人は、俺を、俺たちを英雄と呼ぶ。

 だから俺は、今日も今日とてこの街と国を護る。皆の期待を背負い続ける。

 ――そう、あらねばならないのだ。そのはずだ。


 今日はちょいとばかり動揺しすぎた。英雄たるもの強くあれ。


「――よしっ」


 少し立ち止まって右手で胸を一発叩き、気合を入れ直す。我が騎士団特注の灰青色の軽鎧が震え、ゴツリと重めの音を立てた。

 それから気を引き締め直して歩き出そうとしたが、通りの向こうの時計台が目に入った。まずい、見回りの交代の時間が近いぞ。急がねば。


 

 ※


 

 時間に追われはしたが、特に何事もなく所属する刃狼騎士団の本部まで戻ってきた。

 この国には地方ごとに統治機関兼防衛組織として騎士団が置かれていて、王都のある地方に設置されているこの騎士団が最も規模が大きい。ゆえにこの本部は相当デカく、それに伴って正面入り口も立派なもんだ。騎士団名の通りに、前足が肉厚の両刃と化した狼の魔獣が精緻に彫刻してある。

 だが俺たち団員は側面の簡素な通用口から出入りするんで、普段それを目にすることはあまりない。普段武器に対して装飾性より実用性を求めるたちの俺でも美しいと思えるほどの逸品なんだがな。


「刃狼騎士団マイヤー小隊副隊長補佐、アントン・フォーゲン、ただいま見回りを終え――」

「待ちくたびれたぞ、アントン」


 通用口の木戸を雑に引き開けていつものごとく帰還を知らせようとしたんだが、どういうわけか目の前で我らが長にして俺の直属の上司、マイヤー・シュライヒ団長が待ち構えていた。眼前に立たれると、がっちりとした細身で長身の体が余計に存在感を増して見える。


「団長……!?  どうされました?」


 普段は机や書類と友達になっているか出先で交渉なりなんなりしているかのどちらかが常というお方なんで、こうしてわざわざ席を外して出迎えられたということはよほどの要件に違いない。


「どうされたか話すが、その前にお前はもっと時間に余裕を持って行動しろとだけ言わせてくれ。出来る限り五分前行動だ」

「肝に銘じます」


 フチなし眼鏡の奥から薄い紺色の怜悧な瞳が俺を睨みつけ、淡々とした声が響く。落ち着いた声色にもかかわらず否が応でも従わねばという気分にさせられるそれを聞きながら、深く丁寧に礼をして詫びる。

 頭を上げようとしたところで、これまでより幾分柔らかな声がした。


「まあ今は用件のほうが先だ。実はお前に依頼があってな。依頼主のお方がわざわざご来訪あそばされているので詳しい話はこの後だが、とりあえず今ここで単刀直入に伝えておく」

「何でありましょうか」


 最高敬語が使われている時点ですでに身震いするような案件なのが伝わってくるが、珍しくかすかにいたずらっぽい笑みを浮かべる団長の口から放たれた言葉は、想像をはるかに越えるものだった。


「当分の間、本国のクラリサ・エメ・ケダフ第三王女殿下のご冒険に付き従ってもらう。それも……お前一人でな」

「……は?」

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