六 白い手
夏になった。
山中のこの家にはクーラーが無い。
国道を挟んだ川から上がって来る風は涼しく、網戸をして窓を開け放てば暑さで眠れないということは滅多になかった。
とはいえ、日中は耐えられない程ではないにしろ、やはり暑い。
子どもたちが夏休みに入ると、毎日川遊びに出掛けた。
国道沿いに十分ほど川上に行くと橋が架かっている。その橋の手前から、河川敷に下りることができた。その川は、幅は広い割に流れは緩く浅かった。川岸近くの水深は、せいぜい大人の膝までしかなかったので、小さな子どもたちを遊ばせるにはもってこいだった。
ごろごろとした石ころで埋め尽くされた河原の橋の下は、丁度日陰でもあるし、橋脚の麓は程よく深く浸食され水の流れが緩み溜まっている。子どもたちは日がな一日、ここでひたすらメダカを追った。私はただぼんやりとその様子を見ていた。
レジャーシートの上に座って、膝に頭をもたせ目を瞑る。川のせせらぎと、時折それに交じる子供の声。私の意識も流れていく。拡散され広がっていく。透明になり溶けていく。
「母ちゃん」
呼ばれて一気に凝縮した。
差し出された透明のプラスチックカップの中で、小さなメダカが泳いでいた。
「凄いね」
私がにっこりすると、子どもは鼻高々に微笑んだ。
夜も窓を開け放ち、網戸をして眠った。
ベッドではなく、子どもたちと並んで布団で眠った。その方が涼しかったから。
白い手に肩を叩かれた。
煩い。
私は首を振って顔を背けた。
手は、まだしつこく肩を叩いて私を起こそうとする。
煩わしかった。私は自分の手でその白い手を払いのけようとした。もみ合いになった。
白い手が私の首を押さえた。苦しくて、息が出来ない。
すっとその手が退いた。
私は諦めて目を開けた。視線の先に髪の長い女がいた。白い着物を着ていた。
女は、延々としゃべり出した……。
目が覚めた時、私は女の喋っていたことを、殆ど思い出せなかった。
姉が、どうとか……。
私の姉のことなのか、女の姉のことなのか、それすら覚えていない。
何故、私の肩を叩く?
何故、私に喋るのか?
私はあなたに何もしてあげられない。
身体がどんよりと重かった。
邪魔された眠りを取り戻したかった。
私はただ、首に残る白い手の感触を、早く拭い去りたかった。