四 蠢くもの
久しぶりに金縛りにあった。
息が出来ない。
誰かが何かを喋っているのに、言葉が脳まで届かない。
苦しくて、何とか抜け出そうともがいた。
全身に、じっとりと汗をかいている。
足掻いて、足掻いていると、いきなりパチリと目が開いた。
ピピッ、ピピッ、ピピッ
と、一瞬おいて、目覚ましが鳴った。
お守りの効果は短かった。
夜は、電気を消さないと眠れない。豆電球は嫌いだ。
国道沿いの外灯のせいで、電気を消しても暗闇にはならなかった。
昔ながらの合板の竿天井に、四角い桟に障子を張った和風ペンダントの蛍光灯がこの部屋の灯りだ。紐を引いて消す。ぼんやりと残照に浮かび上る電灯を見つめた。
電灯の傘の周りに、黒いもやもやが集まっている。
ふわふわと飛び回るそれを、ぼんやりと見つめた。
手のひら大のそれは、以前の家でも見たことがあった。
闇の中蠢くそれが、私は怖かった。
でも、電灯の周りで蠢いているだけで、降りては来ない。
不安を抱えながら、私はいつしか眠りに落ちた。
次の夜も、それはそこにいた。
ただもぞもぞと、電灯の周りに集まっている。
次の日も。
また、次の日も。
ぼんやりと電灯を見ていた。
あの黒い塊の一匹が、突然、私に襲いかかってきた。
私は恐怖でぎゅっと目を瞑った。
大丈夫。大丈夫。大丈夫……。
何も起こらない。
天井を見ないようにして起き上がり、明かりを付けた。
もう、耐えられない。
ゴールデンウイークに帰るはずだった京都に、早めに戻ることにしよう……。
そう決めると、安心した。煌々とした灯りの下で、身体を丸め縮こまって、うとうとと微睡んだ。
目が覚めると、主人から電話があった。
主人の元務めていたお店の奥さんが亡くなったので、こちらには暫く来られない、ということだった。
脳溢血だったそうだ。ちょっと、そこまで、と出掛け、そのまま道で倒れて帰らぬ人となられたそうだ。
私はほっと、吐息をもらした。
以前の家で、あれを見た時もそうだった。
何日間か続き、隣の家のご主人が急に亡くなった。
朝方、奥さんが気付いた時には、ご主人は冷たくなっていたそうだ。
私は、このご主人の顔をおぼろげにしか知らない。
お店の奥さんに至っては、一度道ですれ違ったことがあるだけで、面識すらなかった。
なのに何故、あの黒いのが来た後は、誰かが亡くなるのだろう? 近くも、遠くもない誰かが……。
私は電灯を蛍光灯から白熱灯に替え、小さな丸い和紙でできた提灯のようなシェードに替えた。
部屋を照らす灯りは暗くなったのに、オレンジ色の光は、蛍光灯よりも優しかった。
あの黒いもやもやは、あれから見ていない。
でもそれは、私が決して、仰向けでは眠らないからかもしれない。