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二 声(2)

 学校が始まった。


 片道二十五分かけて、子どもたちを学校とその横にある幼稚園まで送っていく。国道沿いは危険なので中道を通った。ゆるゆるとした坂道を登り、また下って家に戻る。中道には家が何件か続き、その合間合間に畑があった。

 青い屋根の自宅が見えてきたところで、携帯から電話をかけた。


「うん」

 空気の綺麗なところだね。と言われ、私は相槌を打った。

「でも、やっぱり出たわ。それとも、連れて来ちゃったのかな。まぁ、声は家の外からだったし、いいんだけれど」

 そこのじゃない? 声のした方に何かない?

 家の手前まで戻って来ていた私は、その言葉に立ち止まった。


 今まで全然気が付かなかった。


 枝を切り落とされた桜の圃場の奥に、小さな祠があった。山の斜面の段々畑の下部にあるこの圃場は、緩やかに傾斜した地面に桜が植わっている。

 私の家との境の断層はコンクリートで固められている。その舗装された端を登っていった。ちょうど台所の窓の向かいにその祠はあった。雑草で覆われた五十cmくらいのその簡素な祠の中に、三十cm程のお地蔵さまが祀られていた。赤いよだれかけはすっかり色あせて、ごきぶりの卵がくっついていた。その足元にカラカラに乾いたちいさな杯が転がっている。これに花でも挿していたのか、砂埃の付着した牛乳瓶もあった。

 私は、雑草を抜き、箒を取って来て積もりに積もった埃を払った。よだれかけの、乾いたごきぶりの卵の殻を指で押した。黒い殻はすぐにパラパラと散らばって落ちた。

 杯と牛乳瓶を持ち帰って洗い、水を入れお地蔵さまの元へ戻した。牛乳瓶には、辺りに咲く春紫苑を手折って挿した。



 お昼すぎ子どもたちを迎えに行って、道々祠のことを話した。子どもの声を聞いたことは、子どもたちにも話してあったから。

「きっと、ここに来たのを喜んでくれているんだよ」

 私は、言った。

「でも、祠に手を合わせてはだめよ」

 なんで? と子供たちは訊いた。

「何が祀ってあるのか分からないから」


 昔、生まれる前に亡くなった子や、幼くして亡くなった子の墓はなく、畑の隅にそっと埋められたと、聞いたことがあった。そしてその上に、子どもの守り仏のお地蔵さまを安置して、亡くなった子を偲んだのだと。


「お友達が沢山できて、この家に遊びに来てくれたらいいね。あの子も、賑やかなのが好きなんだよ、きっと」


 私は子どもたちと顔を見合わせて笑った。



 

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