一 声(1)
川沿いの国道線をひたすら山中に突き進む。今まで住んでいた京都から車で二時間半の寂れた山村に、私は子どもたちを連れて引っ越しをした。
ひとつは、彼らを豊かな自然の中で育てるため。もうひとつは、都会の澱んだ空気の中で暮らすことが苦しくなったから。
子どもたちはかなり距離のある村の小学校まで徒歩で通う。生徒数四十名足らずの小さな学校だ。山村留学という形で、私たちはこの村に迎えられた。
新しい家は、国道とそこから別れる中道との、二股の片側に位置する一戸建ての平屋だった。家の横には、背の低い桜が等間隔に植えられ、小学校と幼稚園に入園する二人の子どもを祝うように迎えてくれていた。早咲きのその桜は、茶花として、街の花屋へ卸されるらしかった。
引っ越した第一日目、電気を消し、縁側に面した障子を閉めて床を敷いた。
国道に面しているといっても、山の中の一本道を通り抜けて行く車は少なく夜は静寂に包まれる。ただ、何時間に一度通り過ぎて行く車のヘッドライトが、不透明の水色をした樹脂製の波板に囲まれただけの塀を通して必要以上に室内を照らし、寝付かれなかった。
京都で働く主人は、翌朝、私たちを残し帰って行った。このような山奥から仕事に通えるはずもなく、主人は京都で単身暮らし、週末のみここに来てくれる。
一日引っ越し荷物を片付け、近所を散歩した。
その夜は、寝る部屋を変えた。押し入れのある部屋はふたつ。縁側に面した部屋の方が広かったが、車の走行音とヘッドライトを避けて障子で隔てられた奥の部屋へ移った。私は、前の住人が残していったベッドに、子どもたちは、その横に布団を敷いて眠った。ドアのない入り口から、台所の小さな窓が見える。その向こうの桜の圃場を照らす外灯が、擦りガラスを浮かび上がらせる。
カフェ・カーテンを付けないと……。
その小さな窓から入る光は思いのほか明るかった。私は暗がりに顔を向け、眠りについた。
甲高い、子どもの笑い声が聞こえた。
「大勢連れておいで!」
その声に、びくりと飛び起きた。
辺りは未だ暗い。
子どもたちは、眠っている。
私は真っ暗な部屋の天井を見つめ、激しく脈打つ動悸が収まるのを待ってから、ずっしりと重たい身体を起こし、電気をつけた。
六畳の和室が、味気ない蛍光灯の平坦な光の下に晒される。
すやすやと寝息を立てる子どもたちの布団に潜り込んだ。身体を摺り寄せるようにしてそのぬくもりを分けてもらい、ゆっくりと息をして目を瞑り、朝が来るのを待った。