第五話
「来るっすよ」
「分かっている」
二人はアイコンタクトをして意思の疎通をする。
突撃してくる地竜を挟み撃ちにする為にどちらかが囮になる作戦をアイコンタクトだけで共有した。
「んじゃ、散会っす」
アルフレッドの掛け声と同時に二人は地竜を背にして駆け出した。
「追われた方が囮という事でいいっすね」
「こういう時は大体お前が貧乏くじを引くも相場が決まっている」
お互いに軽口を叩き合い、二手に分かれた。が、地竜は二人のどちらか一方を追うのではなく、アルフレッドとシーカー、その両方を追って来たのだ。比喩ではない。
「いや、分裂とかありっすか?」
「GAAAAAAAA」
吠え猛る地竜をちらりと確認すると、先ほどの体長が半分程になっていた。
「似たような存在でもそれは絶対真似出来ないっすね」
アルフレッドはどこか楽しげにそう言うのだった。
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「まさか別身の呪いとは」
シーカーは心の中で舌打ちをする。まさか地竜が分裂するとは夢にも思ってもみなかったのだ。
「となると、マズイのは私よりアルフの方か」
アルフは恐らく剣を抜けないだろう、とシーカーは思う、アルフにとってこれはそんなに脅威的な状況だとあの剣は判断しない、とそう考えたのだ。
「ならば私がやる事は一つだ」
シーカーがそう呟き走る速度を落とすと、地竜は好機と言わんばかりにもの凄い速度で跳躍をする。
その地竜の攻撃を予想していたシーカーは横に転がるように大きく回避をして、決意を口にする。
「お前を討伐して、早々にアルフの加勢に向かう」
悠然と立ち上がるシーカーは、己の体内の魔力を周辺に散布し始めた。
渾身の攻撃が回避された事に腹を立てたのか、地竜はシーカーを威嚇をするように吠え立てる。
「GAAAAAAAAAA」
威嚇を物ともせずにシーカーは白銀の剣を抜き払い、契約を交わしている精霊の名を呼んだ。
「来い、ファルハーレ」
シーカーの職業は剣士、加えて高レベルにならなければ得られない副職業を持っている。
そして、その副職業は精霊使い、つまり彼は擬似的なEX職業、精霊剣士の力を扱えるのだ。
シーカーの呼びかけに答えるかのように周囲に風が吹き荒れると、シーカーが大気に散布した魔力は風に反応して薄い発光を始める、それは精霊が現界する準備が整った証だった。
風が発光体を運び、小さな人間の形を体現して行く、その発光体が物体に変化すると同時に、甲高い笑い声が山中に響き渡った。
『キャハハははハハハハハは、おはようおはようシーカー、今日のティータイムはまだ先じゃないかい?』
発光体から姿を表したのは人間に良く似た中性的な小人だった。
人との決定的な違いは下半身が小さな竜巻になっている事だろう。
「ひさびさの契約履行以外のよびだしだ、たっぷりとサービスしちゃうかい? キャハハはは」
ファルハーレの甲高い笑い声はシーカーにウザさと安心感の二つの感情を抱かせる。
いつもなら、五月蝿い、と一喝するところだったが、そんな事をする余裕も時間も無いとシーカーはファルハーレに早々に指示を出す。
「今は君の戯言に付き合ってやる時間がないんだ、さあ、戦闘の準備をしてくれ」
ファルハーレはシーカーの視線の先にいる地竜に目を向けて嘆息する。
『哀れな子だね、魔女に呪われた悲しい悲しい蜥蜴ちゃん、でもでもでも、ボクの契約者に手を出そうっていうなら話は別さ、哀れみながら四肢を切り落とし頭を潰して内臓を引きずり出してあげよう』
酷く物騒な物言いだったが、災厄の地竜が相手となればその対応は正しいと言わざる得なかった。
災厄指定を受けている生物全般はただその場に存在するだけで呪いを振りまく悪質な性質を持っている、呪いの類を抵抗出来る者でない限り相対することすら避けた方が懸命と言えるだろう。
だが、それはシーカーがこの地竜と相対する事を避ける理由にはならない、むしろ友の窮地にシーカーの心は熱く燃え上がる。
「私の名はシーカー・マクシミリアン、貴様を討つ男の名だ!」
気迫を乗せるようにシーカーがそう名乗りを上げると、それに呼応するように地竜はシーカーに襲いかかった。
高速で突撃をしてくる地竜の攻撃をギリギリで避けるシーカー。
そのすれ違い様に手にしていた剣で地竜の胴体を斬りつけるが金属と金属がぶつかり合うような甲高い音を立てて弾かれる。
「チッ、硬いな」
『とうぜんだよ、地竜の鱗はクロロニュウムと同じくらい硬いんだからそんな雑な攻撃じゃ傷一つ付けられないよ』
「なるほどな、ならば全力でやってみよう。ファル、風を」
『ガッテン!』
シーカーの指示を聞き、ファルハーレはシーカーに風の加護を授けた、すると周囲の風が集まりシーカーの身を包み込んだ。
「加護を受けた私は、速いぞ」
そう言って、風を纏ったシーカーが地竜に向かい一歩を踏み出すと数メートル以上あった距離を一瞬でほぼゼロになった。
「GA!?」
「次は、通すぞ」
シーカは冷たくそう言い放つと同時に、風を纏った白銀の剣を振るう。
その刃はいとも簡単に地竜の胴体を切り裂いた。
「GYAAAAAAAAA」
「浅い、か」
シーカーの一撃は地竜を真っ二つにするには至らなかった、恐らく致命傷には変わりないだろうが、この程度の傷で地竜がすぐに息絶える事はないだろう。
そんな敵の傷口を見たシーカーは、不快そうに眉をひそめる。
「これは、おぞましいな」
切り裂いた地竜の傷口からは血の代わりにドロリとした真っ黒な液体が絶え間なく流れ出ているのだ。
その液体が付着した地面は急激に変色し、物質としての役目を終える、端的に言ってしまうと腐っていたのだ。
『それは呪いだ、触れてはいけないよ』
それとなくシーカーに注意を促すファルハーレの視線の先には倒れこむ地竜の姿があり、その視線はまるで汚物を見るような冷たい物だった。
「GUUUUU」
すっかりと大人しくなった地竜にシーカーは哀れみの視線を送り、剣を握る手に力を込める。
「地竜としての誇りを奪われた哀れな竜よ、私がいま介錯をしてやろう」
シーカーは地竜との距離をゆっくりと詰める。
剣の届く間合いに入るとシーカーは一思いに首を切り落としてやろうと大きく振り被った、その瞬間、死に体だった筈の地竜の金眼に光が戻る。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
怒号の砲声と共に吐き出される吐息には硬質な物体が入り混じり、その竜の吐息は触れる者をズタズタに切り裂くだろう。
ーーこれは不味い。
刹那の出来事にシーカーは目に吐息を捉えていても油断のせいか反応する事が出来なかった。
時間の感覚がスローリーに感じると、その一瞬で死を覚悟した。が、その吐息がシーカーに届く事はなかった。
『だから災厄はやなんだ、哀れみや優しさは仇で返す、きたないきたない魔女のやり方さ、本当に反吐がでる』
ファルハーレは地竜が怒号を上げた瞬間に練り上げた魔力を風に変換していた。
その風は地竜の渾身の吐息をいとも容易く上空に跳ね除けていた。
ホッと安堵の息を漏らすとシーカーはファルファーレに感謝する。
「すまない、助かった」
『シーカー、止めは素早く的確に、これはせんとうのきほんだよ?』
「耳が痛いな」
先ほどの吐息が最後の一手だったのか、地竜は諦めたかのように今度こそ本当に、その動きを止めた。
次の瞬間、シーカーは音もなく地竜の首を斬り落とした。