第一話
どうして才能がないと夢を追いかけちゃダメなんだろう?
どうして才能がある職業に就かないといけないんだろう?
何度そんな自問自答を繰り返したか分からない、でも、行き着く答えは必ず〝世間がそういう風になってるから〟だった。
それがワタシには辛くて、悔しかった。
夢を見る事も出来ずに自分を殺して生きるくらいなら、ワタシは蔑まれながらでも夢を追いかけたい。
世間がそうだから、周りがそうだから、そんな言い訳でワタシは自分の夢を諦めたくない。
そう思って、諦めないって心に決めていた筈なのに……。
今はただ、辛かった。
「絶対に見返してやるんだから」
弱々しい声音でリリィ・マクスウェルはそう言った。そんな彼女の目尻からは堪え切れない涙が溢れ出ている。
早足で本校舎を駆け抜けるリリィをすれ違う人たちは嘲笑する、『最弱が泣いてるぞ』と。
ーーワタシはただ、お母さんみたいな偉大な魔法使いになりたいだけなのに。
悔し涙が頬を伝う。
〝最弱の魔法使い〟それはリリィが周囲の付けられた蔑称、文字通り彼女は学園内で最弱の魔法使いだった。
涙を隠すようにリリィが廊下を駆けていると曲がり角で何かとぶつかる。
衝撃と共に倒れこむと、涙を浮かべる瞳でリリィはそれを睨みつけた。
「なんですか、貴方もワタシを馬鹿にするんですか、才能がないなら魔法使いを辞めろって、何の役に立たない才能しか無いなら娼婦にでもなれって、そう言うんですか」
溜まっていた鬱憤を吐き出すようにリリィは見知らぬ誰かに続ける。
「ふざけないで……ふざけないでください! 才能が無かったら何をしても無駄なんですか? 才能が無い人になら何を言ってもいいんですか? どうして皆んな努力を馬鹿にするの? どうして、誰も………」
ーーワタシを認めてくれないの?
掠れるような小さな声でリリィはそう訴える。
誰にも理解されない、誰にも応援されない、そういう道を自ら選んだ事は分かっていた。
それでも努力を貶められたり、無駄と罵り、あまつさえ努力をすることを妨害されるとは露ほどにも思わ無かったのだ。
そんなくだらない事をする周りにも呆れてしまうが、何よりもリリィが悔しかったのは、そんな人たちにすら何一つ勝つ事が出来ない自分自身だった。
リリィはその場で蹲るように体を丸め光も音も遮断する。
今は何も見たくも、聞きたくも無かったのだ。
「い、いや、あの、すいませんっす」
妙に狼狽する声にリリィはゆっくりと顔を上げる。
どうせ返ってくる言葉は罵声の類いだと思っていたからだ。
溢れる涙を強引に拭い、リリィは初めてぶつかった相手の顔を認識した。
「すいませんっす、ぶつかったのは偶々で馬鹿にした訳じゃないんすよ」
そう言って、少年はリリィに手を差し伸べた。
リリィは呆然とその少年を見つめる。
赤い頭髪に蒼い瞳、背丈は自分より少しだけ高いくらいだろうか? 腰には竜の紋章が刻まれた剣を携えていた。
なんの敵意も害意もない視線にリリィはまた泣き始めてしまう。
「ええ!? ちょっ、本当に大丈夫っすか!?」
どこか打ったっすか? と少年が聞いてもリリィはワンワンと泣くだけで何も答えてくれなかった。
「これは参ったっすね」
少年がほとほと困り果てていると、リリィは必死で泣くのを堪え、声を絞り出す。
「あ、貴方の、名前は?」
赤髪の少年は反応が返ってきた事に安堵し、子供をあやすような優しい声音で告げる。
「アルフレッド・ドラグニカ、通りすがりの竜騎士っすよ」
少女は少年の手を取り、再び涙を流すのだった。