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紫陽花  作者: 夜閑
2/2

後編 (完)







 あるところに少女はいました。

 彼女の前に一羽の鳥を見て、

 嬉しそうに手を伸ばすと一言、


「ねえ、あそびましょう」

 

 と、そう言って小鳥を、

 捕まえました。






 六月三日(金)


「……聞いた? 浅野さんが亡くなったんだってね」

「そうそう、私ちょうど運ばれる姿見ちゃったのよ」

「なんで浅野さんが」

「元々身体弱かったんだって」

「いつ?」

「昨日の放課後だって。残っていれば良かった」

「えー俺浅野さん狙ってたんだけど」

「やだぁ、不謹慎でしょー」




***




「あー、もう知っている人が多いだろうが、昨日浅野さんが亡くなった。死因は元々患っていた持病の発作による急性心不全だそうだ。このクラスの中心的存在の彼女が居なくなったことはみんなに衝撃を与えたと思う。先生も大切な生徒の卒業を見届けられなかったことに……――」

 つらつらと事務的に話す先生の話を、半分聞き流しながら斜め前の方の空席に目を向ける。この活気が抜け落ちたような教室の中、浅野が毎日座っていたはずの場所で、元気よく上を向き咲き誇っている白い百合がひどく場違いに思えた。

 先生の話が終わった後のクラスの雰囲気は、近しい友人を悼む悲壮感が漂っていた。しかし、ところどころから聞こえるひそひそと話す声には身近に起きた死に対する好奇心に満ちていて、それが聞こえてしまった私は思わず眉をひそめた。

 あなたはこんな人たちから慕われていたのよ、どうせ、知っていただろうけど。

 同じ部活ということもあり、当然私のもとに人が押し寄せ身勝手な質問と同情をぶつけてきたが、ただ苛立たしいとしか思えなかった。

 やっと、人から開放され、周りを見渡してみると自称浅野の親友とやらが、自分を慰める人達に囲まれながら泣いているのが見えた。

「ああああ……わ……し、浅野、……な、んで」

 詳しくは聞こえないが、恐らく故人を惜しむ内容だ。

 泣き声の主は顔を両手で覆い、眉を八の字に寄せて大げさに泣いてみせたりしていた。

 でもさ、知ってるんだよね。君がこの前浅野に告白していた上野を好きということを。部室の窓から見えるすぐ隣のテニスコートで、いつも飽きずにアピールしてる姿が嫌でも見えたからさ。そして浅野を密かに邪魔と思っていたことも。

手に隠れている口元をけして外に出さないように気をつけてね。

 自分の席からその様子を静かに見ていた私は、どうやら無意識のうちに口角が上がっていたらしく、口元のひくつきを感じると慌てて頬を手の甲で引っ張った。私が気にしないでどうする。

 一つ息を吐き席を立つと、私はこの粘り付いた空気の教室を後にした。




***

 



 放課後部室の方を遠目から覗いてみたが、行こうとはどうしても思えなかった。むしろ出来ることなら、もうしばらくあの場所へは行きたくないと思うほどに。

 それにしても浅野の死によってどこもかしこも妙に浮きだっていて居心地が悪い。部室には行きたくないし、だからって特に他に行く場所だってない。

思えば無理に学校に留まっている必要なんて無いではないか。こんな日は早く帰ろう、そう思った私は昇降口へ向かおうとした。

 だが、ふと白い凛としたあの花が頭を過ぎり、教室へと足を少し運ぶことにした。




「やっぱりあった」

 静まり返った教室の中心に俯き加減の百合の花がぽつりと残されてあった。一瞬片づけられてしまっているかと思ったがそうではなかったらしい。

 花瓶に近づき、おもむろに百合に触れると、おしべに付いている花粉のせいで指が汚れた。おしべの処理をしていないところを見ると、この百合は学校の花壇からとったのであろうか。花粉を払いのけるように、指と指を軽く擦り合せながら浅野の席に座る。

 ちょうどこの席は教室の中心に位置しており、浅野がいるときは、確かここを拠点としてうるさい声が生まれていたなぁ。

 座ってみて少し目を閉じると、そんな騒音の中にいた生前の浅野の様子を思いだす。


「百合の花なんて彼女には似合わない」


 突然声が聞こえ、びっくりして顔を上げる。だがそこに誰が居た訳でもなく、綺麗にされた黒板が見えただけだった。

 どうやら心で思っていたことを口に出してしまっていたらしい。ばっと後ろを振り返り、辺りを一通り見渡したが相変わらず人の気配はせず、そのことにそっと胸を撫で下ろした。

 ふと時計をみると四時半を指していた。そろそろ帰るかと席を立つ。椅子を元の位置に戻すそのときに、ふと机に取り残されている百合の花へ意識を向けた。

 しばらく百合を見たまま立ち尽くしていたが、私はほんの少し笑みを浮かべると静かに花を抜き取り足早に教室を出た。

 彼女には、百合なんて似合わないんだよ。


 机の上には花粉がいくらか落ちて残っていたが、次の瞬間風にさらわれて消えていった。









 空は晴れない。湿気とコバエが鬱陶しくて額にシワを寄せる。ああ、今日は妙に気分が晴れない、そう感じながら苛立ったように足元に絡みついた蔦を取り払った。

「どうしてだろうな、こうやって紫陽花は毎日見ているはずなのに、俺は最近全く花を見てないような気がするよ。君のせいなのか」


 紫陽花は何も言わず綺麗に咲き誇っていた。

 












六月十三日(月)


 浅野が死んで少し日にちが経った。

 教室の様子は以前と何も変わらない。変わったことといえば下品な笑い声の発生元が教室の中心からではなくなったということだけだった。

 花瓶にはまた新しい百合が挿してある。

今のところ浅野という存在があったことを証明しているあの花瓶は、はたしていつまでこの教室に置いてあるんだろうな。

 次の授業は移動のため、歩いている途中ほんの少しだけそんなことを考えてたが、すぐに思考をこれからのことに切り替える。

 ふいにこみ上げてきたあくびを手で隠すと、そのまま手を当てて涙目で窓の方をなんとなく見る。窓の外から見える大きな木をぼーっと眺めていると、数日前に部室に置いておいたガーベラの赤い色が頭をよぎった。

 ここしばらく放置したせいで惨めったらしい姿になってしまっているだろう花のことを思うと、そろそろ部室へと足を運ぶべきなのだろうかと思えてきた。それに、花以外にも気がかりなこともあるし。

 気だるげに廊下を歩いている途中、足を曲げるたびにどことなく痛みに近い痒みを感じ、ひとまず足を止めて下に目を向ける。

 ああ、まだ蚊に刺されたところが治らないのか。腫れはもうないものの未だに蚊に刺された箇所の赤みが引いていない。これだから蚊は、嫌いだ。




***




 部室前に着き、様子見がてら軽くドアノブをひねってみると鍵はやはり開いていた。そのまま戸を押すと、油が足りてないためか、嫌な金属音を響かせた。扉が開くと、草と土の匂いが覆いかぶさってくるように私を歓迎する。正面には主の背を向けて座っている姿が見えた。

 私は無言で部室の中へ入る。荷物を置こうと机に目を向けた時、花瓶に入れられたオレンジのアルストロメリアが机の上に置いてあることに気付いた。

「これは?」

「先生がやった」

 主はこちらに目をくれずに即答する。

 そんな彼の行動には特に関心を示さず、花瓶の中の花をじっと見る。花から視線を逸らすと自然と乾いた笑いがこみ上げてきた。

 ここでこのアルストロメリアをチョイスするあたりのセンスが、私がろくに来ない顧問を好きな理由だ。

「そういえば、君はいつから部室来てたの?」

「先週の月曜から。空いてたし」

 先週の月曜と言ったら土日をはさんですぐでは無いか。

「そんなすぐに、怖くないの。ここは人が死んだ所なんだよ」

 ここで初めて顔をあげて主の目がこちらを向いた。その瞳を見たとき、思わず 鳥肌が立ってしまった。浅野の目を透明な渓流の水とするならば、主の目は全く生気を感じられない、澱んだ泥のような瞳に思えた。

「何故? 浅野は持病の発作のせいで死んだんだろ。怖がる要素がないと思うんだけど」

 それとも何か? と言いたげな目でこちらを見てくる。そんな主の目を直視することが出来ず、私は適当に言葉を濁して席に座った。



 そのあとは特に部屋の中では会話はなかった。花の手入れも終わったし、授業のレポートでもまとめよう。そう思い、席に座ると筆記用具一式広げて作業に取り掛かろうとした。

 自分の席は主と向かいあうような位置になっているので、主の表情をこっそり窺ったりしたが、いつもとさして変わらず無表情なまま本を読んでいた。

 シャーペンを走らせる音と紙をめくる音だけが部屋に響く。いつもならこの空間は好きなはずなのに、どことなく気まずい空気に感じてしまった。

 いよいよ耐え切れず、私は荷物をまとめて席を立とうとした。すると、まるで それを待っていたかのようなタイミングで主は言葉を発する。だがその内容は私を混乱させた。

「浅野は死んだ」

 何をわかりきっていることを、今更。一瞬彼の言葉にたじろぐが、それでもできる限り表情は変えないように努めて主に向き直る。

「……それがどうしたの?」

「原因は急性心不全」

「この前先生が言ってたね、それが」

「そう、先生が翌日の朝に話していた」

 主は私の言葉を遮るように言葉を重ねてきた。

「知ってるか? 死因を特定しにくい時に、検死報告書などに便宜上『急性心不全』と記載されることが度々ある。だが、心臓が停止した=心不全と判断されるだけであって、それが確実な死因とは限らないんだ」

 どうやら主は私との意思疎通を計ろうとはしてくれないようだ。

「だから何を言いたいの。覚えたての知識ひけらかしたい子供か何かなのかな、君は」

 はなから会話をする気がない相手の話を聞くことほど鬱陶しいものはない。

 トゲのある口調で言うと、主は心底嫌な顔をしながら頭を掻き、吐き捨てるように言葉を続ける。

「これだから人と話すのは嫌いなんだ。お前は少しは自分で考えるということをしないのか? 俺が言いたいのは、浅野の死は自然なものでは無い可能性もあるということだ」

「あっれぇ、おいおい、ちょっと冷静になったほうがいいんじゃないかな? 吉川君は、つまり病死と言われている浅野の死は故意的に起こされたと、そう言いたいの?」

 主は口を閉じたままこちらを見つめる。

「さっき数十分前に自分が言ったこと覚えてる? 浅野は持病の発作のせいで死んだと自分で言った癖に、どういうつもりなのかなぁ」

 鼻で軽く笑ってそう言い放った。自分的には最大限の煽りをしたつもりだったのだが、主は意外にも落ち着いた表情でただ私の話を聞いていた。私が話終わったと気づいた彼は、息を一つ大きく吐き、薄らと口元に笑みを浮かべて、

「どうだろうな」

 と、呟く程度の声量で言葉を零した。反応はただ、それだけだった。

 自分の想像では、この後主が反論を叩き付けてきて、もう少し論争が繰り広げられると思っていたため、主のこの反応にはなんだか拍子抜けした。 

 もう一言何か言ってやろうか、と口を開きかけたが、言葉を飲み込み、黙ることにした。

 今度こそ席を立とうと両手を机に乗せ体重をかけた。椅子を引き、荷物を持とうとしたとき、またも主から声がかけられる。

「お前は浅野が死んで悲しまないのか?」

「……君に言われたくないかな」

 そう言い放つと荷物を勢いよく手に持つ。主の横を通り過ぎると扉の横にある流しに目を向ける。

 そこに挿してある紫陽花を見て小さくため息をついた。紫陽花から目をそらし、ドアノブに手を触れようとしたその時、後ろから声をかけられた。

「ああ、何度もごめん。でもこれで最後だから。この前ここの本棚から本を持っていっただろう? 俺も読みたいから早く返してくれないか」

「ああ、そう、ごめんね。今度返すから」

「いや、いいんだよ。でも嬉しいな、まさか君もこちら側の知識に興味を持つなんてさ。説明した甲斐があったよ」

 普段よりもワントーン高い声で話している主の言葉を背中で聞き流す。

「植物の奥底を覗くのは面白いだろう? 君も花言葉はよく知っているだろうけど、その中にネガティブな意味がちょくちょくはいっているよな。

そう、その植物の性質を……その可憐な姿に秘められている本質を、示唆しているかのように意味が込められているんだ。面白い」

 うるさいなあ、早く私を帰してよ。そんな私の思いを知ってか知らでか、なおも主は言葉をつらつらと重ねる。

「君が借りていった本はちょうど紫陽花に含まれている成分についてよく書かれている本だと思うんだけど、俺もその本にはよくお世話になってね。

ページが抜け落ちそうになってる箇所もあったから、読むの大変だっただろう」

 意識していなかったはずなのだが、どうやら紫陽花という単語に自分が少し反応してしまったらしく、主の言葉が止まった。


「そんなに紫陽花に興味があるのかい?」



 私はその言葉を無視して扉を開けた。









 家を出る時は晴れていたはずなのに、頂上に着く頃にはポツリポツリと雨粒が落ちてき始めていた。

 梅雨ということもあるのだが、ここに来ると天候が悪くなる確立が多い気がするのは気のせいだろうか。

 基本どこも大きな木によって視界は閉ざされているが、頂上のちょうど紫陽花のある、この付近は大きく開けていて、向こう側の山とそのふもとにある町並みが一望出来る。夕方になると山が橙色に染まるその様は、いつ見ても感嘆せざるを得ない。

 だが、せっかく君が好きだと言った景色も、この天気じゃあ、全然楽しめないな。

 紫陽花も今じゃ俺の胸まで成長した。昔はこの大きな石の横を彩っていたはずなのに、今では石自体が紫陽花に隠れるように佇んでいる。

 石にぴっとりと水によって張り付いている葉を取り除く。ふいに映り込んだ自分の顔は、この前見たときよりも一層老け込んだように見えた。

 さて、そろそろ帰るとするか。

 紫陽花は花弁の先を少し枯れさせてきていた。
















六月十四日(火)


 なんだか今日は最悪な気分だ。頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられているかのように思考がまとまらない。いい加減誰か私の頭をかち割ってくれないだろうか、という気にすらなってきた。

 誰かがいるときはいいんだ。授業は相変わらず眠いし、友人との会話はなんの問題もなく進む。

 何故だろう、ふとひとりになるといきなり言いようもない不安感と焦燥感に似た、何かに押しつぶされそうになる。

 その何かの名前を私は知っているけれど、頭痛と共に頭の端に押し沈めて、見ないことにした。

 席で一人悶々としているうちに、どうやら下唇を強く噛み締めてしまっていたようで、乾燥した唇を舐めると、ほのかに鉄の味がした。口直しに飴でも、とポケットを漁るがゴミしか見つからず、舌打ちをする。

 飲み物もちょうど切らしてしまっていることに気付いた私は気分転換の意味も兼ねて自販機に行くことにした。

 校内にも自販機はあるのだが、なんとなく外の空気を求めて、体育館と本館を結ぶ屋根のついている通路の途中にある自販機まで向かう。教室から遠くないのだが、謎のラインナップのせいで利用する人は少ない。

 例えばお汁粉だけ常時三種類、聞いたこともない会社の新発売の謎のジュースなど。

 まあ、まともな商品もあるから今回はそれを買うけど。

 無糖のコーヒーでガツンと気分吹っ飛ばそうとも思ったが、妥当なお茶を選んだ。落ちてきたペットボトルを取ろうと軽くしゃがむと、自販機の隙間から水たまりが見えて慌てて立ち上がり、改めて外の様子を見る。

 考え事をしていたせいか、雨が降っていることに気付かなかったらしい。耳を澄ませてみれば屋根に跳ね返る雨音が聞こえてきた。嗅ぎ慣れているはずの水と土の匂いであったが、雨の時の独特の息が詰まるような、湿度の高い空気を胸一杯に吸い込んでみる。

 清々しい気分には流石になれなかったが、気持ちを落ち着かせるには十分だった。

 空気を吸ったことでようやく今日初めて外の景色を見たような、そんな不思議な感覚に襲われる。

 花壇に植わっている色とりどりの花を見る。雨粒の重力に負けじと上を向いているデイジーに、つかの間目を奪われたが、すぐに目を逸らす。

 折角一瞬気持ちが上向きになったような気がしたのに、自分にはかけ離れたデイジーの姿に嫌悪感が沸々と湧き上がってきた。自分の憂鬱とは裏腹に、灰色の景色を彩る色鮮やかな花達に吐き気すら覚えてしまう。

 ……花を鬱陶しいと思ったのはいつ以来だろう、藤の花にたかっているクマバチに襲われた時? キンモクセイに集まってきた虫? 虫関係じゃないことでなら、きっと今回が初めてな気がする。

 体育館の横にある部室棟の方を横目でちらりと見たが、今日行く気にはなれなかった。








 この世界には人間にとって害をなす成分を含んでいる、いわゆる毒を持っているものが数多くある。

 自分の生死を左右するほどの毒の存在がある、ということ自体はきっと常識的に皆分かっているだろう。ポピュラーなもので毒蛇、毒蛙は知っているはず。

 ただ、それはごく限られたものであって、直接自分には関係無いと思っている。違う、毒なんて本当にありふれているものなんだ。中には鳥だって毒を持っているものもいるし、その辺の道端に植わっている植物だって。

 どうして、そんな無関心で生きていられるの。

 俺は逆に知りたい。



 紫陽花は、   。









六月十五日(水)


 放課後顧問が部室に来た。

 今更、浅野の件の処理とこれからの部の存続について、どちらが部長を引き継ぐかなどの説明のためだという。普通に考えて私が部長になるだろうということは想像に難くなかったけれど、随分とあっさり物事が進むものなんだなと改めて痛感した。

 私と顧問が今後の部の運営について相談している間、主は一度も顔を上げなかった。

 一通り話を終え顧問が部室を出ていき、部室には静寂が訪れる。私は今日も部室には長居するつもりは無かったので、内心いつ帰ろうかと悩んでいた時、それをまた邪魔したのは主だった。

 彼は今日初めて顔を上げると、前と同じく濁った瞳でこちらを見てきた。

「ねぇ、浅野について聞きたいことがあるんだけど」

「何。できれば今度は簡潔に要点をまとめて言ってもらえると嬉しいんだけど」

 私は机を指で叩いて次の言葉を急かすが、そんなこっちの様子を気にした様子もなく、少し間を開けて主は答えた。

「浅野の死について」

 思わず指動きを止めた。

「まさか、吉川君の方から切り出されるとは思っていなかったなぁ」

 私がそう言うと、主は少し斜め下を見た後、普段見たことのないような綺麗な笑顔をこちらに向け、

「俺、紅茶が飲みたいんだけど」

 と言ってきた。浅野同様絶対に私のお茶を飲まなかったはずなのに、どうして。

「あー……ごめん、今ちょうど茶葉が」

「無いとは言わせない。そこの流し台の横の棚にまだ入っていることは知ってる」

 私の言葉を遮るように茶葉の場所を告げた。

「……なんだ、知ってたの。……わかった、今淹れるね」


 言われた通り紅茶を用意し、カップを主の前に置くも、彼は言葉を何も発しなかった。

 自分の分も机に置き、席に座るが一向に主は口を開かない。

 そんな空気に耐え切れず紅茶を口に含む。気のせいなんだろうけど、なんだかいつもより苦い気すらしてきた。

 カップの底に溜まった茶葉が混ざるように、ゆっくりと円を描くように回していた時、ふいに主が突然軽快に指を鳴らした。

「一つ面白い話をしようか」

「はい?」

 突然指を鳴らした音が響いたことに驚く。相変わらず彼は私の様子などお構いなしで口を開く。

「あるところに一人の少女と大きな木と、そして小鳥があったとさ」

 まるで小さい子に語りかけるかのように主は話し始めた。なんでおとぎ話風なのとか、指鳴らした意味は何とか、なんとか言っておこうかとも初め思ったが、彼の突然の行動にそろそろ突っ込むことも面倒になってきたので、ここは静かに聞くことに徹することにした。






 ある少女はいつもひとりでした。しかし、たくさんのぬいぐるみやおもちゃに囲まれて、そこそこ幸せな生活を送っていました。

 木が青々と茂っている季節には木陰で本を読んで、木枯らしが吹く秋には寒くないようにマフラーをかけて、そんな生活をずっと繰り返して少女は生きていました。

 そんな彼女の前に突然一羽の小鳥が現れたのです。受動的な物質に囲まれた生活に、少し飽きていた少女は喜びました。

「一緒に遊びましょう!」

 当然小鳥は自分に付いてきてくれると思っていた彼女は、木に止まっている小鳥に背を向け走り出してみせました。しかし鳥は一向に付いてきてはくれません。

 小鳥のつれない態度に落胆するかと思われましたが、なんと彼女はまた喜びました。


「暇を潰せるものが見つかった」

 それからの生活は少女にとって、とても楽しい時間でした。少しずつ自分に慣れて近づいてくれる癖に、それとは裏腹に冷たい目を向けてくる鳥に、彼女は夢中でした。


 木はその様子を静かに見ていました。


 そんなある日事件が起きました。

 少女が倒れたのです。そのまま少女は目覚めることは無く、死んでしまいました。周りのぬいぐるみやおもちゃはカタカタと不快な音を立てながら騒ぎましたが、ひとしきり動くと、そのあとはもうピクリとも動かなくなりました。


 木は動かなくなった彼女を、ただ見ていました。





 話を聞いているうちに、少しずつこれが自分らの動きを指しているということに気付く。きっと少女が浅野で、木は恐らく主自身、そして鳥は私だろう。なんて回りくどいんだ。

 しかも台本のようなものも見ずに、よくもまあ、こんなに言葉がすらすら出てくるもんだ。妙なところに感心しながら聞き流していく。

 だが、主の次の言葉に耳を疑った。

「倒れていた少女とともに倒れているものが、もう一つありました。……小鳥です」

「待って、ちょっと待ってよ。今君が話しているのはなんの話だ。私達のことなら小鳥は恐らく私でしょ? 倒れてなんてないのだけど」

 思わず食い気味に主の言葉を遮る。すると主は目をスっと細めて口元だけ器用に弧を描いて私に微笑む。

「だから面白い話と言っただろう」

 どうやら答える気はないらしい。出来るだけ動揺を押し殺そうと平静を装う。

「……わかった、続けて」

 だが、私の内心は、突然泥水に投げ捨てられた、ひよこのように混乱しきっていた。少女が浅野ということは確定でいいだろう、だが小鳥は私ではないのか?それとも、これは本当に主の作り話なのか。


「では続けようか。

 小鳥は少女に掴まれたまま息絶えていました。辺りには羽が散らばっており、彼女が飲んでいたであろうカップには羽が入っていました」

 少し身構えて話を聞く。……鳥の羽と聞いて思い浮かんできたのは、鳥の中では珍しい、毒を持った鳥の存在だ。

 ここ数日の主の言動、そして今日のこの様子に嫌な予感がして私は思わずゾクッとする。……いや、深読みのしすぎかな。そんな意味はこもっていないはず。

 無意識に腕を組んだ私をちらりと見て、主が少しだけ口を開けて笑ったように見えたのは、きっと、私の見間違いだろう。

 なおも微笑みながらゆっくりと主は話続ける。


「部屋をよく見てみると、中は何がなんだか分からないくらい、ぐちゃぐちゃに乱れていたのです。彼女は生前きちんとした性格でしたから、こんな部屋の様子は初めてみました。

 彼女の周りには飲み物らしき液体が地面に落ちたカップから零れだしています。よく見てみると、飲み物だけではありません、きっと彼女から出てきたと思われる吐瀉物によって、自慢のカーペットは台無しではありませんか。

 さて、肝心の彼女の顔を拝見してみましょう。すると苦痛によって歪んで、絶えず笑みをたたえていたはずの目元からは涙の跡が残っていました。強く噛み締めたのでしょうか、唇がうっ血したようで青黒く変色してます。おっと、腕に出血が見られます。どうやら苦しんでいるときに机に角に強くぶつけてしまったのでしょう、同じような症状が足のすねにも」


「……もうやめてくれないかな、ねぇ、お願い」


 絞り出したような声で必死に主の言葉を制止する。

しかし、その懇願は見事にスルーされ、主の口からは言葉が吐き出され続けた。

「どうして? ここからがいいところなんだけど。どうやら彼女は毒によって死んだようでね、横で倒れている小鳥なんだけど」

「だから! もう、やめて……わかった、だから、もう聞きたくない……」

 叫びながら勢いよく立ち上がる。その反動でパイプ椅子は後ろへと倒れ、大きな音を立てる。一瞬主と目が合ったが、めまいに襲われ頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

 主はため息をつくと席を立ち、こちらの方へ回り込んできた。私の頭の位置に合わせるように彼はしゃがみ、優しげな声色で語りかける。

「どうした? ……ああ、描写が汚かったから免疫が無い君は驚いちゃったのかな? それともヒステリックなお年頃なのかい? それならごめんね。でも、君がそうやってうずくまる必要は、無い」

 そこで言葉を切るといきなり頭を掴んで無理やり私を上に向かせた。

さきほどまで浮かべていた気持ち悪いほどの笑顔はもうどこにもない。そこにあったのは、ついさっきにも見た、あの濁りきった目をしている主の顔だった。

「お前は何から目を逸らしている? なあ。なあ」

「違う、私は」

「何も間違っていない。お前は、何をしたんだ」

 主の目が私を捕えて離さない、逸らしたいのに逸らせない。身体をよじって逃げようとするも肩を掴まれて動きが塞がれた。落ち着け、自分。大丈夫、大丈夫だから。そう自分に言い聞かせて息を吸う。

「わ、たしが何をしたっていうの。そうよ、あんたの話があんまりにも気持ち悪かったからで」

「あのさ。もう分かってんだろ? 俺はもう事の顛末を知っている。でもそれをお前自身の口から聞きたいだけなんだよ」

 私の言葉をかき消すように重ねて、心底呆れたような表情で彼はこちらを見る。

 泣き出しそうになりながら口を半開きにして主の顔を見る。なんで、私は君にそんな顔を向けられなきゃならない。駄々をこねている子どもに対するような扱いを受ける必要が、どこにある?

 そうだ、大体なぜこんな問答をされないといけない。 いきなり語りだして、頭掴まれて、責められて、もう。

 私は下に俯く。こちらを追って顔を覗きこもうと主は首を傾げる。

「……に…ぁ」

「ん? 何」

「なぁにが事の顛末を知ってる、だ! そのくそ胸糞悪いすました顔近づけんじゃねぇよ!」

 主の手を振り払い、肘で相手の顔面を打ち付ける。痛みに思わず怯み、主の体勢が崩れたところで胸ぐらを掴む。

 自分でもなぜいきなりキレているのか分からない。ただ自分の中で押さえつけていた感情が怒りという形で放出されようとしていることだけは感じた。

「私が何をしたって? 知るか馬鹿! お前は何を知った気でいるんだよ! 何も知らない、何も見てない癖にそうやって上から目線で物言ってる奴が、いっちばん! むかつく!」

 突然の行動に主は目が点になる。しかし、体勢は依然私に掴まれたまま、ニヤっと無敵笑う。

「はは、顔真っ赤」

「は?」

「やっぱりこうでないと」

 自分を掴んでいる手を乱暴に振り払うと、やはり痛かったのか赤い鼻をさすって立ち上がる。私も釣られて立ち上がるが、なぜ主がこんなにも飄々としているのかが分からない。

「そのまま潰れてくれてても良かったんだけどね。まあ、その程度の人間だったんだなぁとガッカリはしただろうけど」

「……反撃されたことに対しての負け惜しみ?」

「まさか。こんなに喜んでいるのが分からない?」

 いや表情変わってないから分かんねぇよ。

とりあえず主への怒りで、ここ数日からさっきまで嵌っていたネガティブループからは抜け出せたが、さて、どうしたものか。

 不審そうな顔で睨みつけている私を見て、主はニヤニヤと口元だけ緩ます。その様子にまたカチンときた私は微笑みを返しながら言った。

「じゃあ君と私、浅野の死について答え合わせとしゃれこみますか」

 その言葉に対して鼻で笑う。

「答え合わせ、というと君は浅野が病死ではないと認めるってことか?」

「うるさいなぁ、それこそ今更な質問だよね。さっきのおとぎ話、あれやっぱり少女は浅野のことでしょ? 毒で死んだと自分で言ってたじゃない」

「確かにあれは浅野。だが、俺は『毒で死んだようで』と言っただけで、故意に促された死だとは一言も言ってないのだけど? それは自白か」

「……」

「今の間は肯定と取ることにしようか。でも、さぁ、正直ここまでの自分の言動と行動を思い返してみなよ。気づかないほうがどうかしてる」

 少し視線を斜め下に向けながら彼は静かに告げる。一昨日紫陽花の本の話をされた時にどこか『もう気づかれているのでは』という思いはあった。だが実際にこうもあっさりと自分の犯行が知られていたということを聞くと、なかなか胸に来るものがあるな。


 さて、既にこの時点で私は詰んでいる。

『まいった、そうです。わたしが浅野さんの紅茶に毒を混ぜて殺しました。煮るなり焼くなり好きにしてください』と両手あげて降参すればこの話は終わり。

 吉川君はその後私をどう取り扱うのかは知らないけど、元の生活へは戻れまい。

 だが私の心は不思議とスッキリしていた。それどころか少し楽しくすら思えてくるから、きっと感覚がいよいよおかしくなってきているんだろうね。

 気分がいいから目の前にいる主に向かって笑いかけてみる。すると彼は気持ち悪いものでも見たかのように眉間に皺を寄せた。その様子がなんだか面白くて私は声を上げて笑ってみせた。

「……何が可笑しい。気でも触れたの」

「いやぁ、自分でもよく分からないんだけど、今とてもスッキリとした気分でね。なんだって出来るような気にすらなってきたところだよ」

「それを俗に現実逃避っていうんだよ。知ってる?」

 ああ、自分の感情が安定しなくて困る。でも、もうどうでもいっか。ひとしきり笑いが収まると、改めて主に向き直る。

「さてさて、じゃあ吉川君は私が浅野を殺したと言いたいのかな。でもさ、私がどう浅野を殺したというの。私が帰ってきた時には彼女はもう運び出されていた。

 こうは思わない? 身近な友人の死によって、独り死への恐怖と友人を失った悲しみで精神が不安定になっていたと。そんな時に同じ部活の仲間に傷をえぐられるような話をされて、か弱い乙女はひどく動揺しているって」

「思わない」

 こいつ即答しやがった。

「大体君のアリバイの不明瞭さなんて小学生でも分かるだろ。君が出ていく時に毒を盛っていけば済む話だ」

「そんなことをいうなら、吉川君にも犯行は充分可能だよ。私とすれ違った後急いで部室へ戻り、毒をうまく盛ればいいだけの話でしょ」

すると主はまるで某弁護士のように人差し指をこちらに突き出し、異議ありっ、とでも言いたげなポーズを取る。

「では今まで俺が浅野に対して何か飲み物を入れたり、差し入れをしたことはあったか? いきなりそんなことをされて浅野が警戒しない訳がない」

「浅野の気を逸らして隙を見て飲み物に毒を入れるとか」

「そもそも浅野は部室で作ったものは飲まないのは知ってるだろ? すると浅野が飲むものとしたら自前の水筒かペットボトルってことになるわけだが、そんなものに毒なんて入れようとすれば気づかれるに決まっている」

「おっと、それは私の場合でも通用する理由だね。吉川君も知ってるはずだよ、毎回私が浅野に淹れてた紅茶がそのまま飲まれずにいつも終わっていることを」

 そう、いつもだったらあの紅茶は飲まれなかったはずだったのだ。

「……例外だってある」

「はい、ブーメラン」

 ここで初めて主が言葉に詰まる。少しだけ得意気に鼻を鳴らしてみる。なんとなく勝った気分。

「わかった、もういい。結論から言おう。俺は浅野の最期を見た。周りに紅茶と思われる液体とカップが転がっているのも、見た」

「え?」

「さっき君が仮説として取り上げたように、君の忠告を聞いた後すぐに部室に入った。その時浅野は既に息絶えかけていたがな」

「……着替えてるって言ったよね?」

「ああ、聞いた。だがここから体育館は本館ほどではないが少しだけ距離がある。そっちがこの体育館に来るまでの時間と俺が部室に帰るまでの時間を考えると、そこまで着替えに時間がかかるとは思えない。

しかも君の手には制服があったところを見ると着替えたものは体操服だと簡単に想像がつく。そうなると俺が帰るまでに着替え終わっていない可能性は極めて低い。よって入った」

 この人はいつもそんなこと考えて生活してんのか? さすが理系。

「それよりもその先が重要だ。入った後何かが落ちた物音がしたので見てみると浅野がうずくまっていた。酷い呼吸麻痺と痙攣を起こしてたらしく、こちらには全く気付いていない様子だったが」

 ん? そこまで聞くと少し違和感を覚えて考えこむ。どこかが引っかかるんだ、呼吸麻痺……痙攣……違う、これはいいんだ。……いや、待てよ、主はすぐに部室へ帰った。ということは私が出てからほんの数分で症状が出始めたということ……? 

 ハッと顔をあげて主に詰め寄る。多分私の額には冷や汗が浮かんでいたことだろう。

「待って、吉川君は本当にすぐ部室に戻ったの?」

体育館からここまで数分はかかるのは確かだが、そう何十分もかからない。

「ああ、こんなところで嘘をついても仕方ないし、本当だ」

「いや、嘘だ、アレにそこまでの即効性は無いはず」

 確かに呼吸麻痺や痙攣などの症状の出るものだが、あれにはそこまでの即効性は無いと確か、

「あの本に書いてあったんだろ?」

 主はこちらの心をまるで読んでいるかのような発言をする。

あの本とは、まさにこの前借りていった――紫陽花についての本のことを指している。

「そう、だけど……まさか」

 どうも嫌な予感がする。毒殺を考えた時、ふと彼がおもに使っているこの部室の本棚から、私はちょうど参考になりそうなあの本を借りようと思った。だが、その時点では彼が私の行動を予測出来るほどの情報は与えてないはず。

「そのまさか。本っ当に君ってわかりやすいよね。お察しの通り、致死量及び詳しい毒性のところはページを入れ替えさせてもらった」

 確かにあの本は少し破れかけていたところもあったが、それにしてもいくつか疑問が残る。

「そもそも私があの本棚からだけ知識を得るとは限らないじゃない」

「いや、君はあの本棚を使うしか無かった。この学校の図書館の蔵書は少ない上に植物について専門的に書かれているもの自体が少ない。しかも君は普段あまり図書室を利用しないだろ? ぱっと見て自分が探しているものは無いと判断するはず」

「ネ、ネットでも探せるじゃ」

「それも、無い。君の携帯はきつめのネットのフィルター制限があるし、家にパソコンも無いから全然情報が集められないと確か浅野に愚痴っていただろう?」

 うわ、そんなことまで覚えてたの。若干気持ち悪い。

 少し彼の洞察力と記憶力に引きながらも、見事に言い当てていることに感嘆する。だが、それとこれとは別だ。

「大体私がなんで毒の、しかも、紫陽花を使うと分かったの! 殺す日付だって」

「そんなのは簡単だ」

 フッと笑うとほんの少しだけ間を置いて次の言葉を発する。


「浅野に似合う花は紫陽花だから。そうだろ? そして浅野が死んだ六月二日の誕生花は紫陽花。こういったことを取り入れる性格ということは一年間で大体把握した」


「……それは」

 そんなものは全然根拠にはならないし、本来なら否定すべきだった。しかし、私にはどうしても否定の言葉が出てこなかった。

「……そう、だね」

 だから私は肯定するしかなかった。

「ちなみに言うと紫陽花にそこまでの毒性はない。含まれている成分に嘘は言ったつもりはないけれど、それを誇張しただけ。よくて食中毒を起こすくらいだ」

「なるほど、私は吉川君の話術と本の細工にまんまと騙されたってわけね……」

だが、その直後浮かび上がってきた疑問に恐怖する。一度は収まったはずなのに、また嫌な汗が噴き出してくる感覚に襲われた。

「待って、じゃあ……じゃあ浅野は、一体なにで(、、、、、)死んだの……?」


 まるでこの質問がくることを待っていたかのように、少し芝居がかった口調で話だす。

「さあて、ここで思い出してほしいのが、少女と共に倒れていた小鳥の存在だ」

 パンッと手を叩くとそのまま手を顔の前へ持ってきて指を絡める。

「君が話の途中で遮ってしまったから言えなかった続きを今言おう。君はね、小鳥だ。小鳥はカップの中に自分の羽を浮かべて少女を殺そうとした。だが、さっきも言った通りそうはいかなかったんだよ。

 確かに羽にわずかな毒は含まれている。でもそれだけじゃ足りないことを鳥は知らなかったんだ。本当に怖いのはその小鳥の体に含まれている毒だってね。

 だが少女はそれを知っていた。だからこそ、その毒を自分に向けさせ、自らを終わらそうとしたんだよ」

「……え?」

 何を言っているのかわからなかった。

「小鳥の中に潜んでいる猛毒を外に出さないように、そして自分の願いのために小鳥を利用しようとした」

 滔々と流れるように止まることなく彼は語る。

「木は毒を作り、鳥は毒を運び、そして少女は小鳥ごと毒を飲み込んだ。少女はね、終わりたかったんだよ。いつまで経っても終わらない日常から」

 主が何を私に伝えようとしているのかが分からないし、頭の中で分かることを拒否している。

「つまり、何が言いたいの」

「彼女はずっと決めていたんだ。小鳥が自分を終わらそうとした時に自ら死ぬと」

「それ……って」


「浅野は病死でも他殺でもない、自殺だ」


 なんで? 

 まず驚きよりも先に疑問という気持ちが浮かんできた。

 だって浅野は運動も勉強も出来て、人脈だって、皆からの信頼だってある。

「ほんの数分で効果が出たところをみると即効性のドクゼリか何かを飲んだんだろう。嘔吐や痙攣を起こし、呼吸困難に陥って、後はさっきのおとぎ話の通りさ」

 人並みの青春だって自分が望めば簡単に手に入った。持病って言っても激しい運動さえしなければ日常生活にはなんら支障は起きない。

「俺はただの木。ただ小鳥を促すだけの材料だったってわけだ」

 主の言葉が何も入ってこない。ただ自分の中で、浅野が自分で命を絶ったという事実を受け入れられないでいた。焦点が合わない、呼吸が浅くなってきているような気さえしてきた。

 そんな私を主は何の感情も込もっていない顔で見つめる。

「君は浅野をなぜ殺したいと思った? 完璧な彼女が妬ましかったから? 違うよな。君はそんなこと微塵も考えていない。ただ浅野の持つどす黒い死のオーラと君本来が元々持っている醜い欲望がうまく引かれあっただけ。

この一年浅野の傍にいて随分毒され、やっとそれが実った。君からしたら喜ぶべきだろ」

 ひとしきり言い終わるとそこで言葉を切り、少しだけ悲しそうな顔をして斜め下を見る。

「俺は、浅野にとって鳥にはなれなかった出来損ないだ。だからお前が羨ましいよ」

 目の前の主が段々と歪んで見えてきた。ついには身体に力が入らなくなってきて、その場にしゃがみこむ。

 一歩、足が私に近づいたのが見えた。もはや顔を上げることも出来ないくらい辛い。

「そろそろ一時間経ったか。もう呼吸が出来なくなってきているだろう。初めはただのめまい。段々と中毒が進むと痺れがやってくる。ゆっくりと神経の麻痺が進み、瞳孔散大、体温低下、呼吸麻痺。よくここまで頑張ったね。でももう時間だ」

「な……ん、で……」

「あれ? 気付かなかった? 君が淹れた茶葉の中に乾燥したトリカブトを細かく刻んで混ぜておいたんだよ。二g程度の量が致死量だからわかりにくかったか」

 手足の感覚はもう無く、その場に倒れこみ、苦しさのあまり藻掻くがそれすら徐々に出来なくなってきた。

「大丈夫。後始末は出来損ないの役目だから。あの世で浅野が待ってるといいね」

 その言葉が聞き取れたかは分からないが、いつの間にか地面に落ちていたらしい枯れかけの紫陽花が霞んだ目に映り、ゆっくりと目を閉じる。










 はは、本当に浅野らしいなぁ。





































 居酒屋の片隅にある長机の席。皆かつての級友との再会を喜び、昔のような馬鹿デカイ笑い声こそなかったが、それぞれ楽しげに会話をしていた。その端で酒を飲みながら無表情で、一人酒を飲んでいる小柄で線の細い男がいた。そんな男に隣に座っていた少し顔を赤らめた男が陽気に話しかける。

「いやあ、まさか吉川君も参加してくれるとはねぇー、こういうのには興味無いと思っていたんだけど、意外だなぁ!」

 吉川と呼ばれた男は、脂っこい顔が自分に近づいたことに少し顔をしかめる。そんな吉川の様子に気付いたのか分からないが、一人の女性が会話に参加する。

「久しぶりだし、私は皆の元気な姿が見れて良かったー。ああ、吉川君は相変わらず文学青年なのかな? あ、いや、もう青年という歳じゃないか! だいぶ私たちも歳取っちゃったもんねー」

 あははと口を開けて上機嫌に二人は笑い合う。そんな二人をちらりと見て、また酒を一口含ませる。

 その後、話題はどうやら高校時代の思い出話へと変わったらしく、昔の自分らの青春について語りあっていた。そんな中ふいに男の方がスっと表情を暗くした。

「……そういえばさ、浅野って覚えてるか? 隣のクラスの女子」

 一瞬相手の女は首を傾げかけたが、すぐに人物が思い当たったらしく、ハッと目を見開く。すぐに目を伏せ、遠慮がちに口を開いた。

「……ええ。覚えてる。なんだか、不思議な子だったし、なによりも、ねぇ」

 ここで言葉を切ると吉川に視線を送る。男の方もなんとなく察知したらしく言葉を濁しながら頭を掻く。

「あー……吉川は同じ部活だったよな。ちょうど倒れた時いたんだっけ? 辛いよな……」

「私は放課後残ってなかったから知ったのは学校でだったけど、こんな身近なところで? ってすごく驚いた記憶あるなぁ」

 それに、と言うと少し周りを見て小声で囁くように言葉を続けた。

「……浅野さんってさ、あれなんでしょ? その、実は遺体が無くなったって」

「おいおい、それは結局噂ってことで落ち着いたじゃねぇか。葬式だって無事行われたって聞いたしさ」

「でも、その葬式は密葬だったっていうじゃない」

「家族の意向もあるだろ、やめようぜ。そうやって同級生の死を面白おかしい方向に持っていくの」

 男は溜息をつくと頬杖をついた。女の方は少し前のハツラツとした様子とは打って変わって、今にも泣き出しそうな顔をして下唇を嚙んで下を向いた。しばらく重い沈んだ空気が流れる。


「浅野は」


 今まで口を閉ざしていた吉川がふいに、何でもないような風にこう呟いた。





「浅野は、紫陽花へとなったんだ」





















 さて、付け足しタイムの始まりです



言い訳満載ですが、少し補足をさせてください。


オチはできる限り皆さんの想像を裏切れたらいいなと思いながら話を書き進めていましたが、どうでしょうか? 

みっこに関しては途中からそれとなく気づいてもらおうと動かしていたつもりなのですが、『え? こいつだったの? 道中の展開無くね?』となった方、申し訳ないです……表現力が


この話において紫陽花は言うまでもなく、キーアイテムです。

途中の紫陽花の記述の意味がわかってもらえているか心配ですが。


まず浅野はまさに紫陽花をイメージして動かせました。

ピンク色の紫陽花の花言葉は「元気な女性」だけど、青の意味は「高慢、無情」と意味が変わるところや、成長過程で七色に色が移ろっていく姿が浅野の多面性を表していたりします。

また、紫陽花の毒というのは未だにはっきりと解明されていないところも、浅野の掴めない性格として表現したつもり、でした。

紫陽花と言ったら大きめな花弁ですが、あれは装飾花で真花はその装飾花の中心の小さな蕾というのはご存知でしょうか。飾った面が大きい浅野ですが、その中心に確かにある自分を見てくれるみっこや主が好きだった、というイメージで書いてました。しかし、本編でそんなに浅野さんの飾った面を強調出来ていないことが! 心残りです!


途中に出てくるオレンジのアルストロメリアの花言葉は「友情」で、壊れることのない友情という意味で作中に登場させました。浅野が死んだのに壊れることのない友情だなんて、と皮肉な意味にみっこは受け取ったようにしましたが、顧問は単純にポジティブな意味で置いたんだと思います。どこまでもみっこはひねくれた子です。


みっこ目線で書いているため浅野のことをすごく嫌っているように文を作りましたが、飾られている浅野だけが嫌いだっただけなみっこ、とイメージしながら動かしました。なので、本当に欲望のまま動きました。はっきりとした動機を作るつもりは最初から無かったのですが、後になって詳しく書いたほうが良かったのかもと後悔してます。

みっこと主は属性的に元々同類だったので、結局は同族嫌悪できつく当たったんだろうなぁ。



完結と言いましたが、結局浅野が花を持っていく意味や壊した写真の意味などについてまだ伏線を回収していないところがありますし、なにより個人的にこの話の登場人物達のことが気に入ってしまったので、主と浅野の中学生時代の関係をメインにおいた二人の話を主目線で続きを書けたら、と思っています。 

もしかしたらひっそり続いてしまうかもしれません



読みにくい文を、ここまで読んでくださった物好きなあなたに感謝を。

ありがとうございました。

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