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紫陽花  作者: 夜閑
1/2

前編

              





 たくさんのぬいぐるみに囲まれてひとりぼっちだった少女は、ある日お友達のおかげで綺麗なお花へとなれました。

 めでたし、めでたし。





 夏の気配を感じさせる日差しの中、今年も紫陽花は咲く。










 五月二十三日(月)


 彼女は飛びぬけて美人というわけではなかったが、ちゃんと自分のテリトリー内ではそういった分類に区分される『可愛い子』だった。嫌味の無い笑顔と朗らかな人当たりのよい性格によって周りには自然と人が集まってくる、そんな今では珍しい純粋な人気者だったと思う。

 だが自分はどうしてもその姿を見て彼女に好意を寄せるようなことは出来なかった。

 嫉妬や僻みの類いではない。むしろ同じ部活に所属しているということもあり 個人的にはそこそこ交流があったが、それでもクラスではなるべくお互い関わらない生活を送っていた。

「みっこ」

 自分の愛称が聞こえ後ろを振り返ると、そこには昼ご飯らしきものを持ってこちらを見ている友人らが手を振っている。

軽く返事をし、一旦思考を中断してそちらへ向かおうと立ち上がり顔をあげた。

 その時、例の彼女を視線が重なった。目が合った瞬間言いようもない不快感が背中を伝う。    

 向こうが私に向けて手をあげようとする寸前、咄嗟に私は気付いていない振りをして席を離れた。




***




 建物のちょっとした日陰で過ごす何でもないいつも通りの昼下がり。さっきの授業がどうだ、先輩がこうだ、だの中身があるようで無い一般的女子高生の日常の中に自分もきっと溶けこんでいるだろう。

 同調して笑いながらもさっきの目が合った時の彼女を思いだした。まるで自分の内側が覗かれているように思えるほど真っ直ぐ私を捉えてくる瞳と、それに加えてあの完璧な微笑みを向けられるとどうも堪らなくぞっとする。

 この前たまたま男子に言い寄られているところに遭遇したが、あれの何がいいか全くもって理解できない。

「そういえば浅野さんってさ」

 ちょうど彼女の名が聞こえ上を向く。

「また告られたみたいだよ。隣の上田だってさ」

「えーまじで? 上田もどうせ望みないっていうのによくやるねー」

「あははは」

 もう噂にあがっているあたりどうも上田とやらは校内での認知度は高い人間のようだ。

 きっと皆魔法か何かにかけられているに違いない、それか私だけが呪いにでもかかっているのだろう。

 ひとしきりその話題から区切りが付いた頃を見計らい私は輪から外れて部室の方へ向かう。

 ふと足に違和感があり、視線を落とすとどうやら蚊に食われていたらしく赤く腫れていた。蚊が出るには少し早すぎやしないか? 小さく舌打ちすると足を速める。




***




 たどり着いていない部室を無意識に思い浮かべる。きっといつも通り彼が一人黙って本か何かを読んでいるのだろう。向かう途中万が一のことを考えて部屋の 鍵を取りに行くことを考えたが、どうやら私の勘は当たったらしく扉は開いていた。

「こんにちはー」

一応声はかけるが返事はない。だが元より返答は期待していないので、ずかずかと部室に入る。すると、居るだろうと想像していた男子部員がやはりいつもの席に座って本を読んでいるのが見えた。私も定位置に荷物を置くと早速後ろの植物の世話に取り掛かった。

 まずは花瓶の水を入れ替えるために花瓶をいくつか流し場まで移動させる。最近はだいぶ気温も高くなってきているので花の長持ちのためにはこまめな水の取り替えが必要だ。この前そう聞いたこともあり昼もこうやって部室へ足を運ぶ回数が増えてきている。

 するとガーベラの数が減っていることに気付いた。

「あのさ、ここから花取った?」

 すると顔をあげることもなく、ただぶっきらぼうに

「浅野」

 と一言返ってきて、あぁと納得する。時々無許可で私の花を取っていくので程々困っているのだ。その上使用用途は教えてくれないもんだからそろそろ次やったら問い詰めよう。

「そういえば今日放課後俺来ないから鍵よろしく」

 言い終わるとすぐにまた本に視線を落としたが、思わずしばらく顔を見てしまった。珍しいこともあるものだ、どんな些細なことでも向こうから声をかけてくることは滅多にないうえ大抵この部室にいるもんだから自分の中では部の(ぬし)と呼んでいる。まあ部長は浅野なので実際の主とは違うのだが。

 この部室では普段から特に会話らしいものはない。静寂と植物に囲まれるこの空間を私は結構気に入っていたりする。

 どうやら植物を眺めていたらだいぶ時間は経っていたらしく昼を終えるチャイムが聞こえてはっと我に返る。

 彼はチャイムが鳴り終わると同時に席を立ち鍵を置いて、「じゃ」と言い部室から出て行った。いや鍵職員室に返さなきゃいけないから、今律儀に渡してくれなくてもいいんだけども。それとも今までずっと鍵持ち歩いてたのか? 

 思うところはいくつかあったがとりあえず自分も時間がないので鍵を持って自分も慌てて部屋を出る。

 出る時視界の端に何かが落ちた気がしたが気に留めず教室へと急いだ。




***




 放課後部室へ戻ると玄関先で落ちたものはどうやら写真たてのようで、落ちた衝撃で表面は無残にも割れていた。

「あら、なぁに割っちゃったの」

 声の主がわかっているため睨みながらゆっくりと後ろを振り向く。すると案の定にこやかに笑っている浅野が手を振りながらそこに立っていた。

「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。お友達でしょ」

「あなたと友達になった覚えは無いし、後近い」

浅野は人との距離が他の人よりも近いためパーソナルスペースが広い私にとっては浅野に対しての苦手意識の原因のひとつである。

「ごめんごめん、とりあえず立っててもあれだし部屋に入らないかな?」

 浅野に促され席まで進むが、どうも写真の中身に違和感を感じる。

「ねぇ、こんな写真あったっけ?」

「どうだっけね」

 バタンと扉を閉めるといつも(、、、)の、浅野がそこにいた。にこりともせず気だるげに写真を求めて手を伸ばしてくる。素直に渡すと依然無表情のまま首を傾げて写真を見るがどうやら彼女にもわからないらしい。

「まぁ、あれじゃない? 前の先輩とか」

「この部って前の先輩全員幽霊部員だったけど」

「あーそうだったかも」

 よっこらせ、と普段のクラスでの姿では想像できないような掛け声を搾り出しながら浅野は私の横の席につく。そんな様子を見て密かに安堵しながら二人分の紅茶の用意をする。

「あんたいつも飽きない?」

「うっさい、ダージリンと共に花を眺めるのが好きなの」

 怪訝そうな視線には目もくれず一口紅茶を口に含む。ちらりと横を伺うが、彼女は目の前の紅茶には興味がないようで湯気だけが動いていた。


 浅野には二面性がある。勿論誰しも裏表というものは持っていて、それは当たり前のことであるのだが彼女の場合は少し特殊なのである。

 通常人間の二面性を仮面で例えるのなら、彼女の場合全身肌色のタイツを着ているようなもので、その上から制服だの装飾をつけてしまっていると想像すればいかにその擬態が自然なものかわかってもらえるのではないだろうか。

「みっこ」

「ん」

 しばらく次の言葉を待つも一向に返事は返ってこない。痺れを切らしゆっくりと浅野の方を見ると逆光のためよく顔が見えないが、多分笑っていたと思う。

「……眩しい」

 私はそれ以外何を言えばいいのか分からず結局すぐに目をそらしてしまった。きっといつもの彼女のきまぐれだろう。

 結局その後彼女が口を開くことなく、鍵は相変わらず私が預かることとなった。









 つぼみを付けた紫陽花がまるでカラスの鳴き声に同調するかのように小さく揺れていた。

 












五月二十四日(火)


 私は少し学校から距離があるところに住んでいる為毎日バス通学している。

バスから降りると朝らしくない強い日差しが差し込む。思わず手で視界を確保して前を歩いていたが、しばらく歩いた先にこちらを向いて立ち止まっている足が見えた。 

 ちょっとした好奇心からゆっくりと手をずらすとそこには同じ部活の、主がいた。

 ただ何も言わずこちらを見ている様子が熱気による陽炎とあいまって、まるで幽霊かのように見えたが不思議と恐怖は感じない。まあ、よく見知った顔ということもあるのだが。

 お互いにほんの一瞬向かい合っていたが先に動いたのは向こうだった。

 主は私に近づいてくると黙ってこっちに向かって手を伸ばしてきた。そんな突然の行動に私は彼が何を要求しているのかわからず、主の顔と手をしばらく見比べる。

 そんな私を見かねたのか主は、顎を少し上にあげて「鍵」と一言呟やき偉そうに手を再度向けてきた。

 ようやく自分が鍵を所持していることを思い出して慌てて鞄の中から部室の鍵を取り出し、渡した。

 鍵を受け取った彼は何も言わず背を向け立ち去っていった。その背をなんとなく見送りながらどうも腑に落ちない気持ちに悶々としていた時、後ろから肩を叩かれる。

 軽快に挨拶してきたのはクラスの友人だった。

「おっ、なんだ? ついに例の主さんと仲良くなれたの?」

「今のをどうみたら仲良さげに見えるの」

「いやぁ、みっこからの情報だとどうも主が同じ学生とは思えなくてさ。ああやってちゃんと人とコミュニケーションとるのな!」

 彼とうまくコミュニケーションをとれていた気がしないがとりあえず頷いておいた。 

 今話している彼女はクラスの中では多分一番よく話す子。多少頭が足りていない感はあるものの、裏表を感じさせない明るい性格で自分的には一番話しやすい子である。

 だが今は朝なのでそこでずっと立ち話をしている訳にもいかず、ゆっくりと足を学校に向かわせながら会話を続ける。

「というかあんたも一応部員なんだから、ちょっとくらい部室来なよ」

「幽霊ね、幽霊部員。本職はバドミントンです故にー。というか、何部なんだっけ」

 こいつの記憶力どうなってんだ。確かに部の存続のために名前だけ借りただけだから印象が薄いのは、まあ仕方ないことか。

 黙った私から何かしらの圧力を感じたのか大げさに思い出す振りをしだす。

「あれだよね、植物愛好会的な」

「惜しい、植物研究愛好会」

 そう言うと頬を膨らませ拗ねたような素振りを見せる。

「長いよ、馬鹿」

「あんたに馬鹿と言われる日がくるとは思わなかった。……想像してみなよ、あの主がただ私みたいに花を単純に愛でてそうにみえる?」

「いや思わないけど、もしかしたら外ではああだけど中に入ると例えばものすごくにこやかで穏やかなだったりとか、こう、性格ががらりと変わってる可能性も!」

 それは浅野ね、と口が滑りそうになるのを寸前で止めた。別に口封じされているわけではないのだが、浅野と私とで天秤にかけたら当然信頼を勝ち取るのは浅野だ。

 適当に流して別の話題にすり替えることにした。

 

 実際のところ私は二人のことをよく知らない。主はまあ置いといて浅野の場合特別仲がいいから向こうもああやって素でいてくれるとか、そんな理由もなく気が付いたら浅野は部室では自然と口も態度も悪くなって年相応の面倒臭さがみえるようになっていた、というくらいの認識なのだ。

 そもそも今の部活へ加入したのも少し遅れてだったのであの二人と関わるようになってまだ一年経っていないくらいだ。それ以前に他人の考えていることなんてわかるわけない。

 というよりもむしろ、あの二人だけでどうやって部活が成り立っていたのか全く想像できないほどお互い話している様子はない。元々部活の活動自体が個人作業なので分からなくもないが。

 ちょっとした疑問が頭に浮かびながら友人と話しているうちに学校についたらしい。  

 すると友人は少し大股で私の前を行くと振り返って

「あ、私ちょっと用事があるからみっこ先に行っててー」

 と明るい調子で言ってきた。

「はいよ」

 私の返事を聞くと友人が後ろを向きながらへらへらと笑って小走りで駆けていった。

「後ろ向いてたら危ないでしょ」

 ぼそりと独り言を言うとなんだか友人の姿に思わず自分もつられて笑ってしまった。

 








 閑散とした色味の薄い周りの風景とは裏腹に紫陽花は少し開き始めており、クリーム色の花弁が主張しだしていた。

 
















 五月二十五日(水)


「時にみっこ」

 放課後いつもの通り部室で活動していると急に浅野が立ち上がり私に呼びかけてきた。

 この狭い部室で自分の存在を目一杯強調しようとしているかのように浅野は大きく仰け反って私のちょうど横で仁王立ちをする。

 どことなく関わったら面倒臭そうな臭いがして目を合わせないようにしたが、逃がすまいと頭を掴まれる。単純に痛い。そしてそのまま何事もなかったかのように話始める辺りが流石浅野さんである。

「みっこも思っているだろうけど、この部活には活気が足りないの。情熱の汗、青春の輝きがまるで消失しているのよ」

 声には出さなかったが、私はそんなこと微塵も思っていない。

「せっかくの花の女子高生がこんな薄暗いところで生存してていいというのか? 否、もっと私たちは外へと羽ばたくべきなの。青年期における多感な今だからこそなすべきことがあるのではないか!」

「つまりあまりにも部活の活動内容が希薄すぎるため顧問の先生から忠告が来たってわけですか」

「理解が早くて助かるわ」

 毎回何かあるごとに活き活きと芝居がかった回りくどい演説してくるが、いちいちそれを解読するこっちの身にもなってほしい。

「といってもまだ何をするか決まってないのよねー」

 現在の活動内容は月一で自分の担当している植物についての小レポートを作成するくらいしかやっていないので本当に野外活動というものがない。なのでまともに部費は貰えないし顧問も全くこちらに来ないに等しいという待遇である。でも顧問の先生自体は植物に関してそこそこ明るい人なので不満はないが。

「とりあえず外に出ればいいんでしょ。 野外観察と称して皆でこの周辺を散策すればいいんじゃない?」

「あ、みっこさんいいじゃん、それ」

 この後特にほかに案がでることも無く適当に言った私の案が採用されてしまった。 

 今度の土曜に学校周辺の植物の生態について調査し、それをまとめるのだが、ようは小学生でもやる『植物版探検マップ』を高校生が作ろうということだ。

 散歩は好きだしこの時期なら学校の近くにある紫陽花通りも咲き始めているだろうから不満はない。だが、このレベルの活動内容を顧問に言って、これを『野外活動』だと納得させられるのだろうか。

 しかしそこらへんは浅野が得意の話術で適当に言いくるめ、顧問からの了承は簡単に得られたようだ。密かに不安要因であった主もどうやら参加するらしくほっと息を漏らす。









 紫陽花は咲き渋っているかのようにまだそこまで変化はない。お供えもののすあまのピンクがまるで紫陽花の色を先取りしているかのように灰色の中に色を灯していた。






















 五月二十八日(土)


 早く終わらせたほうがいいだろうという浅野の意見により現在の時刻は午前九時。バスの関係により私は予定よりも二十分早めについてしまったが、まだ人はきていないだろう。

 そう思った矢先に、校門前の日陰を探そうと辺りを見渡したら主の姿を捉えた。

 もう来ていた事にも吃驚したが、彼の私服姿を初めて見たので、制服姿ではないラフな格好に一瞬誰だか判別出来なかった。

 向こうもこちらに気付いたらしく一度だけ視線を向けてきたが、特に言葉は無く、顔を背けられる。そんな様子を見て躊躇はしたが浅野が来るまでの間主とのコミュニケーションを計ることにした。

「来るの早いね。いつもなにで学校来てるの?」

 だが全く反応は無い。不審に思い主をよく見るとイヤホンしてたことに今更気付いた。確認しなかった私も悪いとわかっているのだが、この主とまともな会話をしてみようとした数分前の私の勇気に対してなんだか謝って欲しい気にすらなってくる。

 まあ二十分くらいあっという間だろう。自分の携帯で何かゲームをやろうとした時いきなり主はイヤホンを取り唐突に話しかけてきた。

「紫陽花に毒があることは知っているか」

「はい?」

 声をかけられるとは全く思っていなかった私は何を問いかけられたかすら聞き取ることが出来なく、頭上にはきっと漫画のごとくビックリはてなマークが浮かんでいたことだろう。

 そんな私の様子なんて気にも留めず彼は話続ける。

「青酸配糖体やアルカロイドを含んでおり、青酸配糖体は青梅にも含まれてる」

「あ、生の青梅は食べるなってのは聞いたことある」

「そう、よく知ってたな」

 今若干馬鹿にされた気がしたがとりあえず聞き流しておく。

「でも毒っていっても微量でしょ? 特に危惧するほどでもないと思うけど」

 私の問いかけを受け、主は口を片手で覆い少しの間悩みだした。実を言うと化学は苦手なのでそんな真剣に質問したわけではなかったんだけど。

 主は頭の中の整理が終わったのか手を顔から離した。

「青酸配糖体は胃の中の酵素との化学反応によってシアン化水素、別名青酸ガスが発生する。青酸って有名な毒あるだろ? 思いっきりざっくり言うと青酸の元が生梅や紫陽花の中に入ってるってことだ。青酸カリの致死量は三百㎎。これっぽっちで成人男性が死ぬんだぜ」

 多分わかりやすいようにまとめてくれたんだろうなと思うが化学反応という単語が聞こえた時点で耳からの信号は途絶えたらしく、後半化学の先生が頭に浮かんできただけだった。

「へぇ、でもなんでいきなり紫陽花について?」

「そこの紫陽花通り行くだろ。それで」

 理由を聞いて納得はしたが、それにしても話の脈絡とかは考えないで突然言い出すってところが素晴らしいと思う。

 どちらにせよこの話題をこれ以上掘り下げられることが回避できたことにほっとする。

 するとちょうどそこに自転車で浅野が現れた。

「ごめん、少し遅れちゃった。でも二人で仲良くしてたようで良かったわ」

 急いできたのか少しだけ汗ばんだ顔で爽やかに笑った。

 仲良くというところを訂正したかったがもう面倒なのでスルーして本来の目的である散策を開始することにした。




***




 この周辺は主に住宅街な為、野生の植物がメインというよりは街路樹やそこに植えてある花について見ていくことにした。

 学校から出るとすぐに銀杏の並木通りに出る。秋になると地面いっぱいに黄色の落ち葉で埋め尽くされ圧巻なのだが今は五月なのでさすがに葉は青々としている。

 その下には紫陽花が植わっており地元ではここの通りを紫陽花通りと呼んでいる。

「綺麗ね」

 浅野が小さく漏らす。

「まだ満開とまではいかないけどね」

「私ね、この咲きそうで咲かない時期の花が一番好きなの。花開こうと力を振り絞って、色を集めて、自身を変化させていく様子がまるで私達のようじゃない?」

「ふぅん、あなたってそんなロマンチストだったっけ?」

 少し嫌味ったらしく言ったつもりだったが浅野はそんな私の言動なんて意に介さず咲きかけの紫陽花に微笑みかける。

 楽しそうにどんどん歩いてゆく浅野を見ながらさっきの主の言っていた紫陽花についての毒性が頭にちらつく。全く、お陰で純粋に花が楽しめないじゃないか。


 ちらりと後ろを見ると庭先に植えてある少し枯れかけのジキタリスを熱心に眺めている主がいた。少しは花自体に興味があるのかもしれない、そう期待を込めて話しかけることにした。

「ジキタリス、もう終わりだよね」

「葉が枯れていなければ問題はない」

「……もしかして、この花も毒あるの?」

「ああ、有名な有毒植物だ」

 ですよね。想像が付いていた回答だが少し落胆する。

 彼はいつもは無口で無表情だが植物の成分の話になると無表情ながらもどこか活き活きと喋りだすから、確かに植物のことは好きなんだろう。けれども、やはり私とは花の楽しみ方は違うようだ。

「大体全草に毒はあるがジキタリスは特に葉に成分が多いからな。大抵植物はアルカロイドが多いが強心配糖体もそこそこあって、このジキタリスもそう。心臓薬として有名ではあるが、まさに薬もすぎれば毒になるってやつか」

 ジキタリスは高さが一m前後で分枝しない全体的に垂直な花。花が長い筒状という独特な形状が美しいため観賞用としてよく好まれる。

「日本では別名狐の手袋と呼ばれているが、西洋では魔女の指抜きだなんて呼ばれていた地域があったなんて。それっぽくて俺はこの花好きだ」

「……なんで、そんなに知ってるの?」

 率直な質問だった。すると主は不思議そうにこちらを見た。

「そんなの興味があるからに決まっているからだろう」

 確かに植物の研究の方をメインにおいて活動しているから、植物についての詳しい知識を持っていてもそこまで特異なことではないのかもしれない。

 ただ、人を殺める方面の話を意気揚揚と語る姿にどことなく不気味さを感じてしまった私がいけないのだろう。


 そのあとは特に記述するほどのことは起きず、普通に周辺を一回りをして各自の担当を決めてそれぞれの課題とした。









 ようやく梅雨前線が日本にもやってきたようで最近は雨か曇りの日が増えてきた気がする。おかげで道中の山道がぬかるんで歩きにくくてかなわない。視界が少しひらけると紫陽花の葉が見える。よく見ると花弁はほんのり赤く染まり始めてきた。


















 六月二日(木)


 この前の散策レポートを終えた私達はまたいつも通り静かな部室で思い思いに活動をしている。主は本を読んで、私と浅野はそれぞれ別の植物の世話と観察を続ける。部室には適度な外の雑音とページをめくる音だけが響く。

「あ」

 と呟いて主は本を閉じる。どうやら外に用事が出来たようで静かに部室を出ていった。

 それと同時に浅野が口を開いた。

「私、紅茶飲みたいな」

 珍しいこともあるもんだ。浅野は好んで紅茶を飲もうとしないため毎度私が入れるお茶にはほとんど手を付けないというのに。

 リクエストを受けダージリンを手際よく入れる。ああ、やっと浅野に飲ませることができるんだ。

 私の親が紅茶関係の仕事をやっている影響で昔から紅茶を淹れることに関しては少し自信があるため、人に自分が淹れた紅茶を飲ませることが半ば趣味となってきている。浅野が紅茶を飲まないということは入部して初めの一か月でわかっていたがなんとなく一人分だけを淹れるというのに抵抗があり、いつも二人分淹れていたがそれがようやく報われるときがきたようだ。

「ん、ありがとう」

 カップを目の前に置くと笑顔で礼も言うもまだ口は付けないようだ。今回もただ湯気を追うだけになるのだろうか。

「ねぇ、みっこ。こんな話は知ってる? 桜の木の下には死体が埋まってる、って」

「……あー、うん。まぁ、よく聞く話だよね」

 椅子に体重を預けて背を伸ばしながら答える。

「死体の血を吸ってるから赤いんだーって、今の私たちが聞いてもなんだか実感が沸かないわよねぇ。……じゃあさ、紫陽花と死体の話は知ってる?」

 さぁ、と適当に相槌を打つと、彼女は満足そうに微笑んで意気揚々と語りだす。

「紫陽花は、ほら土壌で色が変わる植物でしょう。酸性の土壌なら青、中性やアルカリ性なら赤って具合に。でもね、例外があるのよ」

 そこで勿体ぶるように間をとる。この人は何かと演出を入れて話たがるけど、そんなことどうでもいいから、とっとと話を進めてくれないものかな。

「そう、紫陽花の下に死体が埋まっていると、その花は赤く染まるの」

「それも桜と同じような比喩表現か何か?」

「違う違う、これは本当。死体からリン酸が溶け出して、それが赤くするんだってさ」

「なんだ、血は関係ないの」

 それを聞いて浅野はけらけら笑う。私は笑われたことに少し膨れる。

「なに」

「いやぁ、だって」

 結局その言葉の続きは無く、理由は教えてはくれなかった。


「みっこはなんでこの部活にはいったんだっけ?」

 紅茶が入っているカップのふちを人差し指でなぞりながら聞いてきた。

「前言わなかったっけ? 早々に部活で足を痛めてもう復帰が出来ないからこの部活に入ったって」

「こんな廃部寸前の部活になんで?」

「どうせなら好きな植物と関わりたいからだって」

 あの私の嫌いな目でにこやかにこちらへ質問を投げかけてくる。

「別にここじゃなくても良かったんじゃないかなぁ。この学校にはフラワーアレンジメント部だってあるわけだし。みっこの花の愛で方的にはそっちの方が魅力的に感じるけど?」

「一体何が言いたいの? 今更になって私を追い出したいわけ?」

 段々と尋問を受けている気分になって沸々と苛立ちが湧き上がってきた。駄目だな、自分を制するために紅茶を一口飲んで気分を落ち着かせることにした。

「あぁ、ごめんって。そういうわけじゃないのよ。つまり、あなたが入ってきた理由に実は私が関係しているんじゃないかなと思って」

 想定外の回答に思わず次の言葉が出なかった。

「……浅野って自意識過剰って言われない?」

「やっぱりそうなるよねぇ」

 ああ、これだよ。このまるで私を見透かしているかのような視線と笑顔が心底気持ち悪い。

「でもまあ」

 そこで区切るとこちらに顔を近づけて見つめてくる。その視線から少しでも逃れようと後ろに椅子を動かそうとするも浅野に阻止された。きっと私の行動が何もかも想像通りなのだろう、口の端をあげて楽しそうに首をかしげやがった。

「私はみっこのこと気に入っているよ」

「私は嫌いだ」

「知ってる」

 本当に楽しそうにそう即答し紅茶をやっとゆっくりと口に含む。浅野に捕まっていた時間はほんの数秒だったはずなのに彼女が紅茶を飲むために距離が空いた瞬間ひどく安堵した。

「そうだ、浅野に渡したいものがあって」

 机に置いていた鞄の中から資料を取り出そうとしたその時、私の肘が誤ってカップに当たってしまい浅野にかかってしまった。

「熱っ」

 まだそこまで冷えていない紅茶の温度の高さに彼女は顔をしかめる。

しかも被害は意外にも大きかったようで腹部辺りとスカートにもろかかってしまったらしい。

「ごめん、すぐに洗わないとシミが」

「あー、うん、着替える」

 苦笑いをしながら制服を冷ますためにパタパタと持ち上げる。そんな浅野に急いで自分の体操服を渡し、かかった部分を寄越すように急かす。ここにも流しはあるが、家庭科室の方が洗剤系もあるだろうし広さの面でも都合がいい。着替えてる浅野の安全面を考えて部屋に鍵をかけて行こうと思い急いで鍵を探す。だがどうも見当たらない。

「……あ、鍵持って行っちゃったんだ」 

 どうやら主はいつもの癖なのか鍵をそのまま持ち出してしまったようで、部室は中から鍵をかけてもらうことにした。

「んじゃ、ちょっと洗ってくるね」

「そんなに頑張ってしみ抜きしなくてもいいからね。どうせもう使わないし」

 そんなわけにもいかないだろうと苦笑しながら部屋を出る。ガチャリと鍵のかかる音を確認すると私は急いで別館の家庭科室を目指す。確かに今はもう衣替えの時期だから冬服は必要ないだろうが大切な制服だ。

 私たちの部室は本館から少し離れたところの部室棟にあるため向かう途中に体育館そばを通りすぎる。

 今はもう放課後なので運動部のにぎやかな声が漏れ出している。そんな運動部の掛け声を聞きながらそのまま通り過ぎようとした時、ふとその体育館の入り口に主の姿が見えたことに驚いて思わず立ち止まってしまった。

 しかも何やら話しているらしく、普段私の知っている主とはあまりにも似合わない光景だ。ちょうど話が終わったのかこちらのほうに向かって歩いてきた。恐らく部室へと戻るのであろう。

「あ、今浅野着替え中だから入るのは時間ずらしてね」

「ん」

 小さくうなずく素振りを見せると私の横を通り過ぎていった。私も浅野の制服を手に歩き始める。

 

 制服を濡らして帰ってきた私を待っていたのは部室前に見えた、普段では有り得ないほどの人の頭と運び出される浅野の姿だった。
















 ようやく、紫陽花は綺麗な赤紫へと染まった。










 後編へ続く

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