第一話 入学おめでとう
「生徒諸君、見事過酷な試験をクリアーして本校に入学する資格を手に入れた事を教師一同祝福致します。これからは本校、西田川ブレイカー高等育成学校の生徒として恥じない学校生活を送り、人類の敵である異形との戦闘で命を失わないよう、訓練に励んでください」
西田川ブレイカー高等育成学校の体育館にて、入学式は教師達の代表の中年の男性によって淡々と滞り無く進められていた。
生徒達の中には長い話を真面目に聞いている生徒も居れば、座って眠っている生徒や、隣の友達と話しかけているような生徒達も居た。だが、それを決して咎めるような教師は居なかった。
「話がなげぇなぁ……」
左目まで伸びた艶のある漆黒の髪をした、黄色い瞳が特徴的なスーツを着崩している少年、月守火影はそう気怠げにぼやきながらも、肩肘をついて一応教師の話を聞いていた。彼がこの学校へ入学したのは人類である異形を倒す事、それとブレイカーにだけ渡される機械や兵器を実際に見て、化け物相手に使ってみたいという欲求からだ。
そんな戦闘狂であり、技巧士としての機械等の知的探究心に情熱を傾けている彼にとって身にもならないこの行事は億劫で仕方が無かった。
「仕方ないだろう、一応学校の形式だしな」
そんな火影の右隣に座っている、海よりも深い青い色をした髪に、髪色と同じ瞳をしたメガネを掛けた少年影山氷河はじっと前を見据えながら足を組んで火影に言う。彼は五年もの間、ずっと火影と付き合っており、今でも変わらず彼の相棒&彼が暴走した時用のストッパーとして日々火影と過ごしている。彼がこの学校へ入学した理由は火影が入るのも一つあるのだが、一度異形絡みで苦い体験をし、それ以降強い人間にならねばと思ってここへやって来た。
「いやぁ、でもさぁ、普通の学校じゃねぇんだからもう入学式とかすっとばしてさっさとちゃっちゃとデバイスを配ってくれても良さそうなもんだけど」
「黙って聞きなさいよ…… ったく、気持ちは分からなくも無いけど、ぐちぐち文句言っても終わったりなんかしないんだから、頭の中で素数でも数えて暇つぶしでもしたら?」
火影の左隣に座っていた、彼と同じく艶のある長い黒髪をツインテールにした黒服によって白い肌が映えている闇夜に輝く満月のような黄色い猫のようなつり目の少女、月守弥生は彼の文句に耐えられなかったのか、兄の火影をそう叱りつけると憮然としながら再び前の方へ顔を向けた。
彼女は月守火影の実の妹であり、年は火影よりも二歳ぐらい下である。そんな若い少女である彼女が何故この学校へ来たというと、火影を氷河だけにしておけないっという、何かとだらしなく、頼りない兄を近くで守るっという意識。それと、火影と自分の両親を殺した異形を倒す為だ。
これ以上、自分達と同じ体験を他の人達に味わわせたくない、そんな正義感を持ってブレイカーになる為に彼女は兄と同時期に半ば強引にこの学校へ入学した。
「弥生ちゃん、手厳しいっす。仕方ねぇ、寝るか」
一応、弥生の兄だから彼女と同じ両親を失っている筈なのだが、生真面目で正義感に燃える彼女とは違い、一切復讐等考えていないような態度で彼は怠そうに言うと、両手を頭の後ろに組んでからゆったりとした姿勢で座り、そのまま天井を眺めるようなポーズで目を閉じる。
すると、すぐに睡魔が彼の下にやってきて、火影は今までの事を頭で振り返りながら意識をそのまま夢の国へ旅立たせた。
一人一人の思いを乗せた、三年という短い期間の学校生活がこうして始まる。
入学式が終わり、弥生の(殴り)目覚ましによって目を覚ました火影は、先生達に指示されたメンテナンス室と呼ばれる武器やデバイス等の修理等を行う場所へやって来た。
その理由は、火影が待ちに待っていたデバイスの配給場所だからだ。
「ようやくデバイスの配給か、へっへっへ、分解したらどんな構造をしているんだろうな」
「人からの貰い物を速攻で分解しようと考えるのは多分、貴方だけね」
「だって、人の生体情報とか弾薬数とかその他モロモロが計算されて情報として画面上で分かりやすく視認出来るようにされているなんてどんな機巧をしているかめっちゃ気になるじゃん! 技巧士見習いとしては垂涎ものだぜ」
彼はそう熱弁しながら本当にヨダレを垂らしていると、弥生は彼から距離を話してドン引きする。
すると、彼女の代わりに氷河が火影に、
「飢えた野獣のような真似をしなくて良いからサッサと貰いに行くぞ、この阿呆」
っと、無慈悲に言うが、火影は気にせず「喜んで!」っと嬉々として答えて走って配給を受けに行った。
それから少しして。
「これが、デバイス…… あの、これって鉄で出来てるの? 何だか重いわね」
受け取った腕輪型のPCみたいに画面の部分を開いたり閉じたり出来るデバイスを左腕に装着し、その重さに少しぼやく。
「そのぐらい色々部品とかを詰めてるのさ、まあ、ぶっちゃけるとプロトタイプっていうのが一番大きいだろうけど。まあ、ともかく早速起動してみようぜ!」
「へえ、これでプロトタイプなのね。なら都会だと軽いんだ。いいなぁ」
弥生が都会のブレイカーにうらやましく思っている中、火影は彼女を無視して、嬉々としてデバイスを開くや起動ボタンを押す。
すると画面上で何かのインストールを表示し、インストールが終わると画面にwelcome!っという文字が現れ、それから様々なアプリみたいなものが画面に表示された。
「ほう、スマホみたいな感じだな」
「ステータスにアイテム、それに武器ステ、おまけに音楽アプリやらもあるぜ。何だかゲームっぽくて面白いな!」
「ステータスっという事は自分達の能力値の事かしら? 身体能力?」
「そういえばブレイカーと異形にはレベルとかあったよな、確か試験が始まる前に、試験官が試験の結果でステータスが決定されるとか何とか言ってたぜ」
「へえ、どんな結果になるか楽しみね」
火影は早速ステータスと呼ばれるアプリを起動し、簡易化されてまるでゲームのようなステータス表っぽい、自分の身体能力を記されている情報を読んだ。
月守火影
レベル10
体力 7
霊力 5
知力 5
腕力 10
敏捷 8
その表を見た時、火影は自分のレベルが既に二桁行った事にガッツポーズを取り、それから胸を張って威張った。
「ハッハッハ! 流石俺だな! もしかしたらブレイカーの才能あるんじゃねーの?」
「それにしては知能が平凡だがな」
「それは言わない約束だ、相棒」
氷河が彼の一番低い知能を指摘すると、火影は意気消沈する。
しかし、弥生がじっとステータス表を眺めているのにすぐさま興味を移して、彼女に近づいて隣で弥生のステータスを覗いた。
月守弥生
レベル8
体力 5
霊力 8
知力 7
腕力 7
敏捷 6
「体力が低いわね…… 試験の時、一体どこを見てそう判断したのかしら? 霊力が案外高いし……」
弥生はもう少し自分には体力があるっと思っていたのか、若干不満そうに口を尖らせる。
霊力と呼ばれるステータスはいわば霊感みたいなもので敵がどこに居るかの察知能力や、何かしらの魔法じみた超能力を使う際の能力らしい。
「霊力が高いって良いじゃないか、もしかしたら魔法を使える楽しさがあるじゃん! 俺なんてレベル二桁で知力が5だぜ?」
「割と合ってるじゃないの」
火影が弥生を慰めようと自身をジョークにするも、弥生はそんな彼の慰めをいとも容易く反撃で返した。
彼は再び意気消沈。
項垂れて彼女から離れると次に氷河の場所へ行き、先程の意気消沈はどこへやら、彼の肩を組んでから氷河のデバイスを覗いた。もしかしたら彼は全く気にしていないのかもしれない。
「よう、相棒はどんな数値なんだ?」
「微妙だ」
影山氷河
レベル10
体力 7
霊力 5
知力 10
腕力 7
敏捷 6
「まあ、こうなる事は予想出来ていた」
「割と俺も」
彼はそう淡々と答えると、デバイスを閉じる。
火影は彼の肩に組んでいた右腕を離す。それから弥生の所へ再び戻って、彼女にそろそろ教室へ行こうっと提案し、その場を後にしたのだった。
教室。
椅子と机が均等に並べられている普段中学校や小学校と同じ感じのこの部屋に、火影達三人を入れたデバイスを受け取っている生徒達がワラワラ居た。
彼らは互いに友達と話したりする生徒達も居れば、椅子にボーッと座っている生徒達や等様々な学生が集まっている。
火影は丁度、三人分空いている席があったので、その場所へと座る。
「ラッキー! 丁度三人同じ席があるだなんてな」
「別に席が決められているってわけじゃないからなるべくしてなったわけよ、あたしは別に他の席があったらそこに座るし!」
「ほーう?」
「本当よ! だってほら…… あ、本当に無い」
弥生が少し驚いてそう呟いたように、彼らが先程座っていた三つの席以外空きは無かった。
それに対して、火影は「まあ、偶然だろ」っと答える。
「俺はあまり偶然っという文字は好きじゃ無いがな」
「あと幸運っという文字もだろ? 物事は計算やらで出来ているわけじゃないから、別に良いとは思うがなー」
「お前の言いたい事は良く分かる。だから不測の事態をいつも想定しているさ」
「うへ、相変わらず頭が硬い」
「お前よりかは柔らかい」
「上手い切り返しどうもありがとう、どちくしょう」
氷河の皮肉に、火影も皮肉で返す。
弥生はそんな二人のやり取りを見て、「本当に真逆な性格」よねっと心の中で呟く。
火影は感情的に動いたり喜怒哀楽がハッキリしているが氷河は全く逆で、彼は理論的に動き、なおかつあまり表情に変化が無い為、正直この二人…… っというより、火影が彼を「相棒」っと慕うのは不思議だ。
弥生は良く二人と行動を共にしているが、いつもそこだけ疑問に思っていた。
そんなこんなで時間が進み、教室内に生徒では無い一人の教師が扉を開けて部屋の中に入ってきた。
柔和な笑顔が似合いそうなスーツを着たほんの少し白髪の混じっている黒髪の青年だ。
彼は一度生徒達を見た後、ニッコリと笑い、それから会釈をする。
「皆様、厳しい試験を乗り越えて入学おめでとうございます。今日から君達の教師になる玄山真司です、これから一年間よろしくお願いいたしますね」
彼はそう自己紹介をして微笑む。
そんな玄山の笑顔に、少しだけ生徒達(主に女性陣)の囁き声が聞こえ始めた。
「とんだキザ野郎が来たわねー」
「弥生ちゃんは嬉しくないのか? 他の女の子は皆喜んでるっぽいが」
「正直嫌いだわ、何考えてるか分からないし女々しい輩が多いし」
「っという事は弥生ちゃんは俺みたいな男らしい漢が好きなんだな!」
「タイプで言えば、好きなのは氷河みたいな無口で冷静な男は好みね。えっ? 兄さん? 普通」
最愛の妹から真顔で普通っという答えを聞いた兄は複雑な気持ちで乾いた笑いをした。
嫌いっと言われればむしろ清々しいが、まさか普通っという感想が来るとどう反応すれば良いか全く分からないのだ。
嫌い…… では無いから喜べば良いのか、それとも好きでは無いから肩を落とせば良いのか……
まあ、取り敢えずポジティブに考えて前者で考えよう。
弥生は何だかんだで照れ屋さんだから、きっと好き?っという言葉を言えなかった。かといって、大好きな兄に「嫌い!」っとも言えるわけが無かったから比較的安全な選択、いわゆる中立である「普通」っという言葉を選んだのだろう。
火影はそう思うと、何だか嬉しい感じがし、満更でも無いようにニへニへ笑いながらしきりに頷く。
「あ、あんた…… どうしたの? 気持ち悪い」
そして、そんな彼を見て、若干彼から席を離してドン引きをする弥生だった。