第8話 軋む音
ツ~ンという鼻につくにおいが彼らの元にまで漂ってきた。
時は昼の入りに差しかかったころ、丁度形部とマグネが山を降り終えかけたころ、破砕音や燃焼音とともに彼らの頭にやってきた。そして同時にマグネ・アチョンは半ばあきらめ気味のため息を重苦しそうにはきだし、歩を速めながらボソボソと喋りだした。
「「ご心配ありません」、という言葉は余計ですよね。また、犯罪者の集団でも出たんでしょう。強盗か殺傷沙汰か或は強殺(強盗殺人)か何れかは此処からでは推し量れませんが、どうせ大差ないでしょう。この地の治安は現在、最悪といっても過言ではありませんからね。戻るのが億劫になります。
まあ、正直言ってこんな場所本来なら放置しても問題ない場所なんですけどね。ここは一年の3分の2近くを雪と氷に閉ざされるこの国の中でも随一の極寒地帯。夏季を迎えている今の時分はまだ寒気が和らいでいるからいいですけど、本来であれば人が住居を構えて生活するのには適していません。
この地域は私たちの国にとって半独立国、言わば公国や属国の様な関係なのだから本来であれば、私たちの様な公的な軍事機関が治安維持活動に意地吸うなぢ治外法権を行使する、云わば越権行為の様なもの、本来であれば相手国の許可の有無以前に明らかな国際法に規定されている世界国際連合会議規約に記載されている法治権保障(世界国際連合会議に独立国あるいは半独立国として登録されている国はその三権(立法権・司法権・行政権)行使を承認し、如何なる国家・民族・集団に置いてもこれを侵す行為を禁ずるという内容の規定)に抵触する違反行為で罰則対象になる立派な犯罪行為、本来であればここまでする利益は皆無を通り越して負。例えそれが今回の様な正当な理由のもとで世界国際連合会議で各国の同意を得られたとしても、外聞が悪すぎる。こういった場合今のご時世例え相手に非があったとしても、叩き潰した方が非難の対象になるんですから嫌になってしまいます。
まあそんなことを言っていられない理由がこの国にがあるので因果応報ですけどね。
さあ行きましょう。耐久性等を強化した特殊加工植物性樹脂が燃焼したときに出る硫黄酸化物や窒素酸化物の臭いがここまで漂ってきていることから考えてもそろそろ終わりでしょう。」
少女はそう言って淡々と歩を進めていった。
【閑話休題】
「そちらの様子を報告してください、エンマ小尉。残党の存在を確認できるか報告してください?。」
年も40に差し掛かった黒茶色の髪の壮年の男性が20代半ば程の青年に半ば確定気味な問いかけを投げかけた。その問いかけに反応した青年は声が聞こえようもない上空から疲れ切った様子で返事を返した。
「問題ありません。本隊はすべて潰せたようです。あとは周囲に潜伏している別動隊ですね。どうしますか。遊撃に何人か出しますか。」
「その必要はない。我々の任務は住民の保護が最優先だ。ここで下手に人数を分散させるのは得策ではない。それに犯罪者の摘発は我々の管轄外だ。そちらは今日中に到着する予定の巡回部隊に引き継げばいい。引き続き周囲の警戒に集中しろ。以上。」
人間に指示することに慣れきっている。そう感じさせる練達した風貌をもつ年配の軍人は淡々と幾度も口にした台詞を淡々と話した。しかし、その調子に異議を持ったのか、青年は不満げに唸り声をあげた。
「「必要はない。」、じゃありませんよ。ふざけるのも大概にしてください。これで何度めですか、不眠不休の徹夜勤務は!!。労法(労働関連法令群)は何処に行ったんですか。明らかに違法超過勤務ですよね。そこんところ解ってるんですか。それにそもそも、その摘発のために中央から派遣されてくるはずの巡回部隊が何時やってくるかもわからない状況なのに、最優先も何もあったもんじゃないでしょう!!?。違いますかチョイ部隊長!!」
青年、エンマ少尉は体裁を気にせず、肩で息する程に声を上げ、叫びながらなかば怒鳴り散らすように不平不満を通信機越しに自らの上司にぶつけた。
しかしその様子に壮年の男、チョイ部隊長は動揺する様子は欠片もなく、あくまでも冷静に言葉を並べた。
「一つずつ回答しよう。まず労働環境に関しては問題ない。我々軍属の人間は就職する際こういった劣悪な労働環境に置かれる可能性が在ることを前提していることを国から通達を受けて職務に就いている。君も軍役者になる時点で誓約書及び、これらのことを明記した労働契約書に君もサインを行っているはずだが。
次に巡回部隊の到着についてだが先刻入電があり、今日中に到着することは確実だ。それともう一つ言い忘れていたことがあるが、どうやら巡回部隊の本隊とは別動員が先に此方に着くことが知らせられている。よって警戒体制より準警戒体制に移行し、接近してくる人間が居ても相手の様子を観察・分析を行ってから対応すること。」
部隊長はただ淡々と当たり前の様に先程までと変わらない口調で指示を出した。実のところこういった不平不満は既に隊のあちこちから聞こえ始めている。やはり、内戦が続いた直後に休む間もなく連続過酷勤務体制が続いていたことが理由だと理解している。そして本人も時既に超過勤務の領域に差し掛かっており、このままだと労保局(労働保健衛生局)に彼らが訴えかねないこと等は十二分に理解している。しかし、肝心の駐在の交代要員を連れてくるはずの巡回部隊の到着が遅れているのだから仕方が無い。
しかしながら、巡回部隊が遅れるのも致し方が無い。
まず頭数がそろわないことが問題だろう。現在多人数が国境警備に動員されている。内戦の後に何故国境警備に人数を割かなければならないのかと考える素人はいるだろうが。他の国に対して何らかの不祥事を起こしたら、復旧支援だの経済支援だのを名目に入国許可を出さされ、工作員の類を国内に侵入されたりして、ようやく沈静化されてきたのにまたテロリズム等に走る人間を出されたりしたら元のもくあみだ。
それに、ついこの間まで国内でテロ行為に走っていた潜伏犯罪者の掃討摘発も終わっていない以上国内の警備に在る程度人数を割かなければならない以上、先日の内乱で発生した大量の戦死者、負傷者のせいで起きている人員不足を加味すれば、とてもではないが人手に余裕が在る部署など存在しない。なにせ、庫部《会計や物資の管理等を行う部署》や記部《機密文書や通信記録などの秘匿性の高い記録の管理を行う部署》、等の内勤組にまで過労で倒れる人間が続出しているというのだから、高い技能か、或はある程度の実績が求められるような役務につける人間など集まりようが無い。
それに、こんなこんな場所に赴く仕事にいきなり転属させされて、上手くやれる人間がどれだけいるだろうか。恐らくできない人間の数を総数から差っ引いたぐらい入ると容易に目算できる。別動員というのも、要するに件のトラブルで隊からはぐれた人間だろう。何というかその光景が容易に想像できる。今回の巡回部隊には等々禁じ手同様である事務畑の部署からの徴収が有ったという、いやな想像しか浮かばないのは私の気のせいではないだろう。
部隊長こと私、チョイ・アムンはよくたった二週間遅れ程度で済んだなと感心しているぐらいだ。
そして此方に向かう道中で何とも都合よくトラブルが起き続けて遅延報告の連続。偶然ではないだろう。まあ、巡回部隊といっても急造の寄せ集め部隊だからな。途中で何らかの不具合が起きる可能性は十分にあり得るし、それかトラブル名目にあちらこちらから人員を攫ってきているか、まあどちらもだろうなと彼は嘆息するのだった。