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下山中の思考

 ズザーという音が雪道をゆく二人の人間のそばで鈍い音を響かせた。降雪がやみ気温の上昇とともに太陽光熱によって暖められた雪が木の枝から雪崩れ落ちてきたのだ。


現在形部一行は雪山の斜面に張り付くように創られた雪道を形部が当初向かって移動していたタジロ地方にいくつか存在する少数民族自治区の一つリュクイ自治区にあるヤミケ村ユライ集落だ。


 因みにこの「タジロ」という名前の由来は高い、或は狭義的に高い場所という意味をあらわす「タージロー」という言葉から長音が抜けてできた名前で、昔の人間が周辺一帯で人間が生活するのも難しい高山地帯が連なるので高所地帯であるという意味で呼称していたものがそのまま正式名称になったという話が定説だ。


 他の地名の由来に関してもそこまで深い意味は無い。苦しい、耐えがたいという言葉である「ルクウイ」という言葉が訛って「リュクイ」。停滞や静止という意味の「ヤマテ」が訛って「ヤミケ」。暗いや陰湿といった意味の言葉である「ヤリャイ」という言葉が訛って「ユライ」という言葉がついたということを彼女、マグネ・アチョンの脳内情報を解析(トレース)して言語などと同じように情報として得たが本来はこんなことできはしない。


 そもそも霊的技能を用いてそんな簡単に人間の記憶や心理等を読み取れるようなら社会はとっくに崩壊している。そんなことが容易に行えるようなら尋問技術や修辞学等の技術が全てが無意味になってしまう。相手の心理状態を詳細に把握しようとしたら、専用の準備が施された特殊な環境下で彼が狼型の霊化生物に対して行った様に対象に念入りに補助術式を刻み込み、自分自身も補助術式を展開しながら展開補助具を用いて術式を長時間発動を持続しなければならない。それでも表層心理を読み取れるのが関の山で間違っても相手が現在思考していない深層心理に在る知識や記憶を読み取るのは不可能だ。それに一人の術者で全てを賄おうとすればどうやっても無理が出る。


 霊的技能をを用いての読心術に類する技術の実用性向上が難しくなるには複数の要素が起因してくる。


 一つめとして霊波障害(ノイズ)の問題が出てくるだろう。通常自然界では、自然発生する地磁気や雷等の電磁波によって無線の通信障害が生じるように、霊化元素の崩壊や発生、前項二つよりはるかに微弱ではあるが物質の化学・状態変化等によって無作為に霊波が生じる。基本的に霊的技能は工程(プロセス)等の違いはあれど、基本原理である霊力相互干渉に基づいてお子なられていることに変わりは無い。それが、霊波の共振作用(精神感応術等)か、或は、化元素を用いた伝動方式(蜘蛛の報せ等)等のいずれかであるかの違いが生じるだけで基本原理に大差が生じる訳ではない。そして、あくまでも霊力を用いた近くである以上、自然界で無作為に発生する霊的エネルギーの影響は当然受ける。


 正直な話、彼が学んでいた精神感応術はそこまで優れた技術ではなく、使用が容易で、汎用性や利便性が高いだけで、得られる情報の質は非常に大雑把なものしか手に入らない。それこそ何百ミーター以上の単位の距離を探知範囲に入れようとしたら、精々物の大雑把な大きさや形を把握するのが限界だし、その上無作為に霊波を発生・展開し続けなければならないので非常に燃費が悪い。正直言って、彼も錬丹術師の大家の人間としての、霊力貯蔵量の増加のための修練術や、効率的な霊力補給手段の製造等の技術の嗜みを持っていなければ、選択肢にも入れなかった程マイナーで、下火気味な技術なのだ。


 そして、ハッキリ言ってしまえば、精神感応術を専攻科目として選択する様な人間は、入学当初から選択することを決めていたような、「取って当たり前」の様な人間しか存在しない。


 しかし、それでも地味に特定の分野を進路とする人間には人気が高く、また単純に研究課題や専攻科目に選び本腰を入れる程の人間が少ないだけで、その汎用性と利便性の高さから習得している人間はかなりの人間いる。単純に片手間で覚える様な技術なのでそこまで熟達した能力を持った人間が少ないだけの話だ。


 しかし、原始的で大雑把な技術の分、霊波障害ノイズの障害を受けやすい。そして忘れてはいけないのは霊的技能を行使する場合必ずと言っていいほど霊子光や霊界(霊的次元)の乱れによる兆候が存在する。だからこそ大規模な技術であればある程、それを他者に認知されないようにするのは至難の業だ。だからこそ原始的すぎる精神感応術やそれと比肩する程単純なものでなければ相手に気取られずに霊術を行使することは不可能だ。高度な技術というものはそれに応じた繊細さやリスクが存在することを忘れてはいけない。


 二つ目として挙げられるのは人間の肉体の緻密性と流動性だ。そもそも人間の精神的な事象を観測するには人間の神経細胞の事象を観測しなければならないのだが、それらの規模(スケール)はは下手しなくても原子、素粒子といった高微小(ハイミクロ)レベルにまで縮小される。そして、理論上霊的技能を用いればそれらのそれらの事象を微細に解析することは可能だ。しかし、どんなに優れた霊能でもそれを行使するのが人間である以上必然的に限界が見えてくる。例えば、それこそ錬丹術師が行っている様な人間の能力そのものを底上げする様な事しなければ精神的事象を正確に解析することは不可能だ。


 そして彼の情動障害によって生じている余剰演算領域はこういったものを処理するためにも使用されている。


 そして当たり前の常識的知識だが人間、否、人間に限らず生物を構成している肉体は常に変化し、一つの状態にとどまることは死を迎えでもしない限り一度も無い。そして、その変化の質・種類・量ともに高巨大(ハイマクロ)レベルだ。それらの並列進行する議場・現象の渦の中で、神経細胞のの微小な現象を解析するというのもまた、難易度を跳ね上げている。


 上の主な理由のほかにも、それら術式を持続し続けることの難しさもあるし、生物の肉体が本来持つ霊的エネルギーに対する抵抗力大小など細かい問題を言い出せばきりがない。


 以上の複数の理由からもわかるが相手の思考・知識等の精神的事象を探知・解析(クラック&コピー)することは本来片手間で行うことではないし、その上準備も十分な設備・装備等が無い状況下で行うなど真っ当な霊術師であれば、言った人間の正気を疑う様な話だ。


 しかし、この世界は自分の見方をしてくれていると形部は考えている。


 何故なら彼が推測する限りこの世界は恐ろしく霊的エネルギーが安定している世界だと考えている。だからこそ霊化元素の持続時間が著しく長いのだろう。そしてそんな環境下では霊力波障害(ノイズ)が発生しにくい。それゆえ精神感応術の感度は飛躍的に上昇している。それで得られる情報の鮮明度は爆音が鳴り響く戦場から深山幽谷の山寺に来たかのように錯覚させるほど鮮明だ。


 そして何より、錬丹術師は人間という生き物の専門家だ。そんな彼らからずれば人間ほど相手しやすいものは無い。そして彼らは人間という生き物ほど怖いものは無いと考えている。どれだけ畜生、機械、微生物(バクテリア)等が危険であっても、人間にとって本当に怖いものは人間であると考えている。だからこそ、対人技術アンチヒューマンテクノロジーの開発は錬丹術師の本旨である「人類の進化」に並ぶ至上の命題の一つだ。だからこそ錬丹術師は陰で、より陰で生きてきた。何せ同族殺しの技術に邁進(まいしん)してきたのだからある意味当然だ。


 だからこそ彼は霊化生物より、人間を相手取ることを選択した。何より容易く、何よりも怖い相手が故に、恐れも逃げもしない。しても問題の後回しだとも考えているが故に。


 そして彼らは現在、地元住民がかつて使用していた(戦役に伴い危険地帯に指定され、廃棄された)参道を比較遅い速度(ペース)で下山し、巡行部隊との合流地点に向かっている。


 本来であれば、より迅速に下山する方法を彼は持ち合わせている。重力のベクトルを捜査して雪上を滑降することも可能だ。しかし、それはしない。理由は2つある。


 一つに自分の手札を見せたくないからだ。正直言って、自分の調理した肉(移動中に見つけた野生の(いたち)を〆、血抜きを施したもの)を必死に食らいつきながら、足早に歩を進めている少女を彼は信用していない。少なくとも虚言の類を用い、此方を謀ろうとしているわけではないことは判明している。しかし、彼は初見の人間のことは基本的に信用しない。


 これは、彼個人の気質によるものではなく、錬丹術師全体にみられる傾向で、流石に現代社会ではそんな風潮や習慣も薄れてきたが、彼の場合それが極端に発露しているだけだ。だから、彼は人の出した食事は余程信用できるものか、致し方ない場合を除き口にしない。


 二つ目は単純に形式的な問題だ。今回の場合、彼が巡回部隊の人間に発見・保護されたという内容が公式文書に記載されることになる。そして、彼が高速で移動する場合、必然的に彼女を抱え上げるか、背中に乗せるといった形をとることになるが、その場合どちらが保護したか判らない状況になってしまう。くだらない理由だが何時の時代、如何なる世界・場所でも様式美というのは一定の価値がある。


 ましてや、生物兵器との戦闘で本隊とはぐれてしまうという失態をおかした彼女の立場からすれば、軍人として少なからず持っている矜持と、個人的なプライドを加味すれば、自分に文字通り、おんぶにだっこ無状態になるなど提案したとしても却下することは目に見えている。


 彼には余計な争いの種を持ち出す主義は存在しない。


 しかしこの速度(ペース)だとしても到着するのにそこまで時間は要しない。もともとこの山道は地元の土着民の人間が利用するために作られたものなので集落から遠すぎる場所に作られれている訳ではないので、恐らくこのまま進んでも1時間はかからないだろうと彼は推測した。


 しかし、そんな考えは途中で中断されることになった。


 

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