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第5話 少女の交渉

 周りに明るみが増し、暁の気配が見受けられる。


 この周辺は高低差が大きく暑気が盛んなこの時期は水温が上昇した外海の方から湿った潮風が吹き、上昇気流に乗って海抜が4000ケルトを超える高山地帯で雪雲となり降雪をもたらす。しかし大抵は昼間の内に発生した湿気が日没が近づくとともに雪雲に変わり、夜明けととも気温の上昇によって雲散霧消してしまい、八つ刻を数えるころには完全にやむというパターンの繰り返しがこのあたりの高山地帯の今の気候だ。よって、暁が近づいてきていることは吹雪がやむのも近いということを表している。


 そして、彼女は頭の中で天候の回復が近づいてきていることに安堵の思いを持った。


 しかしそこで回想にふけり、会話を一方的に中断してしまっていたことに今更ながら気がついた。すると、自分の鼻に香ばしい臭いが漂ってきた。どうやら彼が何かの肉を火であぶっているようだ。しかも、二つに切り分けてある所から、自らの分も用意してあることがわかった。そして、臭いから察するに香辛料や穀醤の類を用いた少々豪華な調理をしているようだ。


 「すみません。私の分まで用意していただいて。」


 「いや構わないよ。君もさしあたって食べられるものが軍用携帯固形食糧(アーミーレーション)の類しか手持ちが無いんだろう。治療の際に君の身体検査をさせてもらったよ。だから君に意地の悪い問いを投げかけてしまったことを謝罪しよう。実は君が目覚めるころには所持していた軍役手帳からある程度素性に関しては理解していたんだ。」


 彼女の様子はその口調とは裏腹にあまり変化が無い。表情に乏しいたちなのかもしれない。それに今更になって気がついたが、私の傷が治癒している。だが、やはりその跡らしきものは残っている。しかし、ほぼ完治していると言っていい状態だ。私の記憶は逢魔ヶ刻の天候が崩れ始めたころで途切れている。ほぼ一晩で、致命傷といえたであろう無数の裂傷や火傷を感知させるなんて並の医術師では不可能だ。しかも、満足な設備も無い野外の状況(シチュエーション)でだ。ハッキリ言って合法的(まとも)な手段を用いたとは考えられない。恐らく薬物使用規制取締法ドラックレギュレーションに抵触する類の薬を一種ぐらいは用いたとみてもあながち間違いではないだろう。


 しかし、現行の医療行為の規制に関する法令では今回の様な非常事態下の状況での規制緩和等の特例が認められている。然して問題視されるとは思えない。いやまて、彼の人物が本当に法に抵触するような行為を行ったという確証すらないのにこんなことを考えるのは礼節に反する。どうやら、不幸にあったせいで思考が(マイナス)方面に傾いているようだ。気をつけなければ。


 「あの、連絡をとっても大丈夫でしょうか。貴方にも事情がおありなんですよね。」


 「ああ、構わないよ。私はもうすぐこの場を去るからね」


 彼は了承を告げると同時に此方の考えていることを見透かしているようなこと述べてきた。


 私が貴方を案内するように見せて拘束(保護)しようとしていたがわかっていたようだが、これはまだ想定の範囲内だ。ハッキリ言って、巡回行為を行っている役人があからさまに普通の人間ではないと判別できるような相手を放置しておくという選択肢を取る理由(わけ)がない。私が勧誘するような態度で自分のもとに置こうとするなど在る程度知力と思考力が存在する人間ならだれでも予想できることだ。


 ついでに言えば彼をこれで隊の元につれて行ける可能性はかなり減少したと考えていいだろう。何せこうもはっきり此方が仲間に連絡を取ろうとしながらそのうえで暗に「否」と答えてきたのだから。勿論強制的に連れてゆくなどは論外だ。私もまがりなりに軍人だ。相手の力量ぐらい体つきや身のこなし、風体などを見ればある程度察しがつく。それに、あの忌々しい狼まがいどもを理術に類する法で討伐したのであれば武装もある程度、いやその言い方はおかしいか。こんな危険地帯に赴いているのだからロクな装備も無い方が異常だ。そんなことするのは余程の愚か者か、自殺志望者だ。


私の様な自分と何の所縁もない、軍役者というただただ面倒くさいだけの赤の他人を救助したということは善人に類する類の人間のはず、どの道私の交渉技能など高が知れている。ここで半端に小知恵を回すなど意味は皆無、か…。


 「正直にお話しします。貴方に事情聴取を行いたいと思っています。本来であれば本隊までご同行していただきたいのですが、それも叶わないのでしょうか。」


 「その様子だと私の頭上について在る程度考察が出来上がっているようだね。興味本位だがよければ聞かせてもらっていいだろうか。」


 随分白々しい物言いを行うものだ。無表情でしかない筈のその容貌が皮肉気に嘲笑しているように見えるのは私の気のせいだろうか。話をすすめてくれるのであるならば私にとって不都合は無い。今は話の進行を優先しよう。


 「貴方はこの周辺の自治政府の虜囚かそれに類する立場の人間だったかたですよね。おそらく、自治政府治安機関に危険分子として投獄されていて、停戦とともに収監されていた場所から脱出したが、軍務省と警務省が合同で内戦に加担した人間の残党を捜索しているという話を聞き、元々自治政府に武官として所属していたので自分にも嫌疑がかけられる恐れがあると考え、隣国のヒャンメイ大公国に避難するつもりだったということでしょうか。」


 「しかし、それだと私が君を助けた理由の説明になっていないようにおもえるのだが。」


 「それは単純に貴方の善意でしょう。自治政府の行いに反感を持って反旗を翻すような人なら正義感もそれに見合ったものだと考えるべきです。ましてや私の様な子供が軍役者だと気づく人間の方が少数派ですから。」


 私の様な見た目だけは13~14歳程の義務教育を終えていないように見える…、いや、実際跳格(クラスジャンプ)制度使って軍務省の運営する士官大学を含めて何年も飛び越し進学をしているから実年齢も短命人種の成人年齢である21歳に満たないわけだけど、それでもこんな少女の様な小柄で貧相な外見の人間が前線に引っ張り出される様な人間だとは思わない筈。自分の低身長+幼児体型に感謝する時が来るとは思わなかったけれど。


 「まあ、そう思ってもらって構わないけど、しかし、君の場合見た目どうりの年齢ではないだろう。軍役者手帳に18歳と書かれていたよ。1年ごとの更新はどこも大して変わらないようだね。それで君は何か言いたそうだね。」


 まるで此方のことがわかっているような雰囲気を醸し出している。表情自体は先程と変わらないが身体全体で自分の感情を表現する技法を会得している。何とも器用な、そして勘の触る人だ。さっさと話を終わらせてしまおう。長く言いあいを続けていると精神衛生上よろしくないことが起きそうでいやになる。


 「貴方の保護を行いたいと私は考えています。私が所属する巡行部隊は先の一連の騒動で自治政府の弾圧の被害にあった人間の保護も行っています。貴方にご同行願いたいと思います。」


 何故これだけの文言を伝えるためだけにこんなに長ったらしく言いあいを続けなければならないんだ。自分自身にも責のある話なので、文句をつけるつもりはないが、本来折衝や交渉といった役回りは私の本分ではないのだから迅速にできないのは仕方ないとしても、やはり何とも腹立たしい話だ。


 「しかし、そうはいっても私は自分の身元を証明できる様なものは所持していなのだが、どうするんだい。私の様な人間が申しつけるのも何だが。不審人物を簡単に保護したりなんてしていいのかい。」


 何のわかり易い前置きも無しに、そちらから促してきたからといっていきなりこんな胡散臭い話を持ち出した時点で、そんなこと問題にしていないことはよくわかっているはずなのに忠告めいた言葉を添えて聞いてくるとは、やはりこのカズサという人物はとことん人の癇癪を掻き立てるのがお好みの様だ。しかしそれは言わないでおこう。只でさえ迂遠で無駄に長々しくなっている話が更に余計に長くなりそうで億劫になってくるから。


 「そんなことは此方は最初から問題にしていません。そもそも改善や中身の入れ替えという次元をすっ飛ばして完全にとり潰しという処理がなされ、本来であれば半分内政干渉になりかねない様な形でこの国の中央政府が自分のところの省庁の部隊を出ばらせている時点で元々あった自治政府に関する評価など地に落ちています。

 

 当然そんな信用するのに値しない組織が発行した身分証など見せられても此方が困ります。よって、貴女の様な人間を保護する場合決定権は現場の人間の委ねられています。そして、その現場の人間である私が問題ないと判断している時点で貴女を保護するのに何の支障もありません。貴方の同意が得られるのであれば、直ちにご案内します。どうしますか。」


 「それなら、案内願おうかな。どの道そのつもりで話を進めているんだろう。隠し話をするときはもう少し上手く言った方がいいよ。おっと、これは老婆心だったかな。失敬。」


 この人最初から私が脳波操作を使用して連絡を取っていたことに気付いていたのか。嫌味たらしい微笑を浮かべて、こちらの神経を逆なでするようなセリフを吐くなんて、本当に性格の悪質な人だ。正義感が強い人のはずなのに、犯罪者の相が見えてきたのは私の気のせいではないだろう。



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