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第四話 会話と回想

 ボォーーという燃料用油が燃えるような音が耳に入ってきた。徐々に意識が覚醒してくると、目の前に透明な質の良い氷でできた球状の天井が見えてきた。そこで私は初めて何処かに仰向けに横たわって寝ていたことに気付いた。私は上体を上げようと地面に手をつけると、そこには分厚い樹脂製の敷物が敷かれていた。


 「直ぐに起き上がらない方がいい。血が足りないからね。」


 起き上がると左奥に綺麗な人が座っていた。その人が言葉を発するとほぼ同時に、目の前が黒く染まり立ちくらみがした。そして同時に身体にも力が入らないことが否が応でも判った。なので私は言いつけどおり直ぐに横たわった。


 しかし、この人男性なのか女性なのかよくわからない。顔は美女と言って差し支えのないほどに整っている。しかし、女性にしてはやけに長身だ。恐らく180ケルトはあるだろう。ひょっとしたら185ケルト近くあるのではないだろうか。そして声は男性にしては高すぎる。女性にしてはハスキーだ。体つきは女性らしい丸みを帯びた体つきだが、よく見ると全身が均一に鍛えられ引き締まった肉体をしていて、しななやかな体躯をしている。それに口調や物腰からは男性的な印象を受ける。ぱっと見たときは顔の造形の優美さと、腰まで伸ばして一括りに纏めた髪型から女性だと思ったが、意外と男性なのかもしれない。


 「あの…、二言三言お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」


 しかし、私は彼の人物が女性なのか男性なのかについては自分も同類の様なものなので、聞くのは躊躇われた。それよりも今は何故、巡行部隊からはぐれ、神魔獣に追われていタ私が今こんな状況に在るのかを把握しなければならない。襲撃にあい森林に逃げ込み逃げ回っていたところまでは覚えているのだが、そのあとの記憶が曖昧だ。恐らく出血多量がたたっての記憶混濁だろう。


 「ああ、構わんよ。しかし、本当の名前は長く迂遠で覚えにくいものなので、私の名前は上総と呼んでくれ。それで、君の名前を聞いてもかまわないかね?。」


 やはり、口調からは男性的な印象を受ける。しかし本当の名前を話したくないのだろうか?。どちらにしてもかまわない。状況確認さえできればそれで十分だ。幸いにも通信機は無事だ。天候が好転すれば連絡をすることもそう難しくないだろう。


 「失礼しました。私の名前はタジロ地方特務巡行部隊所属マグネ・アチョン中尉と言います。失礼ですが、何故私が今このような状況に在るかの確認を行ってもよろしいでしょうか。」


 「ああ、それ自体は構わないが、素性もろくにわからないような相手に不用意に自らの情報を公開して問題ないのかね?。私が見たところ、君がそこまで頭が回らないような人間でもないと推定したのだが。」


 何だろうこの人。一体何したいのかがハッキリしない。このようなつい最近まで戦時下に在った地域に通行規制を無視して侵入してきているからには何かしら目的があってのことであることは疑う余地が無いことだ。それなのに私が現地視察と治安維持を目的としている巡行部隊の隊員であることは装備を見れば明白なはず、なのになぜ助けたりしたのだろう。例え見捨ててもこの場所は現在でも賊の類が徒党を組んで、誘拐や略奪行為を行い治安が一向に回復しない危険地帯。私に何かあっても大して問題視はしないだろう。ましてや私の場合は職業軍人として軍役中に起きたことなのだ。今の軍部にそんな余裕は存在しない。でなければ後方支援要員(バックスサポーター)の私がこんな前線に引き出されることにはならなかったろう。そうあれは2週間前………。


                  《回想》


 「どういうことですか室長?!!。本官が巡行部隊に出向とは。」


 白い漆喰と木製の家具が置かれた近世の役場を思わせる広い大部屋に甲高い声が鳴り響いた。その部屋で仕事を行い、耳障りな大きな声を聞いた筈であろう彼女の同僚らしい人々はロクに反応も見せず、皆疲れがにじみ出た顔をしていて眼にクマが出ているような人間がほとんどで、驚きを顔に表すのも億劫だという空気を滲みだしていた。そして彼らが着ている軍服も本来は色鮮やかなウグイス色をしているのだろうが、生憎とその色は汚れや細かいしみが目立ち、ヨレヨレでまるで工務所の作業着を連想させた。


 そうここは立憲君主制をとるゲンライ国の首都に存在する武部本部・軍務省舎にある庫室である。そして彼女もまたここの室員で、顔に深い疲れの色を浮かべていた。恐らくそのせいで声が裏返り耳障りな甲高い声になってしまったのだろうということは周りの同僚たちの目からも明らかだった。


 そして、その叫声を真正面から浴びた彼女の直属の上司もまた、目の上に隈を浮かべ、「は~~、これだから嫌なんだ」と半ば諦めが混じった口調で呟いているのが彼女が訓練校時代に選択科目で身に付けた読唇術で確かに読み取れた。本来であれば「人に半ば強制に近い形で理不尽な辞令を出しておいて、その態度は何ですか?!!。」とまたどなり声をあげそうになったが彼女マグネ・アチョンは、積み重なった疲労感と、物申してもあまり意味の無い言葉だとする損な使い方の理性を働かせて、その言葉を押しとどめた。こんな風に少し苦労人の素質が在ることを無意識に垣間見せるのもまた彼女の中途半端に几帳面な気質が故の行動だ。


 そして、その様に彼女が悶々と考えていると初老を迎えたであろう上司は白髪が混じり始めた頭を重たそうに上げ、彼女と相対した。


 「君が怒りをあらわにする理由は私にもよ~く理解できる。ましてや、君みたいな新人や見習いの域をようやく出たばかりの様な人間についこの間まで戦時下に置かれていた様な場所に出向けというのも私としても負い目を感じる所は大きい。しかし、今はどこも人手不足が深刻なんだ。君も知っているだろう。先の戦役では君も在籍していた防衛大学校の学生が学徒出兵をさせられるまでになっていた。いくら、終戦を迎えたからといって、そう易々と補充要員が手に入るわけがないのは君もわかっているだろう。」


 物資管理部の室長は髪は地肌が垣間見せるまで抜け落ち、肌もパサパサで色が所々黒ずんだり逆に黄色くなっている。疲労やストレスがが髪や肌にまで来ている様子だった。そんな直属の上司の姿を見て彼女自身、半ば諦めの境地に達した。


 先の戦役には私自身前線に出たことは最後までなかった。なにせ当時私は防衛大学校を出たばかりの新人で、しかも、幸か不幸か、私は戦闘実技の科目が一時期単位を落としかけた程成績が悪かったことや、簿記や会計等の事務資格の免状を幾つか取得していた事を理由に武部軍務省の物資の管理や会計管理等を行うこの武部軍務省庫室に所属のまま、最後まで前線に出ることなかった。


 学徒出兵までされたのに一度も前線に出なかったことからもわかるとおり私は戦闘はからっきしだ。恐らく戦闘技術は同機の卒業生の中ではしたから数えた方が圧倒的に早いだろう。


 しかしそんな事務方の人間だからこそわかる。今の人手不足は深刻だ。何せ例え戦役で死ななかったとしても、その人間がすぐに通常業務に復帰してくれるという程戦争というものは簡単ではない。


 返ってきた人間の多くはどこかしら負傷している殆どだ。重傷で退役もしくは長期入院を強いられる人間だけでも4~5割は数えておいた方が確実だろう。それに加え戦闘行為でPTSD(心的外傷後ストレス障害)等の後天性精神疾患にかかったり、或は年齢や持病、家庭の事情などで自身の保身のために止める人間も今回の長期戦の場合、国内の被害などを勘定に入れて1割前後、いや酷い場合は2割中から三割弱程は考えておいた方が賢明だろう。その上現行の法令では労働基準が厳しく規定されていて、このようなチョ聞戦闘に関わった人間には手厚い保護が義務付けられている。一定以上の貯蓄(プール)が特例を除き禁止されている有給休暇の消費を考えると、直ぐに私の様に連続就業ができる人間など1割いれば御の字だろう。何せ負傷がひどくなくとも、こういった現行の労働基準では殆ど違法労働の様な待遇で負傷した場合、シフトを週4日以上にしてはいけないことが規定されている。


 ましてや巡行部隊はどう見積もっても1カ月~2カ月は働きづめになることは確実だ。何らかの問題が起きた場合は3カ月中は見積もるべきだろう。いや、問題が起きて困っているような場所だからこそ、そんな急造の部隊を手の回らない警務省に変わり軍務省が編成して巡回を行うのだ。問題が全く起きないと考える方が楽観的に過ぎるだろう。そしてそんな部隊に出せる人員など、人手不足で本来であれば比較的休暇申請やシフト変更の融通がきく事務方である庫室にまでしわ寄せがきているような今の軍務省にはほとんど存在しないだろう。


 そしてそんな状況で巡行部隊に出向しろという内容の辞令が降りてきた時点で拒否権や選択権の類など無いに等しい。だからこそ私は頷くしかないのだ。理性ではわかっていたのに怒鳴り散らしてしまったのは、感情が故の行動ではない。ここで、ある程度反感の類を見せないと、また休暇申請が拒否されてしまうと思ったからだ


 「わかりました。ただし、有給休暇の申請は必ず通しておいてくださいね。わたしも既に貯蓄(プール)してある分が勧告領域に近づいているですから。首を絞められるのは貴方達管理職ですよ。」


「ああ、わかったよ。何なら私の方から、申請書を出しておこうか。どの道君の言うとおり貯蓄処理を済まさないと、君の言うとおり私にとっても都合が悪いからね。」


 ああ、とても軽い声だ。気楽だからじゃない。疲れたからだろう。何もかも。


 「準備のため早退します。人室には其方の方から連絡をお願いします。」


 だからこそ、もう帰ろう。疲れは消えそうにない。みんな疲れきっているからだ。


 今思えばあの時残業代から懲罰金を差っ引いてもらってでも断っていればよかったと後悔している。


 

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