第三話 霊化生物に関する考察
ピュウ~~~と風と雪の音が鳴り響く吹雪の森の中、氷でできた半球状の建物が怪しい光を放っていた。その中で作業をする少年、形部の前には先刻捕獲したオオカミ族の原生生物が元になったであろう霊化生物が錬丹術における解析術式に当たる術式の放つ霊子光によって明るく照らされていた。そして、その光はその獣の体に描かれた草の蔦の様な模様と旧書体の漢字によって描かれた樹形図の様な図形を中心に発せられていた。
霊術には古より補助術式というものが存在する。霊術は本来発動のための準備というものが元来必要はない。しかし、古来よりの術者たちは先代からの知恵から、精密な術式の発動には予め補助的な術式のを用意しておくことによりその正確性と安定性が飛躍的に増すことを経験則から身に着けていた。
もっとも原始的な例だと指をさすことによって対象の生体機能を阻害する古式的な分類で言う所の魔病の一種である「ガンド」が当てはまる。最も古い補助出式は今にあげたような指をさす、手で触る、叫ぶと言った至極簡素なものから、魔法陣・方陣、神への御言葉、舞踏といった複雑なものへ進化していったのだ。
元々、古来より伝承されてきた霊術はその発動に置ける基本要素に予備動作的な過程を挟む必要性を持たないが故に、安定性、正確性、操作・持続制御能力等に難が存在し、現代霊術が開発されるにあたって創り出された補助展開具は発動を補助するというよりも、前記した発動後に置いて想定される危険性を軽減するといった効果を目的として開発されてきたものだ。それ故に現代霊術が開発されるまでは遠距離からの精密発動、複数の異種の魔法を一つの過程としたもの循環連続発動などは一部の術者の特権とされていた。
現代霊術は今まで俗人的な技能と化していた霊術を汎用性や自由性に優れた技術へと変えると共に一部の特権技能とかしていたこういった技術の一般技能化という目的のもと開発された物だ。
しかし、余りにも汎用性と安全性を優先したしたのが仇となったと言えるだろう。それが意図してでのことかは横に置いておくとしても、現代霊術は前述の理由から極端な低危険・低効果な技術、詰まるところの多技能性が無駄に高いだけの器用貧乏になってしまい実用性に欠けるものになってしまったのだ。現代に霊術技能士の世界に置いては多技能性が高いだけの何でも屋といった類のものは評価の対象にならない。
現代に置いて求められているのはどの場面でも平均的に活躍できる人材よりも一点特化型の人材が最も高評価の対象になるのである。
その結果、古式霊術の技術を下敷きに現代霊術の技術を組み込んだ近代式霊術という技術体系が生まれ、それが現代における霊術の主流になったという経緯が存在する。
現在彼が用いているのもまた近代式霊術、基本的な原理は古式のものだがそれを円滑に進めるための補助術式や補助展開具は彼が霊科高校で得たものを自己流に錬丹術に適合するように改良を行ったものだ。
「これは明らかに俺が地球で見てきた霊化生物とは別種のものと考えたほうが方向性としては正しそうだな。」
彼は霊化元素によって編まれた伝達線を通して伝えられてくる情報をもとに考察を固めようと思い一息ついた。
彼が今使っているのは彼の宗派では蜘蛛の報せと命名されている術式である。霊化元素によって編まれた糸を張り巡らせ糸を通じて霊力波動を与え、情報を伝達線を通じて探り出すというものだ。原理としては精神感応とほぼ同じだがその得られる情報の質や量は比べるべくも無く高い。それに術式の持続がしやすいという特徴もあるが、一番の特徴は燃費の良さだろう。霊術は体内に貯蓄してある霊化元素が内包している霊力を精神的な方法で操作して術式を構築するよって使える霊力の総量、ひいては使える魔法の質も量も限られてくる。そういう意味では蜘蛛の報せは非常に霊力効率に優れている。であるにも関わらず彼が今まで精神感応術を用いて感知作業を行っていたのは単純に感知を行いたい範囲や距離の値が高く、これだけ遠距離・広範囲になるとわざわざ伝達線をつくるという過程を挟んでいる分、逆に蜘蛛の糸の方が非効率的になってしまうからだ。何より彼が現在使える術式の中では精神感応が一番広範囲に展開する上で適していたことが大きいだろう。
そして、現在霊化生物の体表に描かれている樹形図の様な模様は伝達線を対象に付与しやくすると同時に伝達線を通じて伝わってくる情報のノイズを減らしより鮮明にするという作用がある。
そこから得られた情報に彼は愕然とする。
通常霊化生物の特徴としては体組織が霊化元素で構成されていることがあげられる。そしてこれは実に危険な状態だ。通常霊化元素は非常に不安定な物質だ。通常、生物が体内に霊化元素を保有する場合においても体組織の一部としてではなく、水分等の代謝等で体外に排出されるものの形をとっていつでも体外に除去できるようにしている。そんなことをする理由は至極簡単、霊化元素は非常に不安定な物質だからだ。そもそも、霊化元素というのは本来は物質を現実世界でその存在を維持するための霊力による負荷をを必要以上にかけられた状態だ。だからこそ自然界においては長時間その状態を維持することはできない。霊化した物質によってある程度の開きはあるが大抵は発生してから一日持てばいい方だ。通常は半日、6時間も自然界で同じ状態を維持することはできない。
ちなみに、過去の記録に置いて最高記録は26時間35分42,05秒だ。しかし、この記録自体、国安(国家安全委員会)の手入れが入るような国にとって危険性の高い外資系の法人から入手した情報で、はっきり言って眉唾物だ。研究者の中には24時間も持たないという学説を発表している人間もいる。
そして、それらの不安定な体組織を維持・制御するために、特別な制御機関の存在が二つ目の特徴として挙げられる。彼が最初に驚きを覚えたのはこの制御機関だ。
いや、それ以前といってもいいかもしれない。彼が蜘蛛の報せを用いて霊化生物を構成する物質の霊荷値やそれぞれの分布を調べた結果、実に均衡を取れておらず明らかに人の手が入っていないことがわかった。しかし、それはまだいい。彼が知る限り、大規模霊災が発生した場合にも同じような不安定な状態の霊化生物が自然発生しているところ彼は自らの目で見たことがあるからだ。
問題はそれだけ不安定な状況であるにもかかわらず制御器官が存在しないことだ。これで形部は今まで思考の海の中に浮かべていた仮設の一つが真実味を帯びていたことを確信した。その仮説とは、
『この世界は霊化元素が極端に非常識な程に安定している』というものだ。
それならば制御機関が存在しないということも説明がつく。制御器官は霊化元素が非常に不安定で壊れやすいものだからこそ、それを維持し、まただからこそそれを制御操作するのが生物が通常もつ器官は不可能だからこそ存在する。しかし、現実に観察する限りこの世界の霊化元素は人の手が入っていない自然界のものでも恐らく年単位、物によっては何十年単位の時間が経過しないと自壊が起きそうにない。制御機関など、無用の長物でしかなくなるだろう。
しかし、霊化元素の不安定さ事態に差異は見受けられない。ならば原因は外的要因に在ると考えるべきだろう。霊化元素自体の特性で長期間維持されているのではなく、環境或は、世界の法則そのものに違いがあると考えるべきだろう。しかし、その原因は今現在の時点ではわからない。
少なくとも彼が居た世界では霊化生物は制御機関を破壊すれば霊化生物のは自壊を始めるという常識的情報が存在したのだが、それはほぼ通用しないを考えるべきだろう。これだけでも標本を手に入れた価値は存在する。
他に通常の生物ではありえない霊的な機能を有する機関の有無などが存在するのだが、これに関しては問題視する程のものではなかった。
「うん…、ん~~。」
彼が思考の海に精神を深く沈めていると、造形術を用いて雪を材料としてつくった氷製の小屋の中に運び込み生態干渉術を用いて治療を行った中性の少女が彼がそこら辺にある草木を材料に即席で作った燃料用のCH₃OHの光を眩しそうにしながら目を覚まそうとしていた。
吹雪は未だにやみそうにない。