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第一話 初めて踏んだ大地

 少年は雪の降り積もった雪原に立っていた。雪の硬柔と雲の数、気流の速度から推測するにある程度激しい降雪がやんですぐの様に考察できた。そして、そこに移動の痕跡は一切なく。まるで、その場に突然現れたかのようだった。


 「これは違う意味で定型文を言う必要があるな。真っ白な空間だ。大地が雪に埋め尽くされ、空は白い雲に覆われている。……、さて、ここからどうやって人里に出るかな。」


 少年は歓喜と感慨深さというものが混ざっているだろうと推測できる口調で淡々と口を動かした。


                    《回想》 


少年、「弁財天(べんざいてん) 上総宮(かずさのみや) 刑武(ぎょうぶ)」は生まれつき感情の薄いたちだった。怒り、悲しみ、喜び、苦しみそれらの感情を感じることはできても例外を除いて、それら理性を上回ることは無い。怒りに我を失うことも無い。悲嘆に明け暮れることも無い。


極めつけはある感情群の欠落。其れは即ち色欲、肉欲、恋愛感情。人間が子孫を残す為に持っていて然るべき情動、それが全く存在しない。


其れは謂わば呪いの様なものだ。しかしながら、俺はそれで社会生活を苦労した記憶はあまり存在しない。其れは一重にあることを示したりせずとも、生活に支障をきたさない類のものだったことに起因するだろう。


そして、俺は実に不快感を煽る生き方をして来た。俺は実に利口で賢い人間だと言われてきたが、それが俺にとっては嫌味を言われているようなものだと考察した。


何故なら、俺は今まで打算無しに行動を選択したことはない。如何様にも情動が理性を上回ることがないということは、どうやっても感情だけで行動を選択できないということだ。一見これは良いことに聞こえるかも知れない。しかし、その答えは否だ。情動だけで行動できないということは、それ即ち如何なる場に置いても打算無しでは行動できないということだ。


俺はこれを嫌悪してやまなかった。正確に言えば、そうであると推測していた。なにせ、いかなる状況下でも感情より理性が先行するという精神構造をしている上に、そういった感情が希薄なので、無駄に発達した計算能力の余剰部分で推測するしか俺に複雑な感情を理解する手段は無い。これが精神学的に言うところ第一階欲求、所謂、動物的欲求、睡眠欲、食欲といったものに由来する感情であるなら話は別なのだが。


 そんな俺は今いる世界に飽きていた。というより生きる意味を感じられないと言った方が確実だと言えるだろう。


 なにせ、感情が希薄ということは、基幹的は概念である欲求すら希薄ということだ。だから俺にとっては自分が死のうが生きながらえようがどうでもいい。だからこそ今までは生きる理由も死ぬ理由もないが故に現状維持を続けてきた。しかし、先日俺に唯一の例外的感情を与えてくれた人が逝去した。俺はそこで区切りがついたな、と思えた。それがゆえに最後の臨床実験を自らを対象として行使した。俺はそれで死ぬはずだった。


 しかし、俺は未だ生きている、縁もゆかりもない場所で。立っている。ただ茫然と。


 そして、これは失敗したと見るより成功したと見るべきだろう。


                   《閑話休題》


 彼は現在踏めば崩れ沈むであろう雪原の新雪の上を、沈むどころか浮きながら跳躍を繰り返し、走っていた。


 彼は祖国日本に置いて試験的に設立された霊術解析研究所付属高校、通称臨床実験高校に所属していた。この高校は近年その存在が表社会の明るみに出た霊術という技術を研究するために設立された施設が作られると同時にこの技術の研究と現代社会への普及などを目的とした技術者の育成のため同じ敷地内に設立された学校で、その生徒は古来からの霊術のの継承者が大半を占める。彼、形部もまた倭国式錬丹術宗家の次期当主として、この学校に所属していた。


 この学校のカリキュラムは、一日7時間、集合計35時間。そのうち午後15時間が霊術に関する授業に使われる。座学は3年間通じて4時間、残り11時間は1年次は全て実技総合、2年次からは専攻実習2つに4時間ずつ割かれることになっている。


 彼は先行実習に汎用式霊術の内から【造形術】、【精神感応術】を選択している。


 そして現在彼が行使している跳躍のタネは【歩凍跳躍(ほとうちょうやく)】、足、正確にいえば靴の裏の「面」を基点として、それに触れた物質の分子運動エネルギーを奪い取り、それを上向きの運動エネルギーとして足に付与することで足場が不安定で移動の困難さを増す雪上移動を円滑に行うというもので、山岳警備隊や寒冷地の治安機関に所属する術者をよく使用する術式である。


 彼は現在この術式を用い、柔らかすぎる新雪を凍結させながら高速で移動しているのだが、なにも彼は闇雲に移動している訳ではない。移動方向を決定している手段は二つ。


 一つは、錬丹術によって強化されている素の五感能力。普段は意図的にセーブされているが彼の五感は既存の生物の枠を超えたものになっている。これを用いれば音を吸収する性質を持つ雪に覆われた地域でも人間の営みに類する音を識別することはたやすい。


 二つ目は【精神感応術】である。これは汎用式霊術の中でも、古式霊術の中のオカルトに類する技術である。


 というのも、現代における霊術の定義は霊子に置けるエネルギーを用いて現実に存在する事象現象を作用式を用いて設定した現実に改変上書き(フォーマット)する技術の総称を指す言葉だが精神感応術はこれに当てはまらない。そもそも、現実に事象を創造・定着させているエネルギーはお互いを干渉しあう性質を持っている化学変化(ケミカルチェンジ)もまたこれによって引き起こされている事象だ。


 そして、霊子に内包されているエネルギーは人間の意志で使用することができる。


 そして、エネルギーは霊師から放出されたエネルギーの決まったの波長(パターン)や出力にに対して振動の共振反応の様にそれを反射する性質が存在し、それを使用した術者が霊感覚を用いて感じとり、情報を取得するというものである。

 

 よってこの【精神感応術】は空気振動を霊子エネルギーに置換した音波探査機(ソナー)の様な技術で、既存の霊術理論からは切り離されて研究されるものだ。


 彼は現在、五感と精神感応術の二つを用いて降り立った場所から東北東に約5,2キロミーター離れた場所に在る集落を常に補足しながら移動している。


 彼の体感で3,1キロミーター程進んだところで奇異な音と臭いを五感で認識した。


 白人系人種の血肉の臭いと叫声、イヌ科オオカミ属の人の手が加えられていないであろう原生動物の唸り声、その音と臭いだけで判断するなら、ヒューマノイドが野生動物に襲われているように感じられるが、彼にはそう感じられなかった。


 (この不自然に高い、体組織を構成する物質の霊荷値、周辺に負荷を与える程高出力の霊力を放出している上、その波長(パターン)の不自然さ、統括して本来であれば自然界に存在するはずの無い霊的特徴の保有、ほぼ間違いなく霊化生物。霊的な処理が施された生物の反応がまるで当たり前のように複数確認できているのにも関わらず、大規模霊災の類が起きている場合に見られる在来霊子の乱れが全くと言っていいほど見受けられ無い。ほぼ間違いなくここは地球ではない。過去にも未来にもこんな地球が存在する等あり得ない。)


彼の精神感応は専攻として卒業間際の時期まで学び、長期休暇の時期の研究所主催の研修会に参加していただけに高校とインターン先の監督官にも高評価を受けていただけに既にこの場所の異常性をはっきりと認識していた。


 自然界の存在する物質の異常に高い霊荷値、そしてその中にまるで当たり前の用に混在している霊子半擬似生命体の数。


 彼は薄々判っていたここは自分の住んでいた場所ではないことに。そして、決定的だったのが本来は存在するはずの無い自然発生型の霊化生物の存在。これを持って彼は今まで自分が保有していた常識をすべて破棄した。


 ここで彼は対象の存在する座標に向かうことを選択した。理由は二つ存在する。


 一つは現在地の情報を収集するためだ。彼はこのような寒冷地でも水と草木の類が存在すれば一定期間は生存できる。しかし、これからの行動方針を決定するためにも現地住民の知識を閲覧する必要があるからだ。


 二つ目の理由は一つめのものに相似したしたものなのだが、現在地の霊化生物の標本(サンプル)を入手したいからだ。何故ならこの地は1匹いれば霊災処理特務部隊の1個小隊が現地入りしなければいけないほどの相手が周辺を当たり前の如く跋扈している人外魔境の様な世界なのだ。脅威となりうる相手のデータは幾ら存在しても足りることは無い。


 以上を二つの理由をもとに形部はベクトル操作式飛行術式を展開し、身体にかかる重力をベクトルを操り、空中を滑空しながら現場入りを急いだ。




 



定期投稿できる自信はありません。

本職が学生なので。

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