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第六話

すみません。滅茶苦茶途中まででUPしていたので、訂正です。

「おやすみなさいませ、サクラ様」

綺麗な礼をして去るアマンダさんの背中をにこやかに笑顔を振りまきながら見送る。

彼女の笑顔が朝見たときより随分柔らかいものだったのはきっと見間違いじゃない。

柔らかなベッドのクッションにせを預けて、目をつぶる。

微かに聞こえるアマンダさんの規則正しい足音が聞こえなくなるまで、足音を数えながら待った。


…25、26、27…。


王子様と《共有》してわかったのだが、俺の感覚は彼よりも鋭敏にできている部分とそうじゃないところがあるらしい。

聴覚は鋭敏な方で、王子様はドアの向こうの人の足音など、よほど大きくなければ聞こえないようだった。

王子様があまり耳が良くないのか、種族的な問題なのかは要検討事項だ。

朝、王子様と勉強の部屋に連れて行ってもらったときに測ったら、歩数的に階段近くの角を曲がったところまで位が俺に聞こえる限界の距離らしい。

直線距離で20メートルくらいか?

優秀すぎる。

あと、鋭敏なのは魔力に対する感応力と、視力、嗅覚くらいだ。

視力など、城の自室の窓から無駄に広い庭園の向こうの城壁の上の兵士の髪の色まで当てられる。

魔力に対する感応力と合わせたら360°見える。

嗅覚はそこまでは鋭くないみたいだが、とりあえず、三階にある部屋のベランダから庭に咲いてる花の種類を嗅ぎ分けられるくらいにはある。

残念ながら味覚とか触覚というか痛覚が鈍いらしい。

実は昼間紅茶を飲んだ時にやはり火傷していたらしいのに、皮がベロンとハゲるまで気がつかなかった。

慌てた王子様が神官に治癒してもらうのを、俺は他人事みたいに見守ったのは十分な教訓になった。

まあ、元が木だから味覚とか痛覚は発達しなかったのだろうけれど、美味しいものを美味しいと感じられないのはとても残念だ。


…48、49、50……。


そんなこと考えているうちにアマンダさんの足音が聞こえなくなった。

目をそっと開けて体を起こす。

天蓋付きの姫ベッドから降りると、素足をひやりとした夜の空気が撫でる。

アマンダさんが着せてくれた白いネグリジェの裾がひらひらと俺の足をくすぐった。

襟ぐりや袖口と裾にフリルをあしらった白くてシンプルなワンピース型のネグリジェだ。

サラサラとした肌触りは絹っぽいが、何の生地だろう?

脳内にヒットするものはない。

きっとまだ知識が足りないんだろう。

こういう時のための王子様ライブラリは、王宮内で生活するには申し分ないが、一般的なモノは所々欠如している。

王子様のライブラリはほとんど魔法に関するものだけで埋まっていた。

やはり六歳児であの膨大な知識量を得るには、ほかの全てを犠牲にしていたようだ。

城の外は愚か、庭にすらほとんど出た記憶がない。

自室と書庫との往復ばかりで、実に子供らしくない灰色の記憶ばかりだ。

六歳児にして既にほぼヒキコモリじゃねぇか。

将来が思いやられる。

ベランダの窓を開けると夜の匂いがするそよ風が入り込んできた。

満天の星空に知っている星座はなかったが、記憶にある空よりも星の数も輝く色も豊富に見えるのはきっと強化された視力のおかげなのだろう。

圧倒されるような星空というものを初めて見た。

故国に…いや、あの世界にこれほど澄んでいて圧倒的な星空が広がる場所があったのだろうか。

脳内検索にはヒットしなかった。

なかったのか、俺が知らなかったのかはわからない。

もう確かめようもない事柄だ。

軽く苦笑した。

これは感傷なんだろうな。

世界が美しければ美しいほど、哀しい。


「サクラ…?」


不意にかけられた声に、俺は飛び上がらんばかりに驚いて魔力感知も展開してみる。

なんと、隣のベランダに王子様がいた。

ちっとも気がつかなかった。

いくら視力が良くなっていても気がけていなければこんなものなのだろう。

「びっくりした。昼間とはずいぶん様子が違うんだもの」

びっくりしたのはこっちだ。

ベランダに出る時の足音なんて聞こえなかった。

一体いつからここにいたのか。

自室に帰ってずっととか言わないよな?

流石に風邪引くぞ。

手招きされてベランダの端に座り込む。

「サクラも眠れなかったの?」

王子様は夜だからか、ちょっと低めの声で話しかけてきた。

その様子が昼間よりも年相応だったから微笑ましくてつい笑う。

その笑みをどうとったのか、王子様も微笑んだ。

「僕もね、眠れないんだ」

囁くように言って、小さな手を夜空に掲げている。

「…ちゃんと、魔法が使えたのは初めてだったんだ」

感慨深げに語って、笑う。

「君がここにいるのにおかしいかな?でも、君を召喚したときのことは、正直言ってあんまり覚えていないんだ。本当に、僕の力だったのかな・・・?」

弱々しく語る王子様。

多分、他の人には言うことができなかったんだろう。

子供らしくない引きこもり生活を送るくらいに彼は、周囲の期待と己の立場を理解している。

王族であるという立場から考えれば立派なことだが、まだ六歳の子供なんだと思えば悲しいことだ。

だが、俺がここで慰める言葉をかけるのはなんだか違う気がする。

それに、子供の体ではこのベランダから王子様のいるベランダまでの距離は余りにも遠すぎた。

双方から手を精一杯伸ばしたところで指先すら届かない。

痛ましく見つめるしかない俺の前で、王子様はひとりで笑った。

「どっちでもいいか。もう僕は、魔法が使えるんだ」

「殿下…」

王子様は俺に優しく笑いかけて立ち上がる。

「もう寝なくちゃ。サクラも、冷えないうちに寝なさいね」

年長者ぶった口調で言って、王子様は自室に入っていった。

その後ろ姿を見送って、俺は天を仰いだ。

なんて声をかけてやればいいのかわからなかった。

俺のいた世界でなら、あれくらいの年の子供なんて、壁や床に落書きしたりカエルを捕まえたりカブトムシを追いかけたり川に飛び込んで親に怒られてる年代だろう。

余りにも不憫で、やるせない。

何も答えてやれなかった自分が情けなくて腹立たしかった。

深くふかく、ため息をひとつ吐いた。

ドロドロとヘドロのような苦い感情を吐き出すしメージ。

ゆっくり吸って、吐く。




深呼吸を数回繰り返したところで幾分すっきりした気持ちで目を開けた。

「…なあ、あんたが殿下を俺のところまで送り込んだのか?天使」

「そうだよ」

ふふ、と笑いながら拘束衣の天使がベランダに舞い降りてきた。

今度は初めから魔力感知の方の“目”も開けていたから驚いたりしない。

「資質は十分にあるのにちっとも上達しないんだもの。御主人がすっごく気にしてたからねぇ。ちょっと強制的に魔力を使う“感じ”を体験してもらったんだよ」

うまくいって良かった、と楽しげに天使は笑う。

始めにあった時とも、王子様の記憶のなかの時ともキャラ違くないか?

もしかしてあれはそういうキャラを演じてるだけなのか?

どちらにしろ気持ち悪いくらいいけ好かない。

「神樹を連れてくるのは予想外だったけど、まあ、アフターフォローはしたし、結果オーライ?」

「“俺”がアフターフォローかよ」

呆れて半眼で見上げれば、天使はなお楽しげに笑う。

「だって、木じゃあ使い物にならないでしょ。しかし、格だけは高いけど体も丈夫じゃない魔力値も神格を持つ精霊としては低ランク。“愛玩用”としてしか使えもしない役立たず拾ってくるなんて、さすが御主人の息子だよね。マジうける」

最悪だ、この天使。

「他人の主捕まえて“マジうける”とか言ってんじゃねぇよ」

「えー。ほめたつもりなんだけど」

人とは違う価値観の生き物だと言ってしまえばそれまでなのだろうけれども、ここまで来ると腹立たしいのを通り越して呆れる。

「それにしても、ちゃんと“主従”の意識はあるんだ?当たり前か。私がそういうふうに器に入れたんだしね」

「そういうふう?」

「召喚獣は召喚者、この場合御主人の息子を、慕わしく愛しいものとして認識するって事」

つまりは刷り込みのようなものだろう。

「これがうまくいかないと暴走して召喚者を攻撃しちゃったりするからねぇ。格が高くて魔力量が多いとそういうのに抵抗力が強い傾向にあるんだけど。君は格は高いけど自尊心はさほど強くないし、魔力量も少ないからね。まあ、少ない魔力じゃあ精霊の体を維持するのがきついはずなんだけど。もともと魔力のない世界の魂だからうまくいってるみたいだし大丈夫そうだね」

アイマスク越しに眺め回されて気持ち悪い。

天使は魔力の感応力に特化しているみたいなので、アイマスク越しでも不便ではないのだろう。

「魔力のない世界から来たにしては、よく魔法の使い方分かったね?御主人の息子が魔法を使えるようにしたことで、君の評価が上がったよ。よかったね。強制排除は先送りされたみたいだ」

「強制排除?」

ちょっとかなり物騒な単語が出てきましたよ?

「使えないの残してても意味ないでしょ?それなのに契約期間が一生って。御主人の息子も無茶言うよね。初めての契約だったら、普通ひとつの簡単なお使い手伝ってもらうくらいで、長くて数日でしょ」

マジか!!

緩い契約だと思ってたら落とし穴が!

「おかげで契約枠空かせるためには排除するしかないなんて、悲劇だよね」

けらけらと、どちらかというと喜劇でも語るように言われて、俺はもう呆然とするしかない。

クビキリが即ちその文字通りの意味なんて、とんだブラックじゃねぇか!

舌打ちでもしたい気分でイライラと息を吐き出す。

「さっきから、役立たずとか言っているが、“何”の役に立つのが必要なんだ?」

「そりゃあ、もちろん。戦闘だよ」

当たり前、みたいに言われた。

まじか。

そういえば、侍従くんも王子様もそんなふうな会話してたな。

俺が戦闘でどんな役に立つのか的な。

「俺、戦えなくね?」

そう不安を口にすると、天使も神妙な顔をして黙り込んだ。

戦闘能力なんて、ない。

そもそもあの平和な国でどうやったら剣と魔法の世界の実践的な戦術が体得できるって言うんだ。

いや、技術開発が進んでいたから将来的にはVRとかでゲームができて仮想世界で体験できるようになるかもしれないけれども。

俺のいた時点ではそんなものなかったし、そもそも俺は習い事なんて水泳と英会話くらいしかしたことないぞ?

格闘技?なにそれ美味しいの?

人と拳で争ったことなんて子供の頃やった箒でチャンバラと喧嘩くらいしか覚えがない。

高校のとき友人に勧められて選択で剣道を習ったことがあったが、あれは、臭…じゃなくて、素振りもまともにできなかった。

サクラさんの体だって、某奇策師の様に障子紙並みとは言わないが木の盾より貧弱だし。

魔法に関しては多少使えるようだが、それでも王子様より強いってわけでもない。

役立たず街道まっしぐらだ。

やばいな。

これは本格的に自分の立ち位置とか模索していかないと即処分対象だぞ。

生き返らせてもらったことはあまり嬉しいとは思わないが、せっかく生き返ったのに即死ぬのは御免被りたい。

取り敢えず、明日から王子様と魔法の強化を進めていってみるか?

ちょっと体も鍛えたほうがいいのだろう。

適当な棒きれもらって素振りでも始めてみるか。

今後の方針が決まったところで顔を上げると、天使が何か思いついたのか、声を上げた。


「あ、そうか」


「どうした?なにか名案でもあるのか?」

いや、と首を振る天使。

「君、私のこと嫌いなの?」

━━━……は?

や、今それ関係なくね?

嫌いだけどさ。

「普通さぁ、もっと私のこと敬うでしょう?生き返らせたっていうか、死ぬ寸前に魂引き上げてあげたんだし?記憶もそのままで、結構美人の器に移し変えてあげたんだからもっと喜んで崇め奉るでしょう?何、その言葉遣い。御主人の息子に対してはもうちょっと丁寧なのに。君私のこと嫌いなの?なんで?」

「え、今それ聞く必要ある?」

「だって今聞かないと忘れちゃったら聞けないでしょう?」

それは尤もだが。

「あっちの人種って、いっつも“苦痛なく死にたい”とか“人生リセットしたい”とか“生まれ変わりたい”とか思ってるんでしょう?せっかくその願い叶えてあげたのに、感謝されないなんて理不尽だ」

えー?

なんでそんなこと言われなくちゃいけないの?

俺頼んでないよね?

そういう事考える人が多いのは否定しないが、というか一生に一度は誰もが考えるだろうけれども。

俺はあの時一瞬でも生まれ変わりたいなんて思いもしなかった。

こんなことになって、たとえ美少女でも、現在進行形で嬉しいとも思わない。

「…確かに、仮にも恩人に対して礼儀がなっていなかったのは認める。モウシワケゴザイマセンデシタ。ですが。人それぞれ、考え方の違いはあるでしょう。人種と一括りにされても困ります」

「君は生き返りたくなかったの?」

「端的に言えば」

「なんで?」

なんで、と言われても。

「…面倒でしょう?生きていくのって、柵も多くなっていって息を吐くのも辛くなっていくでしょう。誠心誠意努力して生きようとするのって、辛くて苦しいでしょう?」

「楽に生きればいいじゃない」

楽しそうに、天使は笑う。

「その体は生きると言うだけなら苦労することはない。日の光を浴びて、水さえ飲めば生きるだけなら苦労もないよ」

そう生きられればどれだけ楽だっただろう。

でも。

「それじゃあ、楽しくない」

「楽しくない?」

「『人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い。』…どこかの小説家の格言です。どうせなら楽しく短い人生を生きたいと思いまして」

それに、どうせ王子様と契約しちゃったしね。

天使はわかったようなわからないような表情で首をかしげていたが、それ以上は何も突っ込んでこなかった。

よかった。

これ以上言うと結構いろんな人に喧嘩を売った発言をしそうだ。

例えば、「今の人生一生懸命生きられない奴が“来世頑張る”とか、ないわー」とか、「“俺はまだ本気を出していないだけ”って、そもそもお前の本気がどれほどのものだと?」的な。

喧嘩売りすぎだ。


胸をなでおろして気になっていたことを尋ねてみる。

「あの、随分あっちの世界に詳しいようですが、俺…私のような存在って多いんですか?」

「君みたいな?あっちからこっちに来た魂って事?」

頷くと、天使は空を見上げて首を傾げた。

「そんなに多くはないかな?今は君だけみたいだよ。あっちからこっちに来るとどうしても魂が消耗するから、記憶なんてほとんど持っていられないしね。ちなみに、私が知ってるのは、私の前の契約者がこっちに“落ちてきた”魂だったからだね。そいつがいろいろ教えてくれたんだよ」

「“落ちてきた”?」

「世界から何かの拍子にポロっと溢れちゃったみたいだね。記憶も随分残ってたみたいでさ。一緒に色々やったんだ。まだ残ってるから探してみると面白いかもね」

なるほど、と納得する部分がある。

神聖言語といって王子様や天使が話す言語が《共有》してなおどうしても英語にしか聞こえなかったのは、こういう理由らしい。

この言い方では、他にも色々残っていそうだ。

「この世界に現在私だけということは、その人は?」

「いないよ。人種の寿命は短いからね」

天使の声はやけに悲しく聞こえた。

この言い草だとその人は帰れなかったようだ。

まあ、その人自身がそれを望んでいたのかはわからないけれど。

なんと言っていいのか分からずに戸惑っていると、天使は笑った。

「ずいぶん前のことだから気にしなくていいよ。ほらあそこ」

天使の指差す方向を向くと、城壁の先、城下町もその先の平原も村も森も越えた先に山の稜線が見えた。

「あの山が港街だった頃だよ」

天使の“ずいぶん前”はスケールが違った。

地殻変動起きてんじゃねぇか。


今度は五話と六話の間に入る話の予定。

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