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KO!

 サラが研修ルームを去った直後。


「専務が後ろからフルネルソンスープレックスでクレーマーをKOに1000クレジット」


「最初我慢していたお姉様がいきなりキレてドロップキックに1000クレジット」


「目が合った瞬間に勢いをつけてラリアットに1000クレジット」


 残った従業員が口々に今後の展開を話し合っていた。

 金までかけて。


「ギリギリまで我慢して指先一つでダウンに2000クレジット」


「それだ!!!」


 酷い言われようである。

 サラ自身は優しくみんなに信頼される切れ者のビジネスウーマンが理想である。

 実際そのようになるために相当な努力をしている。

 だが全ダンジョン従業員の共通認識は怖い親分かつ龍王のカーチャンである。

 特技は物理攻撃。

 ひとにらみで山が崩れ、怒鳴り声で火山が噴火するのだ。

 世の中はうまくいかないものである。



 アホじゃ。こいつアホじゃ!

 サラは引きつっていた。

 それは全身だぼだぼのスウェットの男。

 テナントのドキュンホーのプライベートブランド(PB)だ。

 頭の悪そうな色の髪。

 やはりドキュンホーのPBのヘアカラーだ。

 半分に切ったサングラス。

 これも(略)

 とうとうこのダンジョンは新種のモンスターを生み出してしまったようだ。


「てめえなんじゃコラァッ! これはタコじゃないわ! おう。謝れ! 謝れや!」


 確かにタコではない。

 だがレストランの料理人もわからなかった品だ。

 それにちゃんと安全検査もしている。

 タコを食べたことがなさそうなこの男にわかるとはとうてい思えない。


「おうおうおうおうおうッ! タコってのはアレだ! ソーメン状に長細く切ってあるもんだろ!!!」


 ……ん?

 んん?

 クレアは気づいた。

 『それはイカソーメンや!!!』と。


「お、お客様。それはイカソーメンでは?」


「うっさいわ!!! 客がタコ出せって言ってるんだからタコソーメン出せコラァッ!」


 ※タコソーメンは本来タコの白子のことである。

 もちろん、この男が言っているのはソーメン状に切ったタコのことである。


「専務。イカソーメンお持ちしました」


 ダークエルフの娘がイカソーメンを差し出す。


「い、イカソーメンならこちらに」


「ちがうわ!!! タコソーメン持ってこいコラァッ! こんなもん売りつけやがって! おーコラァッ! 慰謝料100,000クレジット持ってこいや!!!」


 男が持ってきたタコを叩きつける。

 そしてサラは見た。

 『赤い』タコを。



 酢蛸じゃねえか!!! じゃねえか! じゃねえか……じゃねえか……じゃねえか……



 ちょっと待てコラ。

 生ですらねえ!

 どうやったら間違うんだよ!!!

 しかもタコって書いてあんじゃねえか!!!

 ツッコミが追いつかねえよ!!!


 サラの脳が激しくツッコミを入れる。

 同時にそれを口にしないように我慢し続ける。


「あ、あの専務……」


「(ゴゴゴゴゴゴッ!)あ、店長。バックヤードへ向かってください。ここは片付けときますので(ドドドドドドドッ!)」


 店長は思った。

 死人が出てしまう。

 止めねば。


「あ、あの。専務……」


「はい?」


 サラの目は血走っていた。

 殺る気だ!


(ダンジョン的には正しいけど、ここはお店です!!!)


 ショッピングセンター始まって以来の危機に店長は焦った。


「あの暴力は……」


「だいたいてめえざけんな! 女なんて出しやがって! なめてんのかコラァッ!」


 あ、死んだ。こいつ死んだ。

 店長は確信した。


(折角助け船を出したのに!!! あ、アンタが今ケンカ売ってるのはこのダンジョンで一番危険な生き物ですから!!!)


 サラが従業員の予想に着実に近づく中、唐突にこのダンジョン始まって以来の危機を解決するものが現れたのだ。

 それは制服を着た女子従業員。

 ダンジョンの従業員では珍しい人間種。

 制服の胸の部分が思いっきり余っている。

 顔は美形なのに残念な子である。


「お客様。お客様は『神速の英二様』ですね?」


 少女がにこりと笑う。


「お、おう! 俺が神速の英二じゃあーッ!」


「専務さん。このショッピングセンターは小売商ギルドに登録されてましたっけ?」


 専務さん?

 サラは引っかかった。

 どういうことだろう?

 身内に『さん』付けとは社員教育を受けていないではないか。

 ということは彼女は従業員ではない。

 ではいったい……

 そうか!

 埼玉湾で救助した女の子だ!

 意図はわからないが何か考えがあるのだろう。

 乗ってしまおう!


「はい。小売商ギルドの正会員です」


「それは良かった。小売商ギルドからの依頼で冒険者ギルドに依頼が来てたんです。詐欺師『神速の英二』を捕縛せよと。受け取りは小売商ギルド加盟の商店ですので、連絡の方よろしくお願いいたします」


「ぼぼぼぼぼぼ、冒険者ギルどぉッ! クソッ! この神速エイジ様の逃げ足を味わいやがれ!!!」


 逃げようとする英二。

 だが、その背中にノーモーションで忍びよるものがあった。

 それはサラ。

 羽交い締め。

 いわゆるフルネルソンで固め、クレアの方を見る。

 クレアは親指を上げる。

 サラは最高の笑顔でニコリ笑い、そのまま後方に放り投げた。

 

 フルネルソンスープレックス。

 別名ドラゴンスープレックス。


 従業員の予想通り悪は滅んだのだ。

 物理的に。



「クレアちゃん。どう? うちで働かない?」


 上機嫌でサラがそう言った。

 どうやら本気のようだ。


「えー。どうしようかな? お仕事あるし」


 そのお仕事が勇者だとは口が裂けても言わない。

 このダンジョンは謎に包まれている。

 ある程度調べておいた方が王に増援を頼む時にも有利だろう。

 そうせめてダンジョンマスターの正体を掴まなければならない。


「お給料は正社員しかもフロア主任と言うことでごにょごにょ……」


「え? それって提督クラスの給料ですよ!」


 クレアの現在の年収の数倍である。


「いいのいいの!」


 サラは上機嫌で続ける。

 冒険者ギルドの関係者がいるのは非情に便利だ。

 仮に討伐命令が出ていたとしても問題はない。

 マクスウェルの事は人間には知られていない。

 人間側はまだ先代龍王が生きていると思っているのだ。

 気づく前に取り込んでしまえばいい。


「うーん……じゃあしばらくご厄介になろうかな?」


 どす黒い思惑が交差する中、ショッピングセンターに新たな仲間が入社したのである。



「あ、あれ?」


 その頃、マクスウェル。

 マクスウェルは……迷子になっていた。


 店長と警備員さんとバックヤードに入ったマクスウェル。

 お手伝いするつもりだったのだ。

 小麦粉などがある農業フロア。

 とは、言っても野菜は卸売りから買い付けた方が早いので、このダンジョンでしか作れない促成栽培や抑制栽培のものを育てている。

 他にも腐る前の輸送が困難な牛乳なども生産している。


 その真ん中で蝶を追いかけていたマクスウェル。

 ふと気がつくとスケルトンも警備員もどこにも見えなくなっていた。

 一人になってしまった。

 その事実が重くのしかかる。


「ふみゃ……」


 帰り道はわからない。


「こ、困りましたね……」


 辺りをグルグルと見渡す。

 すると遠くから何かの音楽がマクスウェルの耳に聞こえてきた。


 それはシャンソンの名曲『枯れ葉』。


 あまりに異様なその光景だが、幼いマクスウェルはあまり疑問を持たずにその方向へ向かうことにした。


 しばらく歩くと小屋が見えた。

 看板が掛かっており何かの店のようだ。

 中からは男性ボーカルが歌う『枯れ葉』が聞こえてくる。

 なんの店だろうか?

 マクスウェルは扉を開けた。


「すいませーん。迷子になっちゃいましてー。ショッピングセンターに連絡を取りたいんですがー?」


 中にはコップを上から掴みころころと中の氷を転がしている男がいた。


「あ、あのー?」


「坊主。こいつは俺のおごりだ」


 男がテーブルの端からシャーッっとコップを滑らす。

 それをマクスウェルが慌ててキャッチする。

 中は牛乳だった。


「ありがとうございます」


「坊主。男ってのはハードでボイルドな生き方をしなきゃいけねえ。わかるな?」


「……はいです」


 マクスウェルは牛乳を飲む。

 テンガロンハットを被った男。

 自己主張の激しい眉毛ともみあげ。

 屈強な体躯。

 そして何より彼は牛だった。

 そうミノタウルスである。


 基本的に良い子であるマクスウェルは牛乳がどこから来たかなんて聞かない。

 完全にツッコミ不在である。


「男ってのは誰よりも強くなきゃいけねえ。そして誰よりも優しくなければならねえ」


 薄っぺらいハードボイルド論が炸裂する。

 そしてこの直後だった。


「カツオー! ご飯よー!!!」


 それは、理不尽で、我が儘で、自己主張の激しい声だった。

 そうそれはカーチャン。

 世界で一番理不尽な生物なのだ。


「母ちゃん! 今大事なとこなのにー!!!」


「あんたどうせアホな遊びしてるんだから早くこっちに来なさい!!! 知らないよ!!!」


「かあちゃーん!!! 友達来てるのにー!!!」


「うっさい! さっさとメシ!!!」


「んぎゃあああああッ!」


 展開に置いてきぼりにされたマクスウェルは「きゅ?」っと首を傾げた。

 これがカツオ(10歳オス)とマクスウェルの出会いだった。

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