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 それは女性だった。

 齢15歳にしては身長150センチと小柄な体。

 あどけなさが残っている少女というよりは女の子といった方がしっくりくる顔。

 凹凸の少ない薄い体に明らかに重すぎだろうと思われるゴツイ鎧を纏い、まるで烏のように黒いセミロングの髪を後ろで縛った少女。

 それが勇者クレア。

 勇者クレアはショッピングセンターの入り口にいた。

 おかしい。聞いていたのと全く違う。

 確かにこのダンジョン最強の生き物であるおばちゃんはタイムセール時さえ気をつければ安全な生き物であるということは、リサーチ通りである。

 実際、ショッピングカートを押しながらスーパー内を巡回しているようだ。

 だが、聞いていたのとは違う事態がここで起こっていた。

 おばちゃんたちは目当ての商品をカートに入れるととある場所を目指して歩いて行く。

 埼玉語で『レジ』と書かれたその場所には、やはりおばちゃん。

 それも大量の。

 彼女らは不思議な機械で次々と超高速で商品の会計をし、お金の支払いまでも済ませていく。

 一人当たり五分もかからない。

 帝都さいたまにも存在しない合理的な会計システムだ。

 そうか!

 このショッピングセンターという形こそ完成された警備システムということか!

 周辺住民の大量雇用によって地域経済を掌握。

 地域全て、それも首都近郊の都市一つを丸ごと味方につけたのだ!


「このダンジョンの主は何者だ……?」


 策略家タイプだ。それも恐ろしいほどの。

 勇者クレアは激しい勘違いを巡らせていた。

 そしてもの凄い斜め上の結論を出したのだ。


 まずい!

 このままではこのダンジョンの主の手の平で踊ることになってしまう!

 ここではない……全く違うルートで最深部を目指さなくては。

 返り討ちに遭ってしまう。

 そう誰も思い描かなかったような!


 クレアは周りを注意深く観察する。

 どこかに隠し扉か魔法のドアがあるはずだ。


 するとクレアの目に店内案内図と書かれたプレートが目に入った。

 フードコート……違う。

 避難ルート……惜しい。

 従業員通路(立ち入り禁止)……これだ!!!

 

 クレアは行動を開始した。


 幸いなことに従業員通路はすぐに見つかった。

 館内に目立たないようにドアが設置されているのを発見したのだ。

 そしてクレアは驚いた。

 なんだこの恐ろしいまでに複雑なセキュリティ魔法は……!

 

 うー……普通の解錠魔法では刃が立たない。

 せめてシーフがいればなんとかなったかもしれない。

 こんなことならパーティ解散しないでみんなで来ればよかった!!!

 

 ……だが、後悔ばかりしても仕方がない。

 皇帝の命令だ。逆らうことはできない。


 仕方がない。壊すか。


 呼吸を整え、体内に巡る気をコントロールする。

 力を溜め、腹いわゆる丹田から息を吐き出し扉を殴る。

 まるで雷のような轟音と地響きがし、扉がひしゃげ飛んでいった。


「さて……行くか……」


 そう独り言を言って一歩目を踏み出したクレア。

 その耳に大音量で警告が聞こえて来た。


「侵入警報! 侵入警報! 侵入警報! バックヤードの扉破損! 強盗です! 強盗です! 強盗です!」


「ち、ちがッ!」


 慌てて抗議するがクレアの抗議の声はどこにも届かない。

 同時にクレアの耳に大量の足音が聞こえて来た。


 入り口に大量にいたスケルトンか!!!


 絶体絶命である。

 うかつだった。

 魔物はあくまで商店と言い張っているのだ。

 これでは本当に強盗として捕まってしまう。


 慌てるクレア。

 一生懸命、周りを見て解決策を探る。

 すると壁に開閉式の小さな扉があるのが見えた。



 ダストシュート。

 ゴミ捨て作業中に落下しないように注意してください。

 落下したら船乗りのジャックさんに連絡してください。

 大至急、回収しに行きます。


 スケルトン労働組合


 扉はクレアなら鎧を捨てれば入ることができそうだ。

 これしかない!!!

 クレアは勢いをつけ扉に飛び込んだ。



「へえ。へぶ。……はにゅう。ぜえぜえぜえぜえ」


 黒いヘルメットのドラゴンが激しく息を切らす。

 まるで急で長い階段を駆け上がったかのようである。

 それを見てサラはため息をついた。


「直線通路で息を切らすな。どんだけ運動不足なんだよ!」


「だってー! ぜえぜえ。 こんなに……長いこと歩いたの久しぶりですし。 ぜえぜえ」


 館内はエスカレーター完備だ。

 そのせいで歩いたのはせいぜい2000歩程度だ。

 まずい……生き物として間違っている。

 明日からスパルタ式で運動させねば。

 サラは心に誓った。


「社長。もうすぐですから我慢してください」


「はふ、へふ。はああああい。にいちゃだっこー」


「ダメ。子どもは歩く」


 無理矢理にでも歩かせねば。

 サラは危機感を感じていた。


「ぜえぜえ。酷い……げふ」



 疲れてすっかり無言になったマクスウェルはようやく倉庫前に辿り着いた。

 すでに倉庫前には最近になって警備として雇用した王国の元偵察部隊のメンバーが待ち構えていた。

 そんな彼らに指示を出しているのはエプロンを掛けたスケルトン。

 名札には『てんちょう』と書かれている。

 スーパー『マルドラ』の店長スケルトンの骨太郎さんだ。


「社長! 専務! お疲れ様です。えー……事態は大変マズいことに……まあいいやとにかくついてきてください!!!」


 どう見ても骨太郎さんは焦っている。

 サラもマクスウェルもようやく何かとてつもないことが起こっていると感じ、黙って後ろをついて行く。

 その後ろに警備員たちお黙ってついてくる。


「えー。バックヤードは我々スケルトンだけの秘密だったのですが……つい先ほど何者かの侵入を受けました。強盗と思われます」


 スケルトンたちは絶対にバックヤードへは入らせない。

 強行突入しようにも彼らは並外れて強い。

 すでにスケルトンという種の限界からはみ出しているほどである。

 そこに易々と侵入するとは何者だろうか?

 サラは息を呑む。


「えー。はい。このエレベーターで降りてください」


「最下層より下があるんですか?」


「いえ専務、ここは異世界というか……まあご覧ください」


 一同がエレベーターに乗り込むと骨太郎は『さいたま』というボタンを押した。



 バックヤード奥の狭いエレベーターを降りると……そこは……海だった。


 遠くまで続くビーチ。

 遠くに見える水平線。

 打ち寄せる波の音。

 カモメの鳴き声

 さんさんと照りつける太陽。

 海を見たことのない人間が想像した「ボクの考えた海」がそこにはあった。


「いやここ埼玉やろが……」


 サラはなぜかいい加減な大阪共和国弁でそう言った。


「しッ! チッバー王国のスパイに聞こえてしまう!!!」


 なぜか近隣の敵国の名前を出す骨太郎。


「ここはなんですか?」


 お外に出たはずなのにマクスウェルは呑気にしている。

 つまりまだここはダンジョン内(おうちの中)なのだ。


「私たちは埼玉湾と呼んでいます。社長の『お刺身食べたいなー』という願望が具現化した空間です。他にも農場やらパン工場やら各種施設が日々出現してます」


「な、なんで黙ってるのよ?」


 サラは突っ込まずにはいられない。

 骨太郎はさっとサラに耳打ちする。


「……専務。……ロボット工場もあります」


「……巨大なやつ?」


「……乗り込んでビームとかミサイル撃てるやつです」


 少し前にマクスウェルがはまっていたアニメだ。

 どうやら世界の崩壊はスケルトンさんたちの活躍で阻止されていたようである。

 サラはマクスウェルを見た。

 楽しそうにその辺を走り回り砂浜に穴を掘っている。

 どうやらお外自体に興味がないわけではないようだ。

 やはりマクスウェルも大さいたま帝国の一員なのだ。

 海の存在し無いさいたま


「楽しい!!! 楽しすぎる!!!」


 マクスウェルは目を丸くしながら遊んでいる。

 それは子どもそのもの。


 ようやくまともになってくれた……


 サラは涙が溢れ出てくる。

 はしゃぎ回るマクスウェル。

 走り回り穴を掘り、鎧を脱ぎ捨て海にダイブする。

 そして……突然倒れた。


「ぜひゅー。ぜひゅー。ぜひゅー」


「早ッ! 電池切れるの早ッ!!!」


 仕方なくサラはマクスウェルを抱っこする。

 まだマクスウェルは目を回していた。

 その直後、店長の骨太郎がその読み取りづらい表情をさらに難解にした微妙な表情で言ったのだ。


「あー。皆さん。船長はもうすぐ到着するそうです。桟橋に移動します」


「船長?」


 何者だ?

 スケルトンではあるだろうが。

 一同が桟橋に着くと、そこには三角帽子を被りアイパッチを着けた海賊風の骸骨がいた。


(船長やん)


(ぜったい船長だ)


(船長ですね)


 ツッコミを入れたら負け。

 その場にいた全員の思いが一つになった。


「オレが船長のジャックだ!!!」


(うん知ってる)


(知ってる)


(知ってます)


 絶対にツッコミは入れない。

 それは負けだから。


「よし、みんな船に乗れ!!!」


 船長の船はまるで海賊船。

 なのにたなびく大漁旗。

 どうやら漁船のようだ。

 まるでお通夜のように厳粛な雰囲気で船に乗る面々。

 ボケの産業廃棄物がそこにはあった。

 船長は全員に説明をはじめる。

 ボケをスルーされて泣きそうに見えるのは気のせいに違いない。


「……ふ、オレッチのボケの地雷原を乗り越えるたあ、よほどの戦士とお見受けする。まあいい。侵入者の位置は補足した!!! オレの船は正解最速ゥ!!! 我が埼玉の魔法力は世界一イイイイイィィィィッ!!!」


「え?」


 サラは嫌な予感がした。

 ちょっと待て。もしかしてこの船マクスウェルの設計じゃ!!!

 それに気づいたサラはマクスウェルを見る。

 小さくガッツポーズをしている!!!

 ちょっと待て!!!

 っちょ!待ッ!


「ヒャッハー!!! 超電導リニアの力を見せてくれるわああああああッ!」


 まず船が浮いた。

 船はリニアの力で水の上を滑っていき、とても船の速度とは思えないスピードで加速する。


「うぎゃあああああああッ!」


 サラの悲鳴が上がる。

 ドラゴンライダーでもこんなスピードは味わったことがないはずだ。


「ふははははは!!!」


 マクスウェルの暴走をどう止めるべきなのか?

 サラは客席にしがみつきながら、ただそれだけを考えていた。

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