龍王はお外に出たでゴザル
羽。
そうだ! 動かしてみるのです。
せっかっくなのでマクスウェルは羽を使って見ることにした。
肩甲骨を動かすイメージで羽をパタパタと動かす。
確か鳥は風切り羽で前向きの推進力と揚力を作っているはずです。
つまり羽を一生懸命動せば推進力が発生して飛べるはず!
マクスウェルは 肩甲骨の先をイメージし全力で羽を動かした。
行けそうな感じがする。
あとは助走をつければいいはずだ。
「行くのです!!!」
マクスウェルは走り出した。
とんとんとんとん。
だんだん歩幅が広くなっていく。
ボク浮いて……
めきっ。
「まっ!!!」
羽が生えたからといって飛ぶための筋肉がついたわけではない。
それどころかマクスウェルは運動が得意ではないし、引きこもりである。
その結果、固くなった肩甲骨周りの筋肉を全力で動かしたせいで筋肉は激しく痙攣し……要するに吊った。
「ぬおおおおおおッ! 肩が! 背中がああああああッ!」
ドラゴンあるある。
羽が生えたので飛んでみたらいきなり背中の筋肉が反乱を起こした。
超痛い。
マクスウェルはしばらく悶絶し、そのあとよろよろと起き上がった。
「ふう……ひどいめにあいました……」
ぱたぱたぱたぱた。
「ふうー。もう飛ばないのです」
ぱたぱたぱたぱた。
ん?
「と、飛んでいるのです!」
翼には魔力がこめられていた。
知らない間に飛んでいたのである。
ドラゴンあるある
筋力で飛ぶのをあきらめたら簡単に飛べた。
いろいろ納得できない。
「わーい飛べるのです!!!」
マクスウェルは羽を動かして飛んでいく。
わーいわーいと楽しげに飛ぶマクスウェル。
しばらく飛ぶとマクスウェルは急に押し黙った。
ところでどうやって降りるのでしょうか?
ボクの足……肉球でブレーキかけられませんよ?
ドラゴンあるある
調子に乗って飛んでみた。
……降り方がわからなかった。
どうしよう。
マクスウェルは無言で考える。
うまく高度を下げて適当なところで羽をストップ。
飛行機式に角度をつけて着陸し地面についてから逆噴射。
羽をパラシュート代わりにして着地。
どれも難しい。
マクスウェルは考えた。
考えた。
そして……
「羽を少しずつ減速するのです!!!」
そして少しずつ羽への魔力供給を絞っていく。
小さく小さく小さく……
いきなり羽が止まる。
「え? んぎゃあああああああああ!!!」
マクスウェルは床にお尻から落ちる。
「ま!」
そのまま悶絶。
「はうあ……ふぐう」
マクスウェルがお尻を押さえながら身をよじっていると、ショゴスがいるのが見えた。
ショゴスはマクスウェルを見つけると大慌てで近づいてきた。
「て、テケリ! 社長!!! 専務が帰ってきました!!!」
マクスウェルはお尻の痛みも忘れ飛び上がった。
「お母さんなのです!」
そしてまたこりもせず羽で飛んでいった。
ドラゴンあるある
気がついたら主な移動手段は羽になっていた。
最近歩いた記憶がない。
完全に運動不足だ。
ホラ、田舎に住んでるとどうしてもショッピングセンターまでの足が必要じゃん。
ショッピングセンター従業員通用口。
要するに裏口である。
そこからパタパタとマクスウェルは飛びだした。
「お母さん!!!」
マクスウェルはサラを見つけると抱きついた。
こうしてショッピングセンターに日常が戻ったのである。
「ところでお母さん! なんで背中に王様って書いてあるんですか?」
……日常が。
「い、いやね……」
ほぼ全員が目をそらす。
そこへ最近大人しかった邪神がさも楽しそうな顔をして言った。
「あのね。サラちゃんはダイラス・リーンの王になったのね」
「うわあ凄いです!!!」
無邪気に喜ぶマクスウェルだが、実際は全員ぶん殴って子分にしたのである。
「みんなでいろいろ冒険してきたのね。夏休みの映画版よ! このときばかりはミーもいいやつになるのね」
「心の友よ!」連発である。
「凄かったのね……月で土星猫と戦ったり……」
土星猫とは幻夢境の猫の形をした鉱石の化け物である。
幻夢境の平和を守るために猫は猫将軍(ケモナー、38歳独身)の戦略に従って日夜土星猫と激しい戦いを繰り広げているのだ。
「社員旅行中のダゴン一味を不正会計の容疑でクトゥルーと一緒に襲ったりとか……まさか……着ぐるみ喫茶の不正会計であれほどの巨額になるとは……まあ、深き者ども全員、末代までただ働きで許してやったのね」
着ぐるみ喫茶というブラック企業の仄暗い闇が見え隠れする。
「うちで働いている人いますよ?」
「連座制なのね♪」
鬼である。
「ガーストとガグの争いに巻き込まれてクレアちゃんもレベルがカンストするし。そろそろ老界○神を探して潜在能力アップしないとダメなのね」
クレアが目をそらした。
どうやら触れられたくない話題らしい。
「エレノアちゃんも羽が生えて……ん?」
ぱたぱたぱたぱた。
「まーくん……それ」
ぱたぱたぱたぱた。
「はいな。羽なのです!」
「うお! うちの子も羽生えたのね!!!」
邪神はマクスウェルに抱きついて手でウリウリする。
「うにゃあ(うれしそう)。ところでエレノアお姉ちゃんは魔力ないのに飛べるんですか?」
マクスウェルはピョコピョコとうれしそうに足を動かす。
そんなマクスウェルも魔力を使ってようやく飛べるようになった。
魔力のないエレノアが飛べるのが不思議でしかたなかった。
「ふふふふふふ。筋肉ですわ!!!」
やはり筋肉だった。
ドラゴンあるある
こないだ知り合いの火龍に聞いたらさ、あの連中……魔法苦手だから筋肉で飛んでるんだって。
どんだけ……いやマジで。
絶対に喧嘩売るのやめようっと。
「ところでカツオちゃんは……?」
「カツオは……名誉の……」
「ぶもお! ぶもう!!! 死んでない!!! 死んでないから!!!」
結局、全員がとんでもないレベルアップを果たして無事帰還したのだ。
「そう言えばクトゥグアさんは?」
「撮影したビデオを編集してネットにアップするってさ。龍チューバーになるぜって張り切ってたね」
世界一まずいキャンディであるサルミアッキの一気食いよりは視聴者数を稼げるだろう。
マクスウェルの質問が一通り終わるとサラは優しくマクスウェルに話しかけた。
「さーてマクスウェル」
「はいな」
「うちへ帰ろう」
「はいな!!!」
「ところでさ」
「はい?」
「お外に出られるようになったのか。エラい!」
「はい!!!」
サラとマクスウェルが手を繋ぎ、マクスウェルはもう片方の手でにゃーくんと手を繋いだ。
血の繋がらない親子が歩く。
マクスウェルはなぜかそれがうれしかった。
◇
「あらー、メロが特売ですって」
鮮魚売り場でおばちゃんたちが立ち話をしていた。
「そういや聞いた? 学校ができたんだって」
「どうせ金持しちか行けないんでしょ?」
「それがさー。無料なんだって」
「え? どうして?」
「あの白いわんちゃん。あの子のための学校なんだって」
「犬の学校?」
「違う違う。あの子あれでもドラゴンなんだって」
「え? ドラゴン? でも大人しいよ。あの子。この間も迷子の親を探してあげてたし」
「牛さんとキャッチボールして遊んでたし」
「でもさあ。この街って他の地域とはちょっと違うじゃない。なんというか進みすぎ? 就職大丈夫かしら?」
「でもその進んだ学問を学べるのよ。いくらでも就職できるんじゃない?」
主婦たちは適当なことを言っていた。
一方、マクスウェルは……
◇
「嫌でゴザル!!!」
マクスウェルがベッドにへばりつく。
「なんで? 友達ができるかもよ!」
サラがベッドにへばりつくマクスウェルを引っ張る。
「うぐぐぐぐ。いじめられるでゴザル!!!」
「ドラゴンをいじめるヤツなんていないって!!!」
普通は命がない。
だがマクスウェルくらいボケッとしていれば……
「嫌でゴザル!!! おめーの席ねぇからなのです!」
「どこでそんなの覚えた!!!」
「三階から机アンド椅子スローなのです。次の日から廊下で授業なのです……通りかかった校長に不審人物扱いされるのです。あきらめて学校の近くの公園で遊んでいたら警察に通報されるのです!」
「それ違うの入ってる!!!」
「トイレで便所メシしてたら上から水なのです……ひいいいいいい!」
どうやらマクスウェルの闇を突くとシャレにならないようだ。
「帰りの会はいつもボクの糾弾会……」
「エレノアがいるから大丈夫!!! いいから行けぇ!」
「やーだー!!! うわああああん!!!」
ギャン泣きである。
「まーくん。大丈夫なのね。まーくんをいじめるヤツらは一族全員地獄行きなのね。ククククク」
邪神が怖い台詞をさらっと言った。
「あんたは教育に悪いことをさらっと言うな!!!」
サラが邪神の頭をはたく。
朝の恒例のイベントである。
「マクスウェル様います?」
カツオとエレノアが来た。
マクスウェルが頭が良すぎるので同じクラスになったのだ。
「はい! でも学校は嫌なのです!」
「でもまーくん。うちのクラスはネトゲ中毒者だらけだよ?」
「はい?」
「みんなまーくんのこと知ってるって!」
ネトゲ仲間たちがそこにはいた。
マクスウェルは泣き止み、バッグを手に取った。
「行くのです」
「はい♪」
「おう!」
三人は出て行った。
マクスウェルは楽しそうだった。
彼らには未来が待っている。
光り輝く未来だ。
そこには可能性が待っているのだ。
だが不安はある。
この今の幸せはいつまで続くのだろうか?
その答えは月並みで陳腐な表現だ。
だって彼らは困難や試練すらも糧にしていくのだから。
そう彼らの幸せは……
いつまでも いつまでも
完




