マクスウェル 前編
ボクは魔導番長のリチャードさんの部屋に案内されました。
二人だけで話をしたいとということでしたので猫さん達はお外で待ってもらっていました。
それはリチャードさんの突然の一言でした。
「なるほど。お前はアストラル体か……実体ではないのか……並の魔道士ではできない業だな」
ボクはその言葉をなんとなく理解しました。
「アストラル体? 魔力の塊ということですか?」
「そうだ。お前は実体ではないな」
ボクは自分の手をよく見てみました。
肉球とふわふわの毛が見えます。
手を太陽にかざすとボクの手が少し透けているのがわかりました。
「うおおおお! 凄いのです! 透けているのです!」
「自覚がなかったのか……それにしても実体と区別がつかないほどのアストラル体を構成するとは……末恐ろしいヤツだなお前は」
「自分ではなにかした記憶は無いのです……」
「ふむ。お前は将来の希望とかあるのか? それほどの技術、遊ばせておくのは勿体ない」
そう言われた瞬間、ボクは思いました。
そう。
たまに古代遺跡で発掘される、
「ボクは将来、ガン○ムになるのです!!!」
例のアレなのです。
ボクは高らかに宣言しました。
あのぶるーれいと言われる円盤の中のコンテンツ……巨大ロボットになるのです!!!
……ところで巨大ロボットになるのってどうすればいいですか?
「ガ○ダムは将来の夢じゃねえだろ!!!」
困りました。
では……
「○面ライダーに……」
あのキックやってみたいのです!
「それも違う!!!」
「ウル○ラマン!!!」
「ち・が・う!!!」
違うらしいのです。
困りました。
「……俺が悪かった。どうやらお前は俺が思ってたよりずっと子どもらしい」
「はいな?」
……何がいけなかったのでしょうか?
よくわかりません。
「それで……元の世界への帰還だったな?」
「はいなのです!」
「結論から言うが、ビックサイト行きの出口は使えん」
「なぜですか?」
「あれは普段から半分妄想の世界に住んでいる『夢見る人』用だ。そもそもお前は来たときに焔の洞窟を通ってないだろう?」
「焔の洞窟?」
うーん。
倉庫の荷物搬送用のベルトコンベアならよく近道で使ってますが、焔の洞窟は知りません。
にいちゃにバレたら怒られますけど。
「やはり正規ルートでやって来たわけではないのだな」
「たぶん」
そもそもどうやってここにやって来たのかもわかりません。
「部屋の外にいる猫たちを呼んでくれ。お前を家に帰してやる」
はいな?
◇
とうとう邪神にまで借りを作ってしまった一行。
弱みを握られたサラは邪神の経営する喫茶店のテナント契約までさせられてしまっていた。
「あんなもん人が入るか!」と普段ならすでに暴れているような事態だが、かわいいマクスウェルのためだと我慢した。
一行はクトゥルーから借りた金で馬車を借り、魔法学校を目指した。
クトゥルーのカフェで伝説の猫使いが現れたという噂を聞いたからである。
噂は以下のようなものである。
「白いわんちゃんが猫ちゃんと遊んでたよ」
「猫使い……かわいかった……ぬいぐるみが歩いているみたい」
「ああ、噂の猫使い。二足歩行の白い犬が猫を率いていたよ。なんだっけ綿飴みたいなふわふわの……そうそう! プードル!!! 最近はああいうカットが流行ってるんだなー」
ドラゴンという噂が皆無なのが逆にマクスウェルなのではないかとサラは思った。
クレアや邪神たちもマクスウェルだろうと思っていたらしく、魔法学校へ急行することになったのである。
さて一行がダイラス・リーンを後にしようとしたその時だった。
「姐さん! 御達者で!!!」
ダイラス・リーン中のならず者が一列に並び、サラたちの乗った馬車に頭を下げたのだ。
「……サラちゃん?」
冷や汗を額に浮かべながらクレアがサラを見た。
「いや……あのね……情報収集しようとしたら『姉ちゃん飲もうぜ』って言われてさ……断ったら襲ってきたからタコ殴りにして、そいつらを尋問してから仲間を呼ばせて全員殴って……」
「そうやって一夜にしてダイラス・リーンの王になったと」
「……誰も情報持ってなかった。あいつら使えない。SNSで情報集めるとかもしないのよ。ショッピングセンターだったら雇わない」
「カワグッチーの住民が順応しすぎてるだけだから! つかネットないから!!! サラちゃんどんどん常識がおかしくなってるから!!!」
最近では高齢者もセルフレジを自由自在に使うのが目撃されている。
しかも支払いは携帯アプリ版の仮想通貨である。
こうしてダイラス・リーン中のならずものに見送りされながら一行は魔法学校へ向かうのだった。
◇
「見て! 猫使いよ! キャー!!!」
お姉さんの黄色い声が響きました。
ボクは女子学生へ手を振ります。
するとお姉さんがバッグの中からお菓子を取り出しました。
うわーい。
ボクはが尻尾を振りながらお姉さんに駆け寄りました。
「はいまーくんお菓子」
「ありがとうなのです」
ボクはは満面の笑みで尻尾をぶんぶんと振りました。
すでにボクは学生街の有名人になっていました。
猫と散歩する犬と言われています。
はて?
ボクはドラゴンのはずなんですが?
「はい。猫さんお菓子なのです」
ボクは猫さんにお菓子を渡しました。
自分にはビスケットの小さい欠片を一つだけ確保。
それを見て猫さんが首を傾げました。
「ねえねえ。まーくん。なんで菓子食べないの?」
はいな?
ボクは目を丸くしました。
「……おうちに帰って……虫歯ができてたら……梅干しぐりぐりでは許してもらえないのです……超怒られるのです。お尻ペンペンされるのです」
超怖いのです。
「実体じゃないのに虫歯になるの?」
「……は!!!!」
ボクは全く気づいていませんでした。
そうだ。
誰もいないここではお菓子食べ放題なのです。
歯にも虫歯ができません。
夢のヨーグル大を一箱や、餡子玉一箱……糸引き飴を一袋丸ごと食べても怒られないのでは?
おうちではお菓子の食べ過ぎで夕飯が食べられなかったらお仕置きなのです。
ですが、ここではその心配はないのです。
ゴクリとボクはツバを飲み込んだ。
お菓子! お菓子! お菓子!!!
延々と飴をなめるのです。
「……猫さん」
「なあに?」
「お菓子わけてください」
ボクはちょうだいのポーズをしました。
「……もう食べちゃった」
てへっと猫さんは舌を出しながら言いました。
「……人生は敗北の連続なのです」
人生は甘くはなかったのです。
ボクが落ち込んでいると猫さんが無理矢理話を変えてくれました。
「ところでさ。どうやって帰るの?」
「それがですね。リチャードさんの占いによると少し待っていればお迎えが来るそうです」
「お迎え? 家族?」
「よくわかりません」
「なんでしょうねえ? そろそろ、お散歩再開しましょうか?」
「そうね」
ボクたちはお散歩を再開しました。
あれから何度も考えましたが、なんでお外なのに怖くないんでしょうね?
不思議です。
せっかくなので怖くないうちに散歩を楽しもうと思います。
ボクらはピコピコと歩いて行きます。
たまに声をかけられるので手を振ります。
千葉のネズミさんってたいへんなんですね。
町外れまで来ると、ボクらはターンしてリチャードさんの家に帰ります。
ボクたちはリチャードさんの家に泊めてもらっているからです。
「……クス……マクスウェル……」
声が聞こえました。
はて?
「マクスウェル!!!」
馬車が止まっていました。
そこから誰かが飛び降りるのが見えました。
あまりの勢いに砂が飛び散って煙になっています。
その人は叫んでました。
ボクの名前を。
「マクスウェル!!!」
そうそれは……にいちゃでした。
にいちゃ!
ボクはそう叫ぼうと思いました。
でも……
「おかあさん!!!」
なぜかそう叫んでいました。
そしてボクは思い出しました。
何を?
全てをです。




