竜族は暴走する
どこからともなく供給される映画。
館内のどこかで生産されるポップコーンと各種ドリンク。
マクスウェルが言うには
「ショッピングセンターのどこかかと。よくわかりません」
との事である。
飲食物に至っては考えたら負けのような気がする。
サラはいつもそう思っている。
一度、館内の飲料やポーションの自動販売機を補充するスケルトンの後を追ったところ、途中で見失った。
館内図からすると、どう考えても壁の中に消えているようだ。
たぶん気にしたら負けだ。
きっとマクスウェルの魔力でどうにかしているに違いない。
そんな魔法など聞いたこともないが、サラは考えるのをやめたのだ。
絶対ツッコまねえからな!
この世界初の映画館は連日大盛況である。
サラたちがどん引きするほどに。
幸い従業員はすぐに見つかった。
1Fスーパーフロアを徘徊していた大量のおばちゃん。
彼女たちが見える位置に従業員募集の貼紙をしたところ大量の申し込みがあった。
セール時に発揮されるその戦闘力。
きっと役に立つに違いない。
こうして人手不足は解消した。
サラの心にモヤモヤしたものを残したこと以外は。
考えたら負けだ。
考えたら負けなのだ。
そう念じ自分に言い聞かせながらサラは館内のドラッグストアで買った胃薬を飲むのだった。
もちろんこの薬がどこから供給されているのかなど絶対に考えないようにしながら。
◇
現在、映画館はコーッホーッという呼吸をする黒いヘルメットの人と若いわりにやたら彫りの深い顔の男性がブサイクな姫様を取り合う映画が大ヒットしている。
子どもたちは真似をし、おもちゃ売り場ではビーム的な剣のおもちゃが売れに売れまくっていた。
なんで巨大要塞が単騎で墜とされるのよ? バカなの?
元軍人であるサラは疑問に思った。
「それが浪漫というものですよ。まったくわかってませんね。大いなる知識の泉では他のドラゴンさんも大絶賛してますよ!」
と、ドヤ顔で知ったかぶりをするマクスウェルの両のこめかみに拳を当ててぐりぐりする。無表情で。
お化けが怖くて夜中に一人でトイレにも行けないガキンチョがなにを偉そうに。
10年早いわ!
「や、やめ! 無表情で梅干しらめェッ! らめえええええッ! たしゅけてしゅけるとんさん!」
お化けが怖いはずなのにスケルトンに助けを求めるマクスウェル。
それを遠巻きに見ながらひそひそと話し合うスケルトンたち。
助ける気などないようだ。
彼らはサラのお説教に介入したら酷い目に遭うのを知っているのだ。
「私は言ったよな? よく知らないくせにわかった気になって上から目線で偉そうに語るのは相手を馬鹿にしてるようで非常に失礼だと!」
「ぎゃぴいいいいっ! ご、ごめんなしゃあああああいッ!」
竜族の生存率の低さはこの徹底的な上から目線にあるに違いないと、常日頃からサラは思っている。
先代の龍王も同じだった。
人間のそれも偉い人間というのは執念深い。
奴らは馬鹿にされたことを決して忘れない。
一生覚えている。しかも常に復讐の機会を窺っているのだ。
先代の龍王も人間の首脳陣を散々上から目線で小馬鹿にして遊んでいたところ、気づいたときには宝剣を持った勇者に囲まれていた。
マクスウェルには同じ失敗をさせてはならない。
だからこそ、今のうちに矯正しておかなければならない。
「ぴにゃあああああああッ!」
『そろそろ泣くな』と判断したサラがマクスウェルを解放する。
サラのお仕置きはすでに職人芸の域に達していた。
「うううううううう。酷いです」
「……ほう? では巣から放り出した方がいいか?」
「んぎゃああああああああああああッ! それだけは! それだけは! と、溶けるー! 日光に当ると溶けちゃううううううッ!」
外だけは嫌でゴザル。
涙目のマクスウェルの必死の訴えに呆れながらサラはマクスウェルを解放する。
とりあえず注意した。
これで今回の問題は解決し、どんどん良い子になるに違いない。
そうサラは考えていた。
だが次の日この考えが甘いということを思い知ることになるのだ。
◇
子どもというものはとにかく真似したがるものである。
それは魔族に知の神として信仰されているホワイトドラゴンであるマクスウェルも例外ではない。
つまり何があったかというと……
「こーほー(呼吸)」
黒いヘルメットにまるでガスマスクのような鉄仮面をかぶり、自分の体に合わせた黒い鎧で悪役になりきるマクスウェル。
鎧からはみ出した尻尾が激しく揺れていた。
どうやら凄く楽しいらしい。
「そんなもん売ってたっけ?」
サラは聞いた。
ダンジョン内のスケルトンたちはなんだかんだといってマクスウェルに甘い。
どこかから貰ってきたものなら注意しなければならない。
竜族は貢ぎ物に弱すぎる。
貢ぎ物をくれた相手をすぐに信用するのだ。
プレゼントを貰って安心しているところを不意打ちするのは人間の常套手段だ。
今のうちに直さねばならない。
ところがマクスウェルの答えはサラの斜め上を行っていた。
「鉄板を魔法で加工しました」
なんで竜族という連中はどいつもこいつも無駄に器用なんだろう?
サラはいつも思う。
マクスウェルはプラモなどの工作を始めると叩いても作業をやめない。
異常なほどのめり込むのだ。
他のドラゴンも同じだ。
先代の友人のドラゴンは人間の格闘技にハマったあげく、わざわざ人間形態で武術を極めた。
今では武神と呼ばれる彼を信仰する寺院があちこちに建立されているほどだ。
他にも人間の王家御用達である一大ファッションブランド『ラドン』の創業者もドラゴンだ。
未だに地下で新作を作り続けているらしい。
人間の世界で孤高の天才画家と呼ばれている『ベヒモス』も地下で何百年にもわたってコツコツと趣味で描いた絵を人間が盗み出して有名になった。
そう言えば先代の龍王もサイケデリック・アバンギャルド・ムード歌謡の作詞家として有名である。
これらからわかること……要するにドラゴンは無駄に凝り性かつ異常なほどの趣味人なのだ。
新しい物好きで、無駄に高スペックで職人や研究家肌の生き物。
それがドラゴンなのである。
作ったのなら仕方ない。
サラは諦めた。
そしてもう一度マクスウェルを見る。
するとマクスウェルがなにやら光る棒を振り回している。
「そりゃなんだ?」
「えっへん! ライト○イバーなのです! 光魔法をブラックホールができるほどの高圧で圧縮して作りました!」
今何か……世界を滅ぼす系の大魔法みたいな恐ろしい単語が出たぞ。
「計算上だと本気で斬るとデ○スターが消滅するみたいです。反動でブラックホールに銀河が飲み込まれますけど」
「世界が崩壊する兵器を作るな!!! 没収!」
サラは大量破壊兵器をひったくる。
ここまでやって全く悪意がないのが恐ろしい。
「みゃ! かーえーしーてー!!! 作るのに二時間もかかったのにー!」
二時間で世界を崩壊させるな。
手を上げながらぴょこぴょこと跳ねるマクスウェル。
返せと言わんばかりである。
何か悪いことした?
そう言いたいのだろう。
まだ没収された理由がわかっていないようだ。
「危ないからダメ!」
「危なくないように遊ぶからー!」
「ダメって言ったらダメ!!!」
こんなもんで遊ばれてたまるか!
だがサラはマクスウェルになぜダメなのかを説明する自信はない。
いやこんなもん作ってくると誰が予想した?
竜族どもが規格外すぎるのだ。
仕方ない。
多少理不尽でも拳骨喰らわして『ダメなもんはダメ!!!』しかない。
そう決断したサラが拳を握った瞬間だった。
「緊急放送! 緊急放送! ショッピングセンター幹部はすぐに1F倉庫前に集合してください! 緊急事態です!!! 緊急事態です!!!」
けたたましく鳴るブザー。
こんな事はこの一年間一度もなかった。
何があったのだろうか?
「にーちゃ。なにがあったんでしょうねえ?」
「さあ? とりあえず行くぞ」
「はーい」
サラと手を繋いで、しっぽふりふり上機嫌で倉庫へと向かうマクスウェル。
そこに何があるかなどこのとき全く考えもしていなかったのだ。