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魔術書

 マクスウェルは考えた。

 にゃーくんのぴんちなのです。

 マクスウェルの目が大きく見開かれる。


 マクスウェルは母親代わりのサラによってお坊ちゃまとして大事に育てられている。

 いいことは褒め、悪いことは叱る。

 そのバランスがちゃんととれていたため、変に曲がることもなく素直でやさしい心を持っていた。

 もちろんその優しさはろくでなしの邪神にすら向けられる。

 だから……


「アル・アジフを作るのです!」


 マクスウェルはそう言うとぺろっと舌を出した。



「アル・アジフのレシピなのです!」


 実験用の服を着たマクスウェルがバンザイをした。


「まーくん……まじで材料これでいいのか?」


「はいな?」


 カツオの質問にマクスウェルがきゅっと首を傾げた。

 そう問題はレシピだったのである。


 アル・アジフのレシピ。


 薄力粉60g

 強力粉60g

 砂糖少々

 塩少々

 ドライイースト少々

 牛乳200cc


 ※お好みで上新粉を入れるともっちり食感に


「まーくん、それホットケーキだよね?」


「え? アル・アジフですよ? バターと卵黄を加えて生クリームとイチゴでトッピングすると銀の鍵になります」


 銀の鍵。

 時空の門を開くマジックアイテムである。

 ちなみに卵を加えて泡立てて蒸し器で蒸すと無名祭祀書のできあがりである。

 マクスウェルは子供用の小さなフライパンでホットケーキ……ではなくアル・アジフを焼く。

 IH調理器を使うので保護者としてサラがすぐそばで見守っている。

 片面が焼けたらひっくり返してもう片面を焼く。

 ケーキの焼ける香ばしい臭いが漂ってくる。

 そして……


「はいな! アル・アジフの完成です!」


 本が完成した。


「え? ちょっと待って。ホットケーキが本になる過程がわからない」


 カツオが目をゴシゴシとこすりながら聞いた。

 どうやら突然本に変わったらしい。


「ではもう一度」


 マクスウェルが余ったホットケーキを焼く。

 カツオがホットケーキを凝視する。

 するといい匂いがしてくる。


「あ」


 突然マクスウェルが言った。


「焼きすぎました……失敗です。ホットケーキになってしまいました……もったいないので……」


 マクスウェルはホットケーキを皿に取り、用意していたイチゴを切り生クリームを載せる。


「ホットケーキの完成なのです。カツオちゃん食べますか?」


 カツオが皿を受け取ろうと手を伸ばすと横から高速でやってきた何者かに引ったくられる。

 カツオがその何者かの方を見る。

 火龍エレノアだった。


「きしゃあああああああッ! よこしません! ワタシ、マクスウェル サマ ノ テヅクリ タベル!!!」


「なんかすまんかった……」


 ふしゅるーふしゅるーうなる野生化したエレノアに身の危険を感じたカツオを保身を計った。

 強いものには媚びへつらい、弱いものには突き上げられる。

 そこには中小企業の社員……じゃなくてダンジョンモンスターの悲哀がこめられていた。

 カツオは少しだけ大人の階段を少しだけ登ったのである。


 だが、そういう悲哀に無縁な生き物もいる。

 ホットケーキを強奪したエレノアに問答無用で梅干し。

 両側のこめかみを拳骨でぐりぐりするのはダンジョン最強生物のサラである。


「なんで火龍ってそう自己中なのかなッ! ちゃんとカツオにも分けてあげなさい!」


「うにゃあああああああッ! ごめんなさーい!」


 あれ? 素手なのにドラゴンスレイヤー効果ついてるんじゃね?

 と見守っていた当事者、にゃーくんはそう思ったがサラに余計なことを言うとグーで叩かれるので保身のために大人しくすることにした。

 邪神の世界でも保身は重要なのである。

 もちろんクレアも店長も、そこにいる誰もがツッコミを入れない。

 サバンナで最強クラスの肉食獣も象さんには逆らわない。

 一撃で葬られるから。

 このショッピングセンターで象に相当するのはサラである。

 絶対強者のサラには逆らわない。

 それがショッピングセンターと書いてサバンナと読むここでの掟なのである。


「さて……にゃーくんできました!」


 子象ならぬ竜の子どもが邪神に本を差し出した。

 アル・アジフ。

 別名ネクロノミコン。

 数々の魔導の奥義を収録した最高の魔術書である。

 時空を超える呪文や怪物の軍団を創り出す呪文など掲載された魔術は危険極まりないものだらけである。

 それゆえ数々の焚書を受け、それを乗り越えて原書のアラビア語をはじめとして数々の言語に翻訳されている。

 にゃーくんがアイスをこぼして捨てたのはミハイルⅠ世に焚書処分にされたギリシャ語版である。

 にゃーくんが中を確認する。

 そして震える声で言った。


「ま、まさか……これは……」



 アトランティス。

 哲学者プラトンが著書でその存在を記述した、神罰で一夜にして海中に沈んだとされる王国のことである。

 どこに存在したなどの伝説は諸説存在し、地中海の島であるとか、大西洋の島であるとか、はたまた伝説のムー大陸のことであるとかと議論されている。

 決してダイナマイトを片手に師匠を助けに行く方ではない。


 さて、アル・アジフとアトランティスになんの関係があるのか?


 話はにゃーくんがクトゥグアにアル・アジフを返しに行ったところから始まる。

 とりあえず邪神は土下座をした。

 そして平身低頭のまま、万引き犯と間違えてなんの罪のない客を拘束してしまったデパートの管理職のように後ろからお詫びの品を差し出す。

 じうまんごくまんじう。

 埼玉銘菓である。

 最近ではカラフルなフルーツゼリーが台頭してきたが、この饅頭もまだまだ現役である。


「これはお詫び品でゴザル。大変申し訳ありませんが、お借りしたアル・アジフは紛失致しまして……こちらが新しく手に入れたアル・アジフでして……」


 にゃーくんが魔道書を差し出した。

 クトゥグアはそれを無言で引ったくるとペラペラとページをめくった。


「俺が貸したのはギリシャ語版のはずだが?」


 本は思いっきり日本語で書かれていた。

 クトゥグアは更に本をめくる。


「『おまえどこちゅうよ?』 足立語? ……いや違うな……古代さいたま語か!!!」


「古代さいたま語?」


「ああ。アトランティスで使用されていたとされる言語だ」


 にゃーくんは『はて?』と首をひねる。


「それがなんでさいたま?」


「埼玉、栃木、群馬、山梨、長野、岐阜、滋賀、奈良。これらの共通点は?」


「海が存在しない?」


 マクスウェルが創り出したさいたま湾は別として。


「そうだ。ではアトランティスの最後は」


「一夜にして海に沈んだ?」


「そうだ。大きな事故の後にその可能性がない土地に住民が移住するのはよくある事だ。つまりだな……さいたま人はアトランティスの末裔だ」


 また電波かこの野郎。

 にゃーくんは心の中でそう毒づいたが、クトゥグアに笑顔で合わせる。

 大人になるというのは汚れていくことなのだ。


「まさか古代さいたま語版が手に入るとは……ふふふふふふ」


 よっしゃーバカが喜んでいる。

 にゃーくんは愛想笑いをした。

 あと数十分我慢すれば電波から解放されるのだ。


「ふふふふふふ。ここに古代群馬語版エイボンの書がある」


 その魔道書はなぜか香ばしいマロンの匂いがした。

 にゃーくんはその香りで制作者が誰かわかってしまった。


 うちの子だ!!!


「HAHAHAHAHA! という事でミーはこれで」


 よくわからないが危険が待っている気がする。

 逃げねば!逃げねば!逃げねば!逃げねば!逃げねば!逃げねば!逃げねば!逃げねば!

 にゃーくんは内心焦りながら平静を装って部屋を後にしようとした。

 その背中にクトゥグアが声をかける。


「発掘作業を手伝え」


「はい?」


「利子だ」


「はい?」


「数百年も本を借りっぱなしにしたんだ。その分の利子を払え」


「えええええええッ! つうか発掘作業ってなによ!?」


「ああ。群馬、さいたま、そして栃木の書を手に入れる時、アトランティスの財宝の地図が現れるのだ!」


 やはり電波やー!!!


「ふふふふふ。なあに栃木語版のナコト写本の行方についてはもう当たりはつけてある。この近辺に希代の魔術師がいるようだな。群馬語版もこの近辺で再現されたとの情報だ」


 それうちの子やー。

 にゃーくんは手で顔を覆った。


「ふははははは! これが古代のミステリー! 胸が高鳴るなー!!!」


 ご機嫌で鼻歌を歌うクトゥグア。

 話が大きくなりすぎた!

 どうやって誤魔化そうか。

 にゃーくんは必死になってそればかり考えていた。

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