邪神の野望 埼玉&その周辺版
「さて作戦概要を説明するアルヨー」
にゃーくんがカイゼル髭をつけて演説を始めた。
「まず、ミーの信者で大量注文の仲買をやってるおっさんを用意します」
「……いきなり犯罪の匂いがしてきたぞ」
「シャーラップね! 余った金を一気にぶち込みます」
邪神がピコピコと大げさに腕を動かす。
「で? せっかく稼いだ金をゴミに変えるだけだろ? だいたいその程度じゃ寺が味方につくはずがない」
「サラちゃん! そこが人間と魔族の違いね。クレアちゃん! これがなんに見える?」
にゃーくんがクレアに札を差し出す。
「免罪符?」
「価値は?」
「1,000クレジットくらいかな?」
邪神は次にサラへ免罪符を向ける。
「サラちゃん! これは?」
「ゴミ」
「価値は?」
「なし」
「うっふふー。これが今回のからくりね」
にゃーくんは邪神らしくないさわやかな笑顔で笑った。
さて、物質的に異常なほど恵まれたさいたまやその近郊とは違い、免罪符を売っているような寺には印刷機などない。
すべて手書きである。
よって免罪符の生産力は限られる。
東京の寺の一週間の免罪符生産量はせいぜいショッピングセンターの一日の利益の半分程度である。
にゃーくんはそれを一気に買い占めた。
そして中古。
つまり喜捨をしたあとの免罪符をも買い占めに走ったのだ。
欲しがるものがいればそれは市場へと変わる。
あっという間に免罪符の価格は高騰した。
もちろんこのビックウェーブに免罪符の生産元である寺までもが踊ったのである。
「さーて次に騎馬民族を排除するね。エレノアちゃん。お父様呼んでくれるかな?」
「じゃ、邪神の言う事なんて聞かないんですからね!」
無駄なツンデレ。
しかし邪神の方が上手である。
「まーくん。エレノアちゃんのこと好き?」
「はい! 大好きです。」
マクスウェルがいい返事をする。
ぶしゅっ!
エレノアが鼻血を吹き出した。
もちろん『友達として』という以上の感情はないのだが、邪神は余計なことは言わない。
「エレノアちゃん。まーくんとのイチャコラができなくなってもいいのかなあ?」
邪神がにやりと笑った。
エレノアは目を血走らせ、顔を真っ赤にしながら言った。
「い……イチャコラ……?」
ヨダレを垂らしている。
「そうイチャコラよー。まーくんは守ってくれるお姉ちゃんをどう思うかな? もしかするとフォーリンラブ?」
「え、ええ。マクスウェル様のためなら……はあはあ。イチャコラ……しゅごおおおおおおいッ!」
完全に壊れたエレノアが父親を携帯で呼び出す。
ドラゴンらくらくほん。
クアッドコアでありながら火龍の握力でも壊れないし、ズボンのポケットに入れても曲がらない強靱なスマートホンである。
バハムートモバイル社製。
本体代実質無料。
通話・パケット定額制で月2,980クレジット。
……二年縛り。
「ぱ、パパ! すぐに来て!!! え? マクスウェル様に代われ? こちらはそれどころじゃ……え? 大至急?」
エレノアが電話を差し出した。
「パパがかわってくださいって」
「なんでしょう?」
マクスウェルが電話に出る。
「はいな。火龍のおじさんですか? はい。今度狩りに行こう? はいな。では今晩でも。サーバーのラウンジにいますので」
マクスウェルとエレノア父はネトゲ仲間だったのだ。
「あ、はい。はーい。ではよろしくです」
「どうでした?」
「おじさんがアダチに無差別爆撃してくれるそうです。その代わりレアアイテムが出るまでダンジョン攻略を手伝うことになりました」
マクスウェルの目が輝いている。
ネトゲやネトゲやネトゲ、たまに研究やアイテム製作をしてダラダラと暮らす。
マクスウェルの理想の生活である。
それをショッピングセンターを救うために無制限にできるのだ。
「まーくん……」
サラが拳をボキボキと鳴らした。
なぜか猫なで声である。
「たしか……ネットは一日一時間って約束したよな?」
「はうううう! にーちゃ! これはショッピングセンターを守るためで! はうううううう!」
「言い訳するな」
それは容赦ないコメカミぐりぐり。
いわゆる梅干しであった。
「びみゃあああああああああッ!」
じんせいはあまくないのです。
マクスウェルは思った。
◇
「ぶおぶおぶおぶおー。ぱらりらぱらりら」
口でエンジン音を再現する。
太古の昔から伝わる乗馬の際の儀礼である。
とうとう御家人が立ち上がった。
金を持っているブルジョア層を倒し、維新を成すのだ!
彼らは本気でそう考えていた。
ただの強盗じゃね?
そんな冷静な言葉は彼らには届かない。
なぜなら彼らは勢いとニュアンスでのみ動くのだから。
なんとなく。
それだけでこの世を渡れると本気で信じているのだから。
「ひゃっはー!」
彼らの雄叫びが響いた。
戦じゃ。
戦で功を上げれば役付きの旗本にすらなることができる。
彼らはそう信じていた。
そんな彼らは自分たちの遠征費用が外国勢力から与えられたモノだとは考えていなかったのである。
突如、彼らが吹き飛んだ。
爆発である。
まだ意識のあるものが上を見ると巨大なトカゲ……いやドラゴンが飛んでくるのが見えた。
「な、なにいいいいいいい!」
一匹ではない。
何匹もの火龍が上空を飛んでいた。
「ぴぎゃああああああああッ!」
訳:うちのギルドのまーくんをいじめるとかなめてんのかコラァッ!
「うんぎゃああああああああッ!」
訳:まーくんいないとヒーラーが足りないんじゃ!
「もぎゃあああああああああッ!」
訳:ネトゲで遊ぶのだけが楽しみで生きとるんじゃボケェッ!
「おんぎゃああああああああッ!」
訳:ダンジョン攻略の予定があるんじゃボケェッ!
火龍の群れがすべてを焼き尽くす。
……騎馬民族は知らなかったのだ。
ドラゴン界で流行っているネトゲ。
廃課金ユーザーの多くが火龍。
しかも火龍のほとんどが前衛。
その中でまーくんは貴重なヒーラーとして大活躍していたのだ。
そしてゲームの開発元がバハムート社だったということを。
ちなみにこの爆撃は役目にあるサムライの家庭には事前に告知され避難はすでに完了していた。
知らぬのは無役の彼らだけ。
こうして悪はなにもする間も与えられず滅びたのである。
ちなみに怪我人は出たが、邪神によるご都合主義的な力が働き怪我人が出ただけですんだ。
「ミーは子どもの味方ね! たとえそれがDQNでも!」
にゃーくんが最高に邪悪な顔で笑っていたという。
◇
数日後。
スケルトンの店長が龍王の間へ飛び混んできた。
「となりのワラービの代官が『免罪符を売れ』と言ってきました。でないとありとあらゆる手段をとると言ってます!」
慢性的に免罪符が足りなくなり、新規の免罪符は一年先まですべて予約で埋まっている。
そんな異常な状態にまでなっていた。
カワグッチーの街以外では免罪符への投資が加速。すでにバブルと呼んでも差し支えない状態になっていた。
「くくくくく。とうとう来たね」
邪神が笑った。もちろんド畜生な笑みで。
「言うとおりに全部売るね。一気にね!」
にゃーくんが最高とばかりに笑う。
「追加の札はどうする?」
「買わないよー。ここで売り抜けるアルヨー」
まだ寺の支援は受けてはいない。
ここで売ってしまうと全てが失敗に終わってしまうのである。
「いいんですか?」
「いいのよー。戦争を起こさないようにするのねー」
うにゃり。
謀略はにゃーくんの得意科目である。
今この瞬間にゃーくんは最高に輝いていた。
「なんかわからんけどひくわー」
サラはどん引きであったが。
「いいもん。みんなミーに感謝するもん……」
邪神は拗ねていじいじと小枝で地面を突いていた。
邪神の計略。
その全てが明らかになるのは更に数日後のことであった。
邪神による平和。
それが本当になるとはこの時点では誰にもわからなかった。




