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邪神の計略

 アダチ、新田村。

 王子村からほど近いこの村は、大さいたま帝国との国境にある宿場町として……栄え……てはいなかった。

 この地域では、役目に就いた騎馬民族の男衆は日中、東京共和国のヤマノテと呼ばれる地域に出稼ぎに出るモノが多い。

 ゆえに日中はゴーストタウンのようなありさまである。

 そこで昼間から暇そうにしているのは無役の御家人、小普請組(こぶしんぐみ)のものたちである。

 そんな新田村の広場に小普請組の男たちが集結していた。

 武勇と恩賞を求め大さいたま帝国に進攻する。

 それが目的だったのだ。


 彼らは馬に思い思いの装飾を施していた。

 あるものは前が見えないほどの鞍を作り、あるものは意味もなく何本もの馬に槍を積んでいた。


「ヒャッハー! さいたまの田舎どもに目にモノ言わせてくれる!」


 男が叫んだ。

 ちなみにカワグッチーの街の中心街から新田村は5キロ程しか離れていない。

 田舎扱いは明らかに不当である。


「ワシら東京民の誇りを(略)」


 大名や大旗本が住むセタガヤーの街の住民からは隣のアカバネ村と同じく東京扱いされていない彼らが叫んだ。

 心の叫びのはずなのにそれはどこまでも空虚であった。


「オドレコラァッ! ワシらは新宿まで馬車で20分じゃワレェッ! それを! それを! オドリャアアアアアアッ! これも全て! 全て埼玉が悪いんじゃあアアアアッ!!!」


 なぜかインチキ臭い関西弁で号泣する騎馬民族たち。

 脅威はすぐそこまで迫っていた。



「カツオちゃん。思いつきました」


 突然マクスウェルが立ち上がった。


「……なんだ? ロボットは却下だってさ」


 カツオがやれやれといった様子でぶもーと鳴いた。


「それはざんねんです。……じゃないくて! 免罪符です!」


「めんざいふ? なにそれ?」


「お寺が出してる天国行きの切符なの……です?」


「なにそれ?」


「……よくわかりません。ドラゴン知恵袋に『騎馬民族が責めてくるのでどうすればいいですか?』って書いたら知らないドラゴンさんが『免罪符買えばいいんじゃね?』って答えてくれたのです!」


 カツオは思った。

 頭良い子でもわからないことがあるんだなあ。

 完全に他人ごとでニンニクチップルをクチに放り込む。


「ぶもー。んじゃ買ってみればいいんじゃね?」


 そしてカツオは無責任にも適当なことを言った。


 その時だった。

 龍王の間のガラスがガシャーンと割れ、にゃーくんが飛びこんできたのだ。


「悪い子の味方! にゃーくん参上!!!」


 カツオは思った。

 ダメな大人が来た。

 構ったらダメな大人が来た! と。


「塾をサボってゲーセンで遊んでる子いねがー! それを親に追求されてとりあえず逆ギレして誤魔化す悪い子いねがー!」


 にゃーくんが生々しい例えを持ち出す。

 だが二人とも人間族ではないし年齢が若すぎるので、科挙試験のための塾には通っていない。

 にゃーくんのギャグは宙を素通りしたのである。

 空振りしたギャグの惨憺たる有様を受け入れられなかった、にゃーくんが更にギャグでドツボにはまる。


「遠足に300円以上のバナナグミ持ち込んで『バナナはおやつじゃないよNE!!!』って教師に言いがかりをつける子いねがー!!! はーい!!!」


 にゃーくんが元気よく手を挙げた。

 そんな子どもは存在しない。

 にゃーくんだけである。

 もちろん手を挙げたのはにゃーくんだけである。


「ばななぐみ?」


 きゅっと首を傾げるマクスウェルを見て、にゃーくんが負け犬の涙を流しながらブツブツと呟いていた。


「なにしにきたんだ……」


 カツオがそう漏らしたのを聞いてにゃーくんが立ち上がった。


「おっと失礼! MENZAIHU!!! イイ響きねー。組織がどこまでも腐る究極のシステムね! 資本主義も市場の監視や淘汰も及ばない謎の債権ヒャッハー!!! 次は月の土地ぃッ! 買わないと異端審問からの宗門落ち(アナセマ)コンボヒャッハー!!!」


 意味不明なことを叫んで興奮するにゃーくん。

 マクスウェルはソファーに腰掛けキャラメルの包装をといて、キャラメルを口に入れた。

 キャラメルが口の中で溶け至福の時間が訪れる。


「このキャラメルおいしいです。カツオちゃんも食べてください」


「うん」


 カツオもキャラメルを口に入れる。

 カツオの口からも至福の時間が訪れた。


「紅茶が合いそうですね。今持ってきます」


「ぶもー。ミルクと砂糖もちょうだい」


「はいー」


 まるでにゃーくんなど最初から存在しなかったかのように。

 それを見た、にゃーくんが部屋の隅っこで体育座りをした。

 そしてぽつりぽつりと呟いた。


「にゃーくんね……にゃーくんね……人に無視されると……死にたく……なるんだ……」


 呟きながら、わざとらしく涙でネズミの絵を描く。

 相手がサラだったら『うぜえ』と思わず鉄拳制裁をしていただろうが、お子様二人には通じない。


「ぶもー。だってさー」


「にゃーくんの言ってることは難しくてよくわからないのです」


「うわあああああああああんッ!」


 にゃーくんは泣きながら逃げ出した。

 そんなにゃーくんに迫る手。

 にゃーくんの襟をあっという間に掴み通路に引きずり込む。

 にゃーくんが上を見上げるとサラが笑っていた。


「免罪符がどうしたって?」


「えっと……えへへ。ダークエルフのお嬢さん! 坊主どもの発行する免罪符を買い占めてはどうでしょ?」


「は? なんのために?」


「げへへ。今、関東のあちこちで寺の修繕工事が行われてやす。その修繕工事の喜捨をお願いしてるんですが額がデカすぎてなかなか目標額を達成しないとか。そこに寄付代わりに免罪符を買い占めるんでゲス」


「へ?」


「いえね。寺を味方につけてやるんでゲス。『大口スポンサーがぴんちなのーたーすけーてー!』って。げへへへへ。あ、もちろんあっしが寺との渡りをつけやす」


 サラが最高にどす黒い顔のにゃーくんに素朴な疑問をぶつけた。


「なんでそこまでしてくれるんだ?」


「なんでって? 自分の氏子が可愛くない神様いないあるよ?」


 にゃーくんがマクスウェルのようにきゅっと首を傾げた。

 全然可愛くない。


「ちょっと待て!!! 氏子?! お前信者いただろが!」


「ぷー。だぶだぶでぃぶでぃー♪ あんにゅーいー♪ めまー」


 突然デタラメな歌詞のあやしいシャンソンが流れた。

 どうやら演出のようだ。

 サラの『フラストレーション』が10あがった。


「それは聞くも涙。話すも涙の物語ねー」


 にゃーくんがわざとらしく泣き始めた。

 サラの『フラストレーション』が10あがった。


「ミーはひたすらアザトースの言うことを聞いて情報を集めてたのね……そしたらある日……『あ、これからはプロレスニュースだけでいいから』って。っちょ! ふざけんな!!!!」


 サラはアザトースに親近感を覚えた。


「ちょっとグレちゃって信者で遊んでたんだけど、あいつらミーのボケにレスポンスを返さないのね! ツッコミがないのねー!!!」


「ふーん。そのまま暇を持て余して消滅すればいいのに」


「そう! そのノリYO!!! それがないのね!!! ミーはある日サラちゃんに会ってそれを理解したのね! ツッコミ不在のボケ芸人の悲哀を! そう! ミーに必要なのは強烈なツッコミぃッ!!!」


「……バカなの? かなり真面目に」


「OH! 抉るような鋭いツッコミ! そして気づいたのNE。……これは恋だって。きゃー♪」


「ッブ!!!」


 サラが吹き出した。


「だから勝手に氏子申込書に全員の名前を書いて神様組合に提出したのNE!」


 今明かされる衝撃の真実。

 しかもかなりどうでもいい。


「アイラブユーマイハニー(いい発音) まーくんはミーにとっても子どもと同じね。永遠に守るYO!」


 そしてにゃーくんが唇を突き出しチューを迫った。

 サラはそれをこめかみに青筋を立てながらがっしりと掴んだ。


「ぐぬぬぬぬ! おーこーとーわーりー!!!」


「あーきーらーめーまーせーんーYO!!!」


 二人は一進一退の攻防を繰り広げる。

 こうして邪神と最強おかんの免罪符買い占め作戦はスタートしたのだった。

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